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第四話 恋の尾行と金色の影(3)

 日菜子と蒼は腕を組んで駅を出て、ショッピングセンターのアイス屋にやって来た。日菜子が看板を指さして何かを言い、彼女が優しげに頷くと、二人揃ってレジに向かっていく。


「はー……アイスいいなあ、お腹減った! 美奈氏、後で絶対食べようね! 何味がいっかな……」


「えっ? 別にいいけど……」


 尾行そっちのけで、若葉の目がアイスの看板に吸い寄せられている。身を潜めながら日菜子たちの動向を確認すると、二人は二段重ねのアイスを持ち、楽しげな声を上げていた。日菜子はピンク系のアイスを二つ重ね、蒼はチョコレートと抹茶だろうか。店頭に置いてあったベンチに腰掛けた二人はそれぞれのスプーンでアイスをすくい、相手の口元に持っていく。あーん。慣れた手付きで行われた動作の一連は、あまりにも自然な流れだった。わたしの心臓が跳ね、隣の若葉がはっと空気を呑む音がした。


「……もう……我慢できない! 日菜子氏に聞く!」


「えっ、若葉ちゃん? ちょっと! 聞くって、何を……」


 二人を見つめながらわなわなと震えていた若葉が勢いよく陰から飛び出し、日菜子へ突進する。服を掴もうとした手が空を切り、その場にわたしだけが取り残された。


 遠くから「え~若葉ちゃん! なんでいるの~」と驚いた日菜子の声が聞こえてくる。自ら尾行を明かしに行ってしまった若葉に息を吐き、わたしも続けて日菜子のもとに駆け寄った。


「……という訳で、日菜子ちゃんが気になり尾行していました……。ごめんね……」


「でも美奈氏を誘ったのは私だから! ごめん!」


 全てを打ち明けたわたしたちを驚いたような目で見ていた日菜子は、ぱちぱちと瞬きした後、怒ることもなく、いつもどおり優しく笑いかけた。


「やだ~。見られてたなんて、恥ずかしい。私、変なことしてなかったかな」


 照れたように髪の毛をくるくると指に巻き付け、隣にいる蒼へ視線を流した。二人はぱちりと目を合わせ、蒼は穏やかに目を細める。


「蒼ちゃん。この二人は学校のお友達で、美奈ちゃんと若葉ちゃん」


 日菜子に紹介されてしまい、慌てて姿勢をしゃんとさせる。蒼はわたしたちを交互に見た後、「いつも日菜子がお世話になっています」と礼儀正しく挨拶をしてくれた。あまりにも爽やかな笑顔を向けられてしまい、身体がかっと熱くなる。緊張して、「こちらこそ……」なんて言うことしかできなかった。


「で、こっちが蒼ちゃん。中学が同じで、今は東高に通ってるの」


「作草部蒼です。美奈ちゃんも若葉ちゃんも、よろしくね」


 蒼が微笑むと、美しい短髪が軽やかに揺れ、微かに清潔感のある香りが漂った。県内有数の進学校である東高に通っていて、人当たりがよくて、身長も高くてなんて、あまりにもイケメン過ぎるのではないだろうか。こんな女の子が、日菜子の……本命?


「で、日菜子氏と蒼氏はどういう関係なの? もしかして、付き……」


 身を乗り出してプライベートな内容に喰い付こうとした若葉の口を、慌てて塞ぐ。もし仮にこの二人が付き合っていたとしても、わたしたちは日菜子から何も聞いていない。それを勝手に暴いてしまって、良いのだろうか。目を真ん丸にした日菜子は、言葉を失い困ったように首を傾げる。蒼と視線を合わせた後、「……美奈ちゃんと若葉ちゃんならいいかな」と呟いて、自らに言い聞かせるようそっと頷く。


「うん、私……蒼ちゃんと、付き合ってる」


 頬を染めた日菜子が、震える声でわたしたちを見つめている。蒼がそっとその手を握ると、なぜか胸が締め付けられた。


「やっぱそうなんだ! めっちゃお似合いじゃん、日菜子氏ったらこんなイケメンな恋人がいるとか……なんで教えてくれなかったの~」


「ご、ごめんね……。女の子と付き合ってるとか言ったら、引かれるかと思って……」


「何言ってんの日菜子氏! うちらが引くわけないじゃんねえ?」


 若葉に同意を求められて、身体が小さく跳ねる。わたしは慌てて頷いて、笑顔を取り繕った。


「う、うん! そうだよ日菜子ちゃん!」


 そうは言いつつも、正直、驚いていないと言ったら嘘になる。いや……でもこれは、日菜子の恋人が男の子であっても、同じような反応をしていたかもしれない。わたしは日菜子の恋人が女の子であったことに驚いているのではなくて、日菜子に恋人がいたことに驚いていた。


 同じ高校一年生で、同じ年の数しか生きていないはずなのに……。どういう生き方をしていれば、恋人を作ることができるんだろう。どうすれば、ここまで心を許せる相手ができるんだろう。


 わたしたちの反応を見た日菜子は、目尻に涙を溜めていた。蒼が良かったねと囁いて、日菜子の震える背中を撫でている。そんな二人の様子を見て、ちょっとだけ羨ましいなと思ってしまった。わたしにも、いつかこんな風になれる人ができるのかな。小さくて温かい何かが、胸の奥で波紋のように広がった。まだ言葉にはできないけれど、たぶんこれは、恋への憧れだけじゃない。


 二人の笑顔を見ていたら、なぜかふと、脳裏にカナデの横顔が浮かんだ。潮風に揺れる黒髪、真っ直ぐな瞳、トランペットの金色の輝き。


 えっ。待って。いやいや、なんで? どういうこと? わたしは一体、何を考えているんだろう。どうしてここで、カナデのことを思い出すの? しかも、いま浮かんだその横顔は、いつもの笑顔ではなくて――わたしを見つめる、どこまでも真っ直ぐなあの目だった。胸が、また波紋のように熱を広げた。ほんとに、なんで思い出しちゃうんだろう……。


 身体の芯がかっとなり、わたしは咄嗟に俯いた。脳内に侵入してきたイメージを追い払って、何事もないように笑顔を貼り付ける。三人は何も気付かないまま、和気藹々と談笑を続けていた。適当に相槌を打ちながらも、頭の何処かが、そっとその姿を思い続けていた。


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