第三話 友達の色と潮風(5)
目を閉じて、わたしは教室にいるふたりの姿を思い浮かべる。
若葉。そういえば、カナデと仲良くなりたいんだっけ。動機は不純だけど、案外カナデとは相性が良さそうだ。若葉なら、きっとすぐに仲良くなれる。日菜子。朝、言っていた本命って、誰のことだったんだろう。そういえば、日菜子の話ってあんまり聞いたことがないかもしれない。……今度、聞いてみようかな。
――わたしも、ふたりのことをもっと知りたいと思った。それがきっと、友達になりたいということなんだ。
涼しい風が、わたしの頬を撫でている。友達。胸の中でその言葉を噛みしめていると、横から茶化すような声が聞こえてきた。
「……その感じだと、ミナは私のことも、友達だと思ってなさそうだね」
「えっ……!」
思わず声が、裏返った。隣を見ると、カナデはいたずらっぽく覗き込んできて、まるでわたしの反応を楽しんでいるようだった。顔が熱くなる。わたしが頬を引きつらせると、カナデは息を吐くように笑って、少しだけ真剣な顔になる。
「ははっ、やっぱりか」
パンの最後の一口を頬張って、飲み込んだあと――真っ直ぐ、わたしを見ながら言った。
「私は、ミナのことを……友達だと思ってるよ」
たったそれだけの言葉なのに、胸がきゅっと締めつけられる。嬉しかった。だけどその嬉しさの理由が、自分でもよくわからない。ただ優しいから? 誰かに認められたから? それとも――もっと、違う気持ち?
「だからさ……ミナも。私のことを、友達だと思ってくれると……嬉しいんだけど」
少しだけ照れたように、でも真っ直ぐに言うその表情に――わたしの心が、またひとつほどけていく。そんな言葉で、涙が出そうになるなんて。わたしはどれだけ、友達に飢えていたんだろう。
「だから、昨日も言ったけど、変に気を遣わなくていいんだよ。ミナはさ、いろんなこと気にしすぎだって」
カナデは、気の抜けたような表情を浮かべて笑った。その笑顔が、あまりにも優しくて。わたしの中の緊張が、ふわりと溶けていく。
――わたしは、どこまでカナデに近づいていいの?
喉元まで言葉が出かかって、息を吸い込んだその瞬間――チャイムがタイミングよく鳴り響いた。わたしは気づかれないように、その言葉を呑み込む。そして、代わりに小さく頷いた。
「……あ、予鈴か」
チャイムが鳴り終わる音と同時に、カナデが立ち上がった。そしてわたしの方を見て、静かに眉を寄せる。
「ミナ、お弁当全然食べられてないじゃん……。探させちゃって、ごめん」
わたしは「大丈夫」と笑い、弁当箱の蓋を閉める。確かに、お腹は空いたままだった。だけど――不思議と、何ひとつ嫌な気持ちは残っていない。
カナデが伸びをするように、両手をぐっと空に向ける。ブレザーの裾が少し浮いて、風にひらりと揺れていた。
「晴れてる日は大抵、ここにいるから。また気が向いたらおいでよ。まあ……私が学校に来れた日、限定だけどね」
ははっと軽く笑って言ったあと、カナデは少しだけ言葉を置いて、わたしを見た。
「今日さ……放課後、海辺で吹こうと思ってるんだけど。ミナも来ない?」
「えっ……楽器、持ってきてるけど……。行っても、いいの?」
「ミナったら、誘ってるのは私なんだけど。良いに決まってんじゃん」
ふっと笑ったカナデの顔に、つられてわたしも笑ってしまう。するとカナデは楽しそうに、何か思い出したように明るく言った。
「じゃあ、今日はドからミまで教えるよ。そしたらチャルメラ吹けるから」
「えっ。チャルメラ……?」
突然の選曲に思わずまばたきをすると、カナデはメロディを口ずさみ始める。あまりにも綺麗なチャルメラで、わたしは笑いながら、カナデの顔を見た。その目が合った瞬間、カナデも少しはにかむように笑い返してくれる。
――楽しい。カナデといると、本当にそう思える。この気持ちが、きっと、友達ということなのかもしれない。
そう思った瞬間、胸の奥にふわっと温かいものが広がっていった。潮風が吹き抜ける。その風に乗って、灰色だった日々の景色に、少しずつ色が差していく。
わたしたちは何も言わず、並んで歩き出した。自然な足取りで、教室へと戻っていく。その途中で、ブレザーのポケットが小さく震えた。スマートフォンを取り出すと、若葉からのメッセージが届いている。
『美奈氏、授業始まるぞ~!』
そんな吹き出しに続けて、知らないアニメのキャラクターのスタンプが送られてきた。日菜子からは、可愛い動物のスタンプが送られてくる。
「……じゃあ、また放課後」
別れ際にカナデが立ち止まりかけて、半歩だけ戻るようにこちらを振り返った。
「ミナと吹くの、楽しみにしてるよ。また後でね」
それだけ言って、今度は少しだけ照れたみたいに目を細める。その笑顔に頷いて、わたしも笑って応えた。そして弁当箱を胸に抱え、ふたりの友達が待つ教室へと走り出した。




