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第三話 友達の色と潮風(3)

***


 昼休みのチャイムが鳴り、ため息を吐きながら世界史の教科書を閉じる。周囲では、わいわいと昼食の準備を始めるクラスメイトたち。その喧騒の中、いつものように若葉と日菜子がわたしの元にやってきた。


 コンビニの袋をぶら下げた若葉が、ぽすんと椅子に腰を下ろしながら、何気なさそうにわたしを見た。


「そういえばさ……」


 若葉が首を傾げると同時に、まんまるな瞳がわたしをじっと覗き込む。まるで、わたしの中の何かを確かめるみたいな顔だった。


「美奈氏はさあ、松波奏と一緒にお昼、食べなくていいのー?」


「……えっ?」


 突然の名前に、息が詰まる。心臓が一拍だけ遅れて跳ね、わたしは咄嗟に若葉を見返した。その名前が唐突に出てきたことに、反応するなというほうが無理だった。動揺したことに気づいてすぐに視線を逸らしたけれど、若葉と日菜子は何かを察したように、ふたりで目を合わせていた。


「おー……美奈氏、わっかりやすいな……。赤くなってんぞ……」


 若葉は目を細めて、楽しそうにわたしを眺めている。つい顔をしかめると、若葉の横に座った日菜子がふわりと笑った。


「松波さんって、人といるところ……見たことないよね。確かに、美奈ちゃんが行ったら……喜ぶかもしれないよ?」


 優しげな茶色の瞳が、柔らかにわたしを見つめている。その穏やかさが、なんだか逆にこそばゆかった。


「そんな……カナデとは、別に……」


 言葉がうまく出てこなくて、わたしはスマートフォンを取り出すふりをして、ふと視線を落とす。『一緒にご飯食べない?』なんて言葉を期待したわけじゃないけれど、カナデからメッセージは、何も来ていない。


「松波奏って、なんか孤高の一匹狼って感じだし……。美奈氏が友達になったついでに私も仲良くなって、テストのヤマとか教えてもらいたいわー」


 若葉がわたしの机にお菓子を並べながら、調子よく笑う。なんとなく、わたしの返事を待っているような空気だった。だけどわたしの手は、スマートフォンの画面から動けなかった。そこには、カナデとの短い会話だけが並んでいる。


 さっき会ったばかりなのに――また会いたいと思ってしまっている自分が、少し怖かった。そもそも、どうしてこんなにも気になるんだろう。


 数日前まで、何ひとつ知らなかった子。カナデの名前すら、知らなかった。なのに、たった数回のやりとりで、こんなふうに心が浮ついてしまうなんて。


……これって、何? わからない。わからないけれど――気づかないふりをしても、指先だけが勝手にメッセージのスクロールを繰り返していた。


「……美奈ちゃん」


 つい俯くと、わたしのスマートフォンを握っていた手が、そっと温かく包まれる。驚いて顔を上げると、日菜子が両手でわたしの手を握っていた。いつもより少し、真剣な顔。そのまま、柔らかな声が落ちてくる。


「美奈ちゃんが行ったら、きっと、松波さん……嬉しいと思うよ」


 わたしの手に、ぐっと力がこもる。言葉は優しいのに、まるですべてを見透かされているようで、逃げ場がなかった。


「ひ、日菜子ちゃん……」


 わたしの口元から、ひきつった声が漏れる。誤魔化すように笑ってみせても、日菜子の瞳はにこやかなまま、まっすぐわたしを見ていた。その隣で若葉が、「いってら〜」と軽いノリで、手をぶんぶん振ってくる。


「松波奏、もしかしたらボッチで悲しんでるかもしれないしねー。美奈氏の机は、ちゃんと私たちが見ておいてあげるからさ~。ついでに私の売り込みもしておいてよー」


――なんでそんなに、ふたりとも軽々しく背中を押すことができるんだろう。わたしの中ではまだ、よくわからない感情がくすぶっているだけなのに。


「ええ……」


 小さく、情けない声が漏れる。けれどふたりの視線が、これ以上何も言わせてくれなかった。わたしはしぶしぶ鞄に手を伸ばし、弁当を手に取る。身体はもう、立ち上がっていた。意思より先に、行動が動いていた。


――もしもカナデが本当に、ひとりでいるのが好きだったとしたら。わたしなんかが押しかけて、迷惑だったら。


 その可能性を想像しただけで、胃のあたりがぎゅっと締めつけられるようだった。


「はあ……」


 廊下に出た途端、思いきり息が漏れた。気乗りしないまま両脚を動かし、とりあえずC組の教室を覗いてみるけれど――やっぱりそこにカナデは居なかった。カナデのことだから、静かな場所でひとり過ごしているのかもしれない。そんな気がして、わたしは弁当を胸に抱えたまま、もう一度肺の奥の空気を押し出した。


 スマートフォンで、『どこにいる?』と聞いても良かったのかもしれない。でも、それじゃあ――どうしても会いたくて仕方ないみたいで。いや、ほんとうは……会いたいんだけど。


 指先がメッセージアプリを開きかけて、また戻る。その繰り返しだった。


 わたしはどこまで、カナデに近づいていいんだろう。踏み込みすぎたら、きっと嫌がられる――そんな気がして、怖くなる。


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