第二十一話 新たな願い(4)
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ゲールフォースはケルト音楽をベースに、三つの楽章のように雰囲気が切り替わる曲だった。冒頭と終盤は跳ねるような明るさがあり、中間部では一転して、どこか懐かしくて静かな哀愁が漂っている。わたしが惚れたのは、その中間部。しっとりとしたソロパートには、フリューゲルホルンという、トランペットに似た柔らかな音色の楽器が使われていた。名前も知らなかったけど、カナデが吹いたらきっとすごく似合う――そんな気がした。
「へえ。ほのちーがディスコ・キッド、奏っちがアルヴァマー、そんで美奈ちーが……ゲールフォースねえ……」
練習前に譜面を受け取った柚希が、目を細めながら口元を緩めた。わたしは何も言えずに、つい目を伏せてしまう。
「ほのちーと奏っちは王道だけど、美奈ちーはまた……渋いの持ってきたねえー」
柚希は譜面をぱたぱたと仰ぎながら、何気なくわたしの方を見る。その視線がじわじわと刺さって、「すいません……」と呟いてしまう。吹奏楽の王道曲とか、そんなの全然知らなかった。
「いーや? 全然ありだと思う。よく見つけたねー。しっかし、このフリューゲルのソロ……どうすっかな……」
柚希は再び譜面に目を落とし、ちらちらとわたしの表情を伺っている。その視線を浴びながら、身体を縮こまらせる。カナデに吹いてほしいという理由だけで選んでしまったから、それ以外のことなんて何も考え無しだった。
「……てかさ、美奈ちー。これってさあ……」
柚希は片眉を上げて、わたしの反応をうかがうように言った。
「もしかして、奏っちに吹いてほしくて選んだ? ……なんてねー」
「えっ……!」
反射的に声が漏れる。図星を突かれて、思わず頬がかっと熱くなった。
「おーおー、美奈ちーったら真っ赤。ほんと分かりやすいな……。さっきから、めちゃくちゃ奏っちのこと見てたもん。という訳で、このソロは奏っちのもんだ。フリューゲルは、私の貸すから。よろしくねー」
「えっ」
わたしとカナデの声がぶつかった。カナデは柚希から譜面を受け取りながら、困ったように目を瞬かせている。
「……私が吹くんですか?」
「うちらも他の曲でソロ吹いたりするし、奏っちも一曲くらいソロやりなよ。しかも、弟子の美奈ちーが選んだ曲だぞー? これはやるしかないっしょー?」
カナデは譜面から視線を外し、困ったような顔をしたままわたしを見た。そんなカナデを見て、言葉が喉に詰まってしまう。ああ、カナデに吹いてほしいなんて、自分勝手な理由で選んじゃったから、カナデもきっと困るよね……。ごめん、と声を絞り出そうとしたとき、小さく息を吐く音が聞こえた。
「……ミナが選んだ曲なら、やるしかないか」
カナデの声は、静かだけど温かかった。顔を上げると、穏やかに笑うカナデの姿があった。
「えっ……カナデ。ほ、ほんとに?」
嬉しくて頬が熱くなり、声が震えそうになる。カナデは、そんなわたしを控えめに笑って、肩を軽く叩いた。
「ミナったら。そんなに吹いてほしかったの? ……その代わり、練習に付き合ってよね」
「カナデ……! ありがとう……!」
頷いたわたしの胸に、熱が広がっていく。好きって、こういう気持ちなんだ。ただ、あの音を聴きたい。あの人に吹いてほしい。その願いが、ちゃんと届いた。そのことが、何よりも嬉しかった。新しい年――わたしはカナデの隣で、どんな音を響かせられるのだろう。二人で顔を見合わせて、小さく笑った。