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第二十一話 新たな願い(2)

***


 年が明けて最初の市民楽団の練習日。わたしとカナデは団長に引き連れられ、コミュニティセンターの音楽室の壇上に上がっていた。


「……という訳で、松波さんと春日さんが正式に入団してくれました。拍手!」


 一斉に向けられた四十人の視線に、肩がびくっと震える。思わず小さくぺこぺこと頭を下げるわたしの横で、カナデは平然と笑顔を返していて――肝が据わっているなと心底感心した。


「……じゃあ、何か心意気はある? 春日さん」


「えっ! あ、あの……ええと、ご迷惑をおかけするかと思うんですが、よろしくお願いします……!」


 緊張で声が上ずる。団長は笑って「迷惑なんてとんでもない」と返し、次にカナデへ視線を向けた。


「そうですね。自分に出来ることを精一杯、頑張ってみたいと思っています。よろしくお願いします」


 カナデは、落ち着いた声でそう言った。その凛とした横顔に思わず拍手をしてしまうと、カナデがちらりとこちらを見て、少しだけはにかむ。その笑顔が、心の奥に小さな明かりを灯してくれる。拍手の中、わたしたちは壇上を降りて自分の席へ戻った。


「……はい、ではクリスマスコンサートも終わったところなので、今後は半年先の定期演奏会に向けて準備を始めます。まずは定演の実行委員を決めたいのですが……やりたい人!」


 はつらつとした団長の声に合わせて、近くで手が上がる気配を感じた。横を見ると、二つ隣に座ったほのかが背筋を伸ばし、しゃんと手を上げている。流石ほのか。真面目だし、委員とか向いているんだろうなあと思っていたら、ほのかのもう片方の手が横のカナデの手首を掴み、そのまま宙に引っ張った。


「ちょっと……ほのか。本気?」


「当たり前でしょ。本気だよ」


 小声で小競り合いをしている二人をどこか他人事で眺めていたら、二人の視線が飛んできた。えっ。そのままカナデの片手が伸びてきて、わたしの手首が天高く掲げられる。


「えっ? ……ええっ! カナデ! やめ……」


「……はい、じゃあそこのトランペット三人娘ね。仲が良くてよろしいこと。他、あと何人か、やりたい人いますかー?」


 ほのかがカナデの、カナデがわたしの手首を離して、手が自由を取り戻す。それぞれがそれぞれを、困惑した表情で見つめていた。そんな……わたしが、定演実行委員って! わたし、吹奏楽のことなんて……まだ何も分からないのに……!


「……今年の実行委員は、トランペットから三人かー! これはマジ期待できるね。選曲楽しみだわー」


 ミーティング後、柚希が笑いながらわたしたちに声を掛けてきた。ほのかの隣に座っている高洲さんも、どこか期待のまなざしでこちらを見ている。


「ええと……ほのかちゃん、そもそも、定期演奏会って……」


「毎年夏に、市民ホールで開催してるの。演奏する曲は、大体十曲くらいかな? 曲はリクエストも受けつつ、実行委員が中心となって決めるんだ」


「そーそー。だから、ペットから出てくれると、ペットの目立つ曲が入れやすいんだよねー。定演はこないだと違って、結構ガチな吹奏楽の曲も入って来るから……次は、奏っちにはファーストの譜面をやってもらいたいと思ってるし、美奈ちーはサードをメインにしつつ、セカンドも一曲でいいから挑戦してもらいたいな」


 柚希の言葉に、カナデは淡々と「分かりました」と頷いた。その一言で、わたしの喉が詰まるようだった。この間のクリスマスコンサートでさえギリギリだったのに……セカンドも? しかも、カナデはファースト。今度は、わたしの隣で吹いてくれない。


「……おーい、美奈ちーったら。そんな寂しそうな顔するなって~。奏っちが隣にいなくても、うちらがちゃんとサポートするし、美奈ちーなら大丈夫っしょー? それにしても、なんか……奏っちと美奈ちーの師弟関係……ペットと飼い主みたいに見えてきたわー」


 柚希は輝かしい色の髪の毛を掻き揚げ、苦笑した。返す言葉もなく、項垂れてしまう。当然、わたしがカナデのペット扱いだ。カナデがいないと、不安で不安でしょうがない。カナデのそばをうろうろして、構ってもらえると尻尾を振って喜んでしまう。


 でも、わたし、いつまでカナデに頼ってばかりなんだろう――そう思った直後に、やっぱり隣にいてくれたら嬉しいなんて、情けないことを考えて、わたしって……。カナデがいないと本当に、全然だめだなあ。怖い。心細い。だけど、ここで踏み出さなきゃ、わたしはずっとそのままだ。


「ミナがペットか……確かに、ちょっと犬っぽいかもしれないね。でも結構、私を引っ張ってくれることもあるんですよ。いつも助けられてます。だから、今回も……ミナならできるよ。大丈夫」


 カナデが静かに笑い、わたしに視線を流した。そんなふうに、からかうような言葉なのに――その目は本気だった。胸がきゅっとなり、わたしは控えめに頷いた。カナデが信じてくれるなら、怖くても進める。わたしは息を吸い込み、ぎゅっと拳を握りしめた。わたしたちを眺めていた柚希は面白そうに目を細めて、「チョれえ~……」と言って笑っていた。


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