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狩人と銀色の花嫁  作者: 榊原シオン
第6章

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第162話 抵抗、虚しく

 水晶玉の結果を見たビネガーがアルスへと近づくと、拘束させる為にと繋いだ手錠の間の鎖を掴む。そして、アルスには何の説明も無いまま、その幼き身体を強引に引っ張る。


「僕は火の精霊士だ! 何度言えば分かって貰えるんだ! 僕は家に帰るんだ! だから、この手を離してよ!」


 アルスは、引きずられまいと、全体重を後ろへと傾ける。だが、未だアルスは初等部にすら入学もしていない少年であった。ゆえに、その身体はまだ小さく、そして軽い。ビネガーの腕力に敵うはずもなく、アルスの抵抗も虚しく、その身体は祭壇の奥へ奥へと引き摺られていく……。


 それでも、諦める訳にはいかない。


 何度も何度も、同様の言葉を繰り返し叫ぶアルス。その(つんざ)くような叫び声に嫌気が差したのか、引き摺っていたビネガーが、隠しもしない盛大なため息を吐くと、アルスを振り返り、掴んでいる鎖を手放す。


 抵抗していた力が急に無くなった事で、後ろへと弾け飛んでいくアルスの身体。そして、自身の身体の前で手錠をされているがゆえ、受け身を取る事も叶わぬまま、背中から床へと身体を打ち付けられた事により、息を詰まらせた。そして、痛みは痺れとなり、アルスの全身を駆け巡る。


 やっとの思いで、ビネガーの拘束から逃れられたものの、予想外の痛みにより、身体を起こすまで時間を要してしまうアルス。そんなアルスに、眉間に皺をよせ、ビネガーがゆっくりと歩み寄ると、アルスの髪を掴み、強引に身体を起こしに掛かる。


「痛い! 痛い! 痛いよ! 僕が何をしたって言うんだ!!!」


 アルスは髪を掴まれている腕を振り解こうと、その太い腕へと両手で引き剥がしに掛かるものの、髪を掴む手は離れる気配すらない。そんな行動を見兼ねた修道女(シスター)オリーブが、ビネガーの行動を止めさせるべく、声を荒らげる。


「ビネガー枢機卿! お止め下さい! 相手はまだ子供ですよ!? 確かに、アルス少年の精霊士登録の結果が怪しいと報告を挙げたのは私です。でも、それはアルス君を拘束して下さいというものではありません! 先程、アルス君が水晶玉へと触れた時に発した光。この光の意味は、ビネガー枢機卿も解らないとおっしゃっていたではありませんか! 今夜お預かりするとはいえ、光の原因が解らない以上、その身体は丁重に扱うべきです!」


「お前は、黙っていろ!!!」


 今まで聞いた事も無いような低い声でオリーブの言葉を封じに掛かるビネガー。


 その今までに無いほどの敵意を向けられてしまった事で、アルスを庇おうと駆け寄ろうとしたオリーブが二の足を踏んでしまう。


 そして、オリーブが立ち止まった事を視界に収めるや、アルスの鳩尾へと拳を打ち付け、その意識を刈り取りに掛かる。


 アルスは一瞬苦悶の表情を浮かべたものの、痛みを感じるより先にその意識を手放してしまい、ビネガーの腕を引き剥がそうと抵抗していた両手は、ダラリと脱力させるだけであった。


「ビネガー枢機卿! 何をなさるのですか!」


「それ以上近づくならば、お前もこの小僧と同じ目に遭うだけだぞ?」


 オリーブを見つめる瞳に嘘の色が無い事を瞬時に悟ってしまうオリーブ。その事を自覚した瞬間、両足の震えが止まらなくなる。そして、自身の無力さを悔やむように、腰の横で拳を握る事が唯一の抵抗だった。


「始めから、こうしておけば良かったのだ……」


 ビネガーは、脱力してしまったアルスの身体を肩へと担ぎ込むと、祭壇の奥へとその歩を進めていく。そして、アルミラ神像の横の小扉を抜けていく。


 オリーブは、只々その姿を見送るだけであった……。








(うっ……。何だろう、この嫌な臭い……)


 鼻を刺すような臭いにアルスが目を覚ます。


 周りへと視界を向けると、どうやら自分はどこかの部屋へと閉じ込められているらしい。


 その部屋は、一面以外は全てコンクリートで覆われていた。その無機質なコンクリートの硬さが、横たわるアルスの身体の体温を奪いに掛かる。夏であれば、そのひんやりとした冷たさが逆に心地良かったかもしれぬが、季節は未だ春先。さほど気温も上がらない気候ゆえ、冷たさが寒気となり、アルスの身体を震わせる。


 視界を一方へと向けると、等間隔で行く手を阻む鉄格子が視界へと飛び込む。しかも、その鉄格子は少しの空間を開けた先に、更にもう一つある。中に閉じ込めた者を逃さぬ為であろう。鉄格子は二重に設置されていた。


 この部屋を何と呼ぶかは知っている……。これは、牢屋だ。僕は、閉じ込められた……。


 その事を自覚した瞬間、アルスの身体と心に、いも言えぬ重石がのしかかる。そして、気力を失ったような瞳が、意識を覚醒するに至った臭いの元を探しに掛かる。


 部屋の隅に設置されている井戸のような物……。その井戸のような物には、木蓋で塞がれてはいるものの、臭いの元はそこから発さられているように思える。


 だが、その井戸に歩み寄って、わざわざ確認しようとまでは思えない。その井戸の目的……。それは、一つしか思い付かないのであるから……。


 これから先、どれ程の時間この部屋へと閉じ込められている事になるのかは検討も付かないが、一日も経過すれば嫌でも使用する事になるであろう。人間の生理現象など止める術など無いのであるから。


 部屋の隅へと改めて視界を巡らせてみると、鉄格子とは反対側の天井近くの壁に、小さな小窓があるのを見つけるアルス。


 その小窓から差し込む光が、この牢屋の唯一の光源となっていた。時間の程は定かではないものの、光が差し込んでいる以上、夜でないという事は確からしい。


 ここは、どこなのだろうか……。


 教会内なのは間違いないだろう。


 もし、仮にこの部屋が教会の地下に設置されている部屋であるならば、あの天窓の位置は、地上の地面近くに設置された小窓かもしれない。しかも、その小窓には数本の鉄格子があるのみで、それ以外は吹き抜け。


 夜になれば、凍てつくような冷気が、あの小窓から入り込むのを塞ぎようが無いし、夜になれば人間以外の生き物の活動は活発になる。つまり、地面近くに設置された小窓であるならば、鉄格子の間隔的に、蛇やネズミ、ムカデや蜂といった生き物の出入りを妨げる術は無いように思われた。


 その考えが正しいと裏付けるかの如く、天窓近くの床には、幾重もの落ち葉が散乱しているのが見受けられる。






(どうして、こんな事に……)


 今朝、起きた時までは、普段と何ら変わらない朝であった。いつも通り、隣で寝ていたベティスの優しい声色に誘われるように目を覚ましたアルス。


 自分の役目を全う出来た事に満足していたのであろう。ベティスの顔には笑顔が浮かんでいた。


 そのいつも通りの笑顔を視界に収める事で、今日も一日が始まったと実感すると共に、その幸せな日々を噛み締めていたアルス。


 だが、朝食を済ませた後、状況は一変する。


 庭先から発せられる音に違和感を感じたアルスが庭先へと顔を出すと、そこには首元を握られ、魔法へと封じ込められた母マーレの姿を視界に収める。


 母の命を救う為、アルスはその身を差し出した。


 その事に後悔は無い。


 ただ、思い浮かぶのは、泣き叫ぶベティスの姿だった……。


 捕まったのが自分で良かったとアルスは思っていた。


 自分以外の誰かが捕まったとなれば、アルスは自分自身を許せなかったであろう。


 特に、同じ状況へと貶められた場合、ベティスに至っては、魔法を封じられれば、自身の姿を偽っている『変身魔法(メタモルフォーゼ)』を掛け直す術すらないのである。


 そうなれば、ベティスの吸血姫(ヴァンパイア)の姿が白日の下に晒される。その時のベティスは、アルスが今置かれている状況よりも更に過酷な状況へと陥る事になるであろう。


 その未来だけは阻止しなければならない。


 その未来を迎える位ならば、自分はこのまま牢に閉じ込められたままの方がいい。


 たとえ、家族。そして、愛する女性に逢えなくなるのだとしても……。


 だが、それは自分がここから出られなかった場合の話だろう。


 自分がここから無事生還すれば、またいつもの日常を送る日々が戻る事になる。あの幸せな日々を取り戻す為、アルスは考えを巡らせていくのであった……。

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