第157話 それぞれの赴く先
「アルス様が行方不明とは、一体どういうことなのですか!?」
帰宅したマーレとグロックの説明に、ベティスが怒りを露わにする。
「ベティスちゃん、私達にも分からないのよ……。私も未だ困惑しているの。枢機卿様がおっしゃるには、アルスは自力で教会から抜け出したみたい。ただ、逃げ出したアルスがどうしてここに帰って来ないのか……。分からないのはそこよ。ただ、教会関係者たる司教様たちも、必死にアルスの行方を捜していたわ。アルスがここに帰って来ないというのは、私達には分からない、何かの事情があるのかもしれない。でも、アルスの行方を捜している教会に、アルスを再び拘束される訳にはいかない。アルスは、ベティスちゃんとは違って、前からここで暮らしていたという訳でもない。アルスが取れる選択肢はかなり限定されるはずよ。なので、私達は私達で、アルスの行方を捜します。そして、決して教会に先に出し抜かれる訳にはいかない。何としてでも、先にアルスを見つけ出し、今度こそアルスを守り抜きます! アルスの捜索、これにはベティスちゃん。貴方にも協力をお願いしたいの。これは、ベティスちゃん。貴方にか出来ない事よ」
マーレが言うベティスが行くべき捜索場所に、ベティスが頷く。
「分かりましたわ、おば様。アルス様は、何としてでもわたくしが見つけてみせます。ただ、おば様。あんなアルス様の身柄を連れていったような奴らに様なんて付ける事はありません。あんな奴達は、おざなりな呼び方で良いのですわ! そうと決まれば、ジッとなんてしていられません。ニッキ、あなたも手伝って頂だい。お爺様、宜しいですわよね?」
ベティスは教会関係者に様付けなんて大層な呼び方をする必要はないと喚き散らすが、マーレの心境は複雑だった。
アルミラ様の存在もあり、敬虔なアルミラ教信徒となったマーレ。その事を表すように、毎日祈りを捧げる事を欠かした事がない。教会が身近にある今でこそ、教会へと毎日足を運んでいるが、辺境地に於いても祈りを捧げるという、その行為自体は欠かした事がなかった。
とはいえ、教会の最高責任者とも言える枢機卿であるビネガーが、愛するアルスの身柄を連れて行った事も事実。しかも、アルスの安全を第一に考えるべきであるのに、それどころか、現状ではアルスの所在すら把握していない始末。
別に、マーレの中で、アルミラ様への信仰が薄れてしまった訳ではないが、先ほど教会にて啖呵を切ったように、教会関係者が信用たる人物でないと思ってしまっている事もまた事実。ゆえに、今後の祈りの場所は、教会へと足を運ばず、アルミラ様にだけ自宅から祈りを捧げようと、密かに心に決めた。
「まあ、そうじゃな。ニッキはベティスの供をした方が良いじゃろう。そして、ベティスが羽目を外してしまうような兆候がみえるようなら、止めてくれ。わしは、エマール家へと赴く事としよう。そして、事情を説明し、可能な限り人員を回して貰えるよう願い出るつもりじゃ。マーレさんはどうするる?」
「私は、実家へと顔を出してみようかと思います。そこで、アルスを見つけられないようなら、主人に知らせる為、兵舎へと赴くつもりです。それと、ニッキさんがベティスちゃんと共に赴くという事であれば、ここには誰も居なくなるという事になります。可能性としては、アルスがここに帰って来るという可能性が一番高いでしょう。なので、今から行く先にアルスが居ない事が確認出来たならば、この家へと引き返して貰いたいのです」
マーレの発言後、四人が四人共頷き合う。やるべき事は決まった。
四人共が身支度を整えると、アルスを探し出すべく、家を後にする。
ベティスは、ニッキを伴いゼスト宅から外へと繰り出すと、東門へと足を向けていた。
ベティスの行き先、それは場内ではなく、場外だからである。ゆえに、安全面を考慮して、ニッキを伴う算段を付けたのである。
王都には、東西南北の各所に門がある。だが、基本的に人が行き交うのは、正門に当たる南門という事になる。その他の門は、馬車の出入りが不可能という事もあり、あまり利用する者も少ない。
だが、ベティスとニッキが目指す目的地の事を考えると、東門を利用する事が一番手っ取り早い。というのも、二人が目指す先、それは森だからであった。
東西南北、どこの門から出でても、いずれは森へと辿り着くだろう。だが、一番森に近い門。それがすなわち東門であった。
ゼスト宅で馬車を所有していれば正門を利用する選択肢もあったやも知れぬが、あいにくゼスト宅では、今現在馬車は所有してはいない。同様に、馬すら所有しても居ない。今後の事も踏まえると、せめて馬くらいは所有していった方が良いだろうが、無い袖は振れない。
だが、東門が一番近いとはいえ、東門を抜け出て以降、森まではそこそこの距離がある。しかも、そこに赴くのが六歳児であるベティスだ。ゆえに、ニッキがベティスを肩車するというのが、時間面でも体力面に於いても、有効という事になるのだった。
二人は、東門へと辿り着くと、外出の許可証の発行を願い出る。そして、許可証の発行を待つ間、ここ一両日中の人の出入り記録の確認も願い出る。
そして、記録を確認して貰った所、アルスが東門から抜け出たという記録は残されていなかった。
とはいえ、門は全部で四つある。あくまで、今分かった事はアルスが東門から抜け出た記録はないという、その事だけである。
二人は、確認を行ってくれた門兵へと礼を済ますと、森へ向け、その歩を進めていった。
一刻近く歩いた所で、二人が森へと辿り着く。
ベティスは、ここまで運んでくれたニッキへと一言礼を伝えると、肩から自分の身体を降ろして貰う。
ベティスは、後ろにニッキを従え、更に森へと近づくと、目的の人物へと声を張り上げる。
「アドー! 居るー? アドー! アドー!」
ベティスと、ニッキの目的地、それを正確にいうのであれば、それは精霊界という事になる。
ただ、人間界と精霊界。その二つを比べてみた時に生じるのは、次元の違いだ。
ゆえに、どの場所からも精霊界へと赴く可能性も考えられるが、それには森の精霊であるドライアドの協力が必要不可欠になる。それがある為、ベティスは森を目指した。森の精霊であるドライアドは森にしか居ない為であった。
基本的に、人間界にある物は、同様な物が精霊界にも存在する。
ただ、あくまでそれは、自然物はという含みおきが必要になる。
人間界に於いて、人間が建造した建物などは人間界独自の物になる。それゆえ、人間界では王都に当たるその場所も、精霊界では森となるのかもしれない。
ただ、ベティスがドライアドと接触する為には、人間界に於ける森が必要になる為、ここまで足を運んだのであった。
「アドー! 居るんでしょう? お願い、出て来て頂だい」
何度も何度も、森へとドライアドの名を呼び続けるベティス。
だが、ベティスの声に応え、目的の相手である森の精霊ドライアドが、姿を見せる事は無かったのであった……。




