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狩人と銀色の花嫁  作者: 榊原シオン
第5章

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第140話 恋はジェットコースター?

「ガルルル、ガルル」


(もう、そんなに警戒しなくっても、取って食べたりしないわよぉ〜)


 イリエが、マーレ宅を訪れて以降、ベティスという名の少女に、敵意剥き出しで牙を剥かれていた。


 しかも、イリエとしては、彼女が敵意を向けてくる理由さえ、サッパリ分からない。とんだ濡れ衣である。


 ハッキリ言って、めちゃくちゃ居心地が悪い。心臓にも悪い。


 唯一、味方になってくれそうなマーレに、SOSの視線を投げかけるが、何故か視線の先のマーレはニコニコしていた……。


(なんで? どうして〜! マーレさん、助けてぇ〜)


 だが、イリエの思いは、一向にマーレには伝わらない。


 実はマーレは、こう思っていた。


(ホント、ベティスちゃんは誰にでも噛み付くのねぇ〜。でも……。それだけアルスが愛されてるって事なのね)


 ベティスのアルスに対する愛の深さを再確認出来た事で、嬉しく感じてしまっていたのだった……。


 時々、狂気めいた表情を浮かべる事があるマーレ。とはいえ、今のマーレは頭の中にお花畑でも咲いているのか、のほほんとした性格を覗かせていた……。そういった意味では、マーレも実は変わってる人なのかも知れない。


 そんな孤立無縁なイリエ。そんな彼女に助け舟を出したのは、他ならぬアルスである。


 しかも、アルスがベティスに放った言葉は、たった一言だけ……。


「ベティ! ハウス!!!」


 アルスのお叱りの一言を受けると、正しく『きゅうう〜ん』といった鳴き声でも上げるが如く、アルスの後方へと下がっていくベティス。


 アルスの猛獣使いさに、更に拍車が掛かっていた。


 この時になって、初めてイリエは助け舟を求める相手を間違えていたのだという事に気付く。


 イリエは、自分に助け舟を出してくれたマーレの息子であるアルスを、改めてまじまじと見つめてみる。


 今年十九歳になるイリエから見ても、アルスは美男子と言って差し支えない。と、いうより極上の美男子。アルスを視界に収める事で目が喜ぶ。ずっと見て居たいと感じると言えば良いのだろうか……。兎に角、そんな感じであった。


 世間一般に、美人は三日で飽きるなんて言うけれども、全然そんな事にはならない気がする。


(そういえば……。同じ女性であるマーレさんに恋慕を(つの)らせるのは問題がありますけれども、アルス君は男の子。つまりは、男子! そして、更に言い換えれば男!!! え? これって、アリなんじゃない? あと七、八年もすれば、アルス君は絶世の美少年へと進化を遂げるはず。それまでに、唾を付けておくのって全然、アリなんじゃない!? そうよ! そう、そう! 有り有りの有りだわ。……でも、私ってショタコンだったのっ!?)


「ガルルル!!! ガルル~!!!!」


 イリエのアルスを見つめる視線に熱を感じたベティスが、再度唸り声を上げる。対アルスセンサーは、超が付くほど、敏感であった。


「ベティ~?」


「きゅうう〜ん」


 再度、アルスから注意を受けた事で、上目遣いで縮こまるベティス。ホントにアルスにだけは、従順であった。


(そういえば、この子の存在があったんだったわ……)


 ベティスの存在を再確認した事で、文字通りガックシと肩を落とすイリエ。正直、アルスと許嫁の間柄など、羨ましい事この上ない……。







「じゃあ、人も揃った事ですし、始めましょうか!」


 アルスの一喝に我に返ったマーレが、始まりの言葉を告げる。


「うん。それで、母さん。イリエさんといつも二人でどんな事をやってるの?」


「その事なのだけれど……。イリエさん」


「え……。あ、はい!」


 マーレからの問い掛けに、思考中だったイリエの脳が、現実へと強引に引き戻される。


「実は、アルスもベティスちゃんもお料理をするのは、今回が初めてなの。なので、イリエさんさえ良かったら、基礎中の基礎からって感じでも大丈夫かしら?」


「ええ。それは、もちろん!」


(私としては、マーレさんとアルス君と共に居られるのであれば、それだけで問題ないですし。ああ……。これからは、更にお邪魔させて貰う楽しみが増えたわっ! そういえば、私には週に一度は必ず休職日がある! その日に、マーレさんの所にお邪魔させて貰う約束を取り付けましょう! 週に一度は経験しないと腕が鈍ってしまうからと、そんな理由を付ければマーレさんも納得してくれるはず! 毎日の楽しみのセシリア様を起こすという日課もありますけれど、これからは週に一度の楽しみも出来る! それって、めっちゃ最&高じゃん! んんっ? そういえば……。最初に紹介された時に、ベティスちゃんはここで一緒に暮らしていると言っていなかった!? え? じゃあ、なに。私がここを訪れると、この子もセットで付いてくるってこと~~~~!?)


 それはマジ勘弁と、再度ガックシと肩を落とすイリエ。


 そんな思考を浮かべているイリエの事など知りもしないマーレが、イリエから許可が取れた事で話を進める。


「アルス、ベティスちゃん。二人は、お料理のさしすせそって知ってる?」


 マーレから問いかけられた事でお互いがお互いの顔を見つめる。だが、想像も付かないのか、お互いに見つめながら顔を(かし)げる。


「母さん、僕もベティも知らないと思う。それって一体なに?」


「やっぱり知らないわよね。お料理のさしすせそ。これは、調味料の事を指すのだけれど。さは、砂糖。しは、お塩。すは、お酢。せは、醤油。そは、お味噌を指す言葉なの。基本的に、お料理を作る際には、この内のどれかを使う事が多いの。逆に言うと、お料理を美味しく作る為には、この『さしすせそ』を上手く組み合わせるのが重要になるわね」


 へぇ~! そうなんだ! と、アルスとベティスの二人が、目を輝かせる。


「中でも、二人に気に掛けて貰いたいのは、お塩よ」


「お塩?」


「ええ。まず前提として、アルスから外で作る為のお料理をと聞いているから言うのだけれど……。お塩で重要になる栄養バランスが、ミネラルなの。例えば、アルスとベティスちゃんの二人で、森にピクニックに行ったとするじゃない? そうすると、身体が温まってきて、汗をかく。すると、汗と共にミネラル、つまり塩分が身体から抜け出てしまうの。汗は水分よね? なので、身体から水分が減ると、身体は水分を欲して喉が渇く。だから、水を飲む。すると水分が体内に入る事で、身体の中の塩分は更に薄まってしまう事になるの。正しく、悪循環って事ね。なので、長時間外を出歩くような時は、水と一緒にお塩を舐める。それ位、重要な事だと思っておいてね」


 そんな感じで、基本的な事を説明していくマーレ。この後も色々な事を教えていった。


 こうして、お料理教室は幕を開けたのだった。

文中に登場する、塩不足によるミネラル不足を知らしめる逸話を元にしたことわざに、『敵に塩を送る』と、いうものがあります。


このことわざは有名なので、知っている方も多いと思いますが、これは戦国時代のある武将が関係します。


戦国時代、最強とも詠われた武田信玄。そのあまりの強さは有名で、生涯の勝率は8割を超えたとも言われています。


ただ、それもこれも、勝てると思う戦しかしなかったから。


武田信玄が暮らす甲斐の国。現在の山梨県は、周囲を険しい山々で囲まれています。富士山もその中の一つです。


ゆえに、県面積の割に、人が住める土地が少ないという問題を抱えていました。


ただ、世の中は戦国時代真っ只中。弱みを見せれば攻め込まれる事になります。


そこで信玄は、周囲の国々に自分の身内を身代わりに差し出し、周囲の国々と同盟を結びます。ただ、これで終わらないのが武田信玄。


同盟をしている事で相手を油断させ、自国の兵力を整えていく。そして、確実に勝てるという算段が付くや、こじつけの如く一方的に同盟を破棄し、火縄銃が登場するまで最強とも謳われた騎馬軍団で、一気に敵国へと攻め込みます。


この事を表すのに、最も適した言葉が『風林火山』

疾きこと、風の如く

静かなること、林の如し

侵略すること、火の如く

動かざること、山の如し



同盟を結んでおきながら、一方的に破棄する信玄。これに頭にきたのが、今川義元。


海なし県、甲斐の国の為に送っていた塩の輸出をストップさせてしまう。これにより、甲斐の国では、塩不足による深刻なミネラル不足に陥ります。


そこに手を差し向けたのが、上杉謙信。


武田信玄と上杉謙信。二人は、五度の戦いを繰り返す。言わば仇敵の間柄でした。


幾度となく行われた戦いでは決着が付かず、お互いに有名な配下を失う事となりますが、信玄とは正々堂々と戦いたいと、塩不足に陥った信玄に謙信が塩を送るようになるのです。


ここから生まれたのが、『敵に塩を送る』ということわざ。


正しく、義の男『上杉謙信』を表す有名な逸話です。

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― 新着の感想 ―
[一言] アルス達の年齢でここまでの関係を築いているのすごいな。もっと信頼が深まったらどうなることやら。 母も少しネジ外れていたな。ならば父も外れているかな。 敵に塩を送るにそこまで深い語源?があった…
2023/04/11 11:46 退会済み
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