第137話 新たな問題
「ただいま」
アルスが自宅の広い玄関ホールから声を掛ける。すぐさまメイドとして派遣されているニッキが玄関ホールへと顔を出すが、遅れて出て来たベティスがニッキを追い越し、アルスに声を掛けた。
「アルス様、お帰りなさいませ。随分とお早いお帰りだったんですのね。何ヶ所か教会を巡ると聞いておりましたので、もっと時間が掛かると思っていたのですけれど……」
「うん。そうだったんだけどね……」
アルスはそう言いながら、どう説明したものかと、左手で自身のこめかみをかく。
途端にベティスの視界に飛び込んでくる中指に填めた赤い指輪。よもや、おば様からの贈り物ですの!? と、アルスの背後にいるマーレを睨みつける。
マーレはベティスが自分を睨みつけてくる理由に心当たりがなかった。とはいえ、大方アルスと二人で出掛けた事を嫉妬しているのだろうと、軽く流してしまう。
それよりも、今は伝えなくてはならぬ事があるとばかりに、皆の所在をニッキに確認した。
「はい。皆さま、今はご在宅です」
「ニッキさん、申し訳ないのですけれど、お茶の準備をお願いしていいかしら? ニッキさん自身の分もお願いしますね」
「え? 私の分もですか? 承知致しました。では、皆さまリビングでお待ちくださいませ」
そう言うと、お茶の準備をする為、この場を離れていくニッキ。その合間に、マーレはゼストを。ベティスにはグロックを呼びに行って貰うことにした。
程なくして一緒に住む、家族と言って差し支えない全員が、リビングへと顔を揃える。今回の話は長くなる可能性もある為、普段は立っていますと断ってくるニッキも半ば強引にソファーへと座らせている。
「今日、アルスの精霊師としての登録をしに、教会へと行ってきたのですけれど。まず、アルスの精霊師としての登録は、一属性として問題なく登録出来ました」
マーレからの報告に、ここに居る全員がホッと胸を撫で下ろす。
実は、アルスが六属性が扱える精霊師という事はニッキだけが知らない情報であった。だが、今後は家族同然に暮らしていく事になるからと、先日ニッキにもアルスの事を伝えてある。
「今後の事も踏まえて、アルスには当初の予定通り、六つの教会で一属性の精霊師として登録する予定です。アルスには、各教会にて各々の精霊術を使用して貰う事になるのだけれど、そちらに関しては大丈夫よね?」
「うん。今日見たくやってみせれば良いんでしょ? ミラ様の所で色々と勉強して来たから大丈夫」
と、アルスが自信ありげに答える。マーレから見ても最近のアルスは少しずつ変わってきているように思う。
積極的に会話に参加しようとしない点は、相変わらずといった所だが、以前よりも色々な所で自信を覗かせるようになった。自信はプライドとなり、負けん気へと繋がっていくことだろう。ただし、高すぎるプライドは自身にとっても、あまり良い事ではないので、周りにいる大人達が上手く導いてあげる必要がある。
「あの、ちょっと宜しいでしょうか?」
ニッキの珍しい発言に、皆の視線がニッキへと集中する。
「そもそも、アルス様はどうして六つの教会で、一つづつの精霊師として登録する必要があるのでしょう?」
ニッキの質問に、代表してゼストが答える。
「マーレが少し触れたが、アルスの今後の事を考えてなんだ。アルス自身はアルミラ様以来の六属性が扱える精霊師だ。それが知られれば、あっという間に世間へと知れ渡るだろう。ただ、そうなるとアルスを身内に引き込みたいと思う貴族が激増する事になってしまう。つまり、アルスと婚姻を結ぼうとするって事だな。ただ、それはニッキさんが仕えるエマール家にとっても都合が悪い。それに、アルスの幼さゆえ、場合によっては誘拐といった身の危険にさらされる可能性もある。なので、大人になってから六属性が使えるって事を触れ回る為に、各属性の精霊師登録を済ませておこうって事なんだ」
ゼストの説明に、そんな思惑が……。とニッキも納得する。
「それで、アルスの精霊師登録は無事に出来た訳ですけれども……。実は、こんな物を付与されまして……」
マーレは自身の左手の中指に填めた緑の指輪を外し、テーブルへと置く。
「マーレ、これは何なんだ?」
ゼストはテーブルに置かれた緑の指輪を手に取ると、何か特殊な仕掛けでもあるのかと確認するが、指輪自体緻密な加工が施されてはいるものの、特に変わった様子は見受けられない。
「指輪自体に何かがあるという事はありません。教会として、精霊師を対象に新たに指輪を付与して、それを登録の証とし始めたようです」
「ふ~む。なるほどですな。教会も色々と考えるものじゃわい。してこれが何か?」
グロックの言葉に、マーレは左手の人差し指に填めた青い指輪も外す。
「色違いの指輪が二個という事でしょうか?」
珍しくニッキが会話に参加する。
「ええ。教会は、精霊師全員に、各々の属性に合った指輪を渡すことにしたようです」
「なるほど。それで、二種類あるんですのね。と、なるとアルス様は六種類の指輪をお持ちという事ですか?」
先ほど目に飛び込んできた指輪はこれだったのかと、安堵を浮かべるベティス。
「ううん。僕はまだ持ってるのは一つだけ……。この後、別の教会でも手に入れる事になるんじゃないかな」
「そうなんですのね。それで、おば様。この指輪がどうか致しまして?」
伯爵一家であるエマール家にとって、指輪の代金など、さほど問題になる事はあるまい。それよりも問題だと思われる事を皆に告げた。
「問題は、教会が今居る精霊師全員にこの指輪を渡すという行為を行っているという事です。しかも、わざわざ水晶玉にて確認まで行っています」
「ふむ。わしらも教会へと赴かねばならんという事かの」
「まあ、そういう事なのですが、先生? お判りになりませんか? 何が問題なのか……」
と、マーレは視線をベティスへと移す。
「!!! そういう事じゃったか!」
と、苦渋の表情を浮かべるグロック。
グロックの視線もベティスに向けられた事で、皆の視線がベティスへと集中する。
「な、なんなんですの!? わたくしに関係があることですの?」
皆の視線に耐え切れなくなったベティスが、悲鳴を上げる。
「ベティスや……。お主は教会に何属性の精霊師として登録されておる?」
「お爺様、今更何をおっしゃるんですの? そんなの一属性に決まっておりますわ!」
「そうじゃな。お主は、教会に一属性の精霊師として登録されておる。して、ベティスや……。お主は実際、何属性使えるんじゃったかの?」
「え? そんなの三属性に……、決まって……。ああああああ!」
マーレは既に登録済み。
問題になりそうだったアルスも、先ほどと同様の手段で教会に登録すれば問題あるまい。ただ単に、使って見せる属性の魔法を教会毎に変えてみせれば済むだろう。
グロックも再登録の必要こそあれ、普通に教会へと登録に赴けば済む話。
ニッキが精霊師かどうか不明ではあるが、伯爵家でメイド長の任に付いていた位である。きっと、ニッキ自身も精霊師であろう。とはいえ、ニッキもグロック同様、再登録に赴けば済む話である。
問題は、ベティス。
自身も発言したように、ベティスは教会には、一属性の精霊師として登録されている。だが、吸血姫となって以降、ベティスは三属性使用出来るようになってしまった。
しかも、精霊界でアルミラが用意した水晶玉に触れている事で、既に確認済みであるが、ベティスが水晶玉に触れると、橙、緑、紫の三色が現れる。
つまり、アルスとは違って、ベティスが三属性の精霊師である事を、誤魔化す術がないのである。
グロックとしては、ベティスが三属性使えるようになった事を、世間にひた隠しにするつもりであった。何と言っても、一属性から三属性に増えた理由を説明出来ないからである。
三属性に増えた事の説明を求められれば、吸血姫になった事を抜きにして説明は出来ない。
アルスの一件が片付くと思ったら、また新たな問題に頭を悩ませる一同。
とはいえ、エマール家は伯爵一家だ。領地の住民から納税を受け取っている身分ゆえ、資金は潤沢にある。そんな伯爵家の娘が、指輪を受け取らず再登録から逃げ回る行為を行えば、逆に怪しまれてしまう機会を与えてしまう事になるだろう。
ならばこそ、こっちから乗り込んでやろう。と、決意を固めるグロック。その意思を皆に伝える。
「そういう事であれば、こちらから出向くしかあるまい。水晶玉に触れ、三属性である事が証明されるが、こちらとしては三属性分の登録料を支払うんじゃ。教会としては、違和感を抱く事があれど、文句は言ってこまい。それに、何か言われた時は、元々三属性だったと突っぱねるしかないじゃろうな……」
グロックの発言に皆が頷く。ただ、危険な賭けである事には違いない。
教会の誰かしらを抱き込む事も考えたが、口封じをした所で、信じきれぬ不安は付きまとう。それゆえ、堂々とベティスの登録に臨むことに決めたのであった。




