第136話 訪れた親子
先ほどの貴族のご老人と入れ替わるように、新たに入ってきた親子が、祭壇に居るオリーブの前へと辿り着く。
それにしても、美男美女の親子だ。母親のDNAは、息子に受け継がれているらしい。将来が楽しみな息子である。
ただ、母親の方は不安げな表情を浮かべている。教会に縁の無い方だったのだろうか? 一方、対照的に息子の方は、楽し気な表情を浮かべていた。
これは良くあるパターンだ。十中八九、息子さんの精霊師の登録だろう。
「こんにちわ。こちらの教会で修道女を担っています。名を、オリーブと申します。本日はどのようなご用向きでしょうか?」
念の為、親子の指を確認してみるが、指輪をしている形跡はない。
「実は、息子の精霊師としての登録に伺ったのですけれど……」
(やはり、息子さんの登録でしたか。となると、お母様の方は付き添い? 一応確認してみましょう)
「そうでしたか。優秀な息子さんをお持ちなんですね。失礼ですが、お母様も精霊師だったりしますでしょうか?」
「はい。私も精霊師ですが……」
(え? お母様の方も精霊師? となると、今もなお浮かべる不安そうな表情の意味は一体……? しかも、この美貌に精霊師とは、天は彼女に一物も二物もお与えになったようですね……)
「そうでしたか。お母様の優秀な遺伝子が息子さんに引き継がれたのですね。失礼ですが、お母様は教会に精霊師の登録はお済みですか?」
「はい。私は教会に二属性の精霊師として登録済みですが……」
「え? 二属性ですか? それは失礼致しました。実は、二か月ほど前から精霊師の方には、精霊師としての証として、専用の指輪を購入して頂く事が義務付けられるようになりました。一応、広場にある案内板で告知もしているのですが、ご存じでしたでしょうか?」
「指輪? すみません、それは初耳でした。無知ですみません」
そう言うと、母親は深々と頭を下げる。
「いえ。指輪の一件は、まだ知らぬ方が多いのが事実です。これに関しては、教会の手際の悪さと言っても差し支えないので、お恥ずかしい限りです。教会に登録がお済みということですので、間違いはないでしょうが、登録の有無を確認させて頂く段取りになっておりまして……。お手数ですが、こちらにお母様のお名前とご住所。新たに登録する為に、息子さんのお名前をご記帳頂けますか」
オリーブはそう言うと、母親を水晶玉の隣に置かれた記帳台の前へと案内する。
母親が記帳している間、息子の方が物珍し気にアルミラ神像を見上げていた。ただ、ここに来てからというもの、息子の方が一言も言葉を発しない。事前に、口を開かぬよう母親から釘を刺されているのかもしれない。何とも念入りな事である。
そうこうしている間に、母親の記帳が終わる。精霊師としての登録の有無の確認は、どうしても時間が掛かってしまう。指輪を付与するようになって以降、オリーブは祭壇にて待機している事がほとんどな為、記帳を元に教会内に居る司教に確認をお願いしていた。
もし、確認が出来なければ、記載された住所を元に、未登録の違反金を請求するという流れになる。
(先ほどからお母様が浮かべている不安な表情はもしや未登録? なら、息子さんの登録に来るのもおかしい……。この不安げな表情は一体……)
親子の美貌もあり、いつも以上に関心が高まってしまうオリーブ。だが、登録の有無は後日判明することだと、気持ちを切り替える事にする。
「ご記帳ありがとうございます。では、実際に付与するべき指輪の属性の確認をさせて頂きます。お母様、息子様の順でこちらの水晶玉にお触れ頂けますか」
オリーブの言葉に、母親が水晶玉へと触れる。すると、二属性と言った事は間違いないようで、水晶玉には青と緑の二色が浮かぶ。しかも、その二色はかなりの速度で渦を巻く。どうやら、相当な魔力量の持ち主らしい。
(お母様の方は水と風の精霊師ですか。正しく、この方の存在その物を表すような属性ですね……)
「ありがとうございます。水と風の二属性で確認出来ました。では、息子さん。お願いします」
オリーブが告げた事で、母親と息子の立ち位置が入れ替わる。そして、母親の不安げな表情がより深まる。
そして、息子が水晶玉へと触れる。
その水晶玉に表れた色は一色。だが、今まで見た事もない色を発していた。何色と言えばいいのだろうか……。少なくとも、オリーブは知らない色だった。しかも、母親以上の速度でもって渦を巻く。
「えっ!? ちょ、ちょっと待って下さい! この色は一体!?」
「え? 修道女様でも分からないのですか?」
母親が驚きの声を挙げる。
(お母様が浮かべる不安な表情は、これの事!? ただ、これは一体……。一色だけなのだから、一属性なのでしょうけど、もしや全く新しい属性?)
未知の色ゆえ、水晶玉に表れた色の意味を測りかねるオリーブ。そんな時、ここに来て初めて息子が口を開く。
「お姉さん、僕は火の精霊師だよ。証明したいんだけど、魔法って使っていい?」
初めて息子が口を開いた事に驚きつつも、オリーブが回答する。
「あなたは火の精霊師なの? ただ、それなら色が違うのだけれど……。ただ実際、私にはどの属性なのか判断が付かないので、証明してくれるというのであれば確かに助かりますね。では、人が居ない、あちらに向けて魔法を発動してみてくれるかしら」
オリーブはそう言うと、魔法の発動方向を指さす。
「うん。分かった。じゃあ、見てて! 『火の玉』」
息子が放った火の玉は、よくよく見かける火の玉だった。違和感を抱くとすれば、渦の巻く速度から相当な魔力量の持ち主にも拘わらず、発現した火の玉が思いの外、小さかったということ位であろうか……。
だが、息子の言う事に間違いはなかった。本人が言うように、彼は間違いなく火の精霊師なのだろう。
水晶玉に浮かんだ色は一色。実際に、見せて貰った魔法。水晶玉に浮かんだ色が未知の色という事以外は、何の問題もない……。
とはいえ、その色が問題なのであるが……。
オリーブが判断に迷っていると、母親の方が口を開く。
「あの! それで、息子の登録料と、指輪の代金を合わせて如何ほどになるのでしょうか?」
母親のこの言葉に、思考中だったオリーブの頭が、現実へと引き戻される。
「ああ……。そうですね、失礼しました。こちらの金額になります。それなりの額になりますので、本日お持ちではないという事であれば、いつまでにお支払い頂けるご約束を頂ければ、後日でも構いませんが?」
と、オリーブは登録料と指輪の代金の内訳を、紙に書いて提示する。
「分かりました。今、お支払いします」
(え? この金額を、指輪の事すら知らなかった女性が持ち歩いている? 身なりからして貴族だとは思えませんけれど、この方の美貌ゆえ、どこぞの貴族様のパトロンでも付いているのかしら?)
オリーブは実際に、提示された金額を受け取る。だが、この大金を持ち併せていた事に、やはり違和感が付きまとう。とはいえ、実際に代金を受け取った以上、指輪を渡さなければならない。
「確かに受け取りました。指輪をお持ちしますが、指輪にはサイズがありまして、指輪を填める指のサイズを測らせて頂けますでしょうか」
と、親子の指のサイズを確認するオリーブ。母親の方は、左手の人差し指と中指。息子の方は、左手の中指に指輪を填めるらしい。どの指のサイズも、教会内で保管しているサイズであった。
「ありがとうございます。では、お持ち致しますので、少々お待ち頂けますでしょうか」
オリーブはそう言うと、親子に一礼し、指輪が保管されている奥の部屋へと移動を開始する。
厳重に管理された部屋から、赤、青、緑の指輪を持ち出すオリーブ。
戻ってみると、ずっと浮かべていた不安な表情が、母親から消えていた。
「では、こちらの指輪になります。実際に填めてみてご確認頂けますでしょうか」
と、親子に指輪を渡す。手に取った親子は、指輪の緻密なデザインに、驚きの表情を浮かべたあと、実際に指定した指へと指輪を填める。
どうやら、サイズに間違いはないらしい。
そうして、親子は教会を後にしていく。教会内に足跡が響く間、親子に向け頭を下げ続けるオリーブ。
そして、入り口の扉が開き、親子が教会を後にする。
足音がしなくなった事で、静まり返る教会内。足音がしなくなった事を確認すると、オリーブは母親が記帳した台紙へと、一目散に駆け寄ると、息子の名前を確認した。
「あの少年の名は……、アルスですか。母親の方は、マーレ。今回の事は、念のため、ビネガー枢機卿にお伝えした方が良いでしょうね」
マーレの思惑通り、一属性使いの精霊師として無事に登録が終わったアルス。ただ、この後同じ行動を他に追加で五か所の教会で行うつもりで、多めに金額を持ってきていた。
しかし、予想外の指輪の件もあり、持ってきた金額が消えてしまった事で、一度家へと引き返す二人であった。




