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狩人と銀色の花嫁  作者: 榊原シオン
第5章

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第133話 絡み始める糸

「おい! 大通りの方に、聖女様が居るらしいぞ! 行ってみようぜ」


「え? 聖女様が?」


 若いカップルは、そう口にすると、聖女を一目見ようと駆けだす。


 シュヴァイゲン王国の良心とも言えるアルフレッドⅢ世。その一人娘にして王女たる少女の事を、国民たちは敬意を込めて聖女と呼ぶ。


 彼女自身、聖女と呼ばれる事には臆してしまう面もあるだろう。それほどまでに、聖女という言葉が、鎖となって彼女自身を縛り付ける。


 ただ、国民達も単にアルフレッドⅢ世の一人娘だからという理由で、聖女と呼称している訳ではない。


 決して(おご)らない立ち振る舞い。神秘的とも言える、蒼い瞳。彼女自身が精霊師という事もあり、足繫くアルミラ教会へと通う姿が度々目撃されている。


 そして、何よりも精霊師として奇跡的な力を有している。


 彼女は、この国でも数少ない、三属性を扱える精霊師として、教会に名を連ねていた。


 元々、人口の三割程度が精霊師の力を有していると言われている。その精霊師の中の更に三割ほどが二属性を扱える程であり、三属性ともなれば、ほぼ数える程しかいないというのが現実である。しかも、その内の一人がこの国の王女であり、国民が彼女の将来に期待を寄せるのは無理からぬ事と言えた。


 実際の所、アルフレッドⅢ世の一粒種として、国王から目一杯の愛を受けて育ってきたのかと、彼女自身の生を振り返ってみると、意外とそんな事はなかったりもする。


 兎にも角にも、国王は忙しかった……。


 午前中は、国民との謁見に忙殺され、午後になれば国政をするべく、内政官の意見を聞く。それで終わりであるならば、日が暮れるまでには王城内の私室へと移り、ゆっくりと時間を費やす事も出来るだろうが、実際はそうでない日々の方が多かった。


 やれ他国からの使者との顔合わせだの、献上品を受け取ってくれだの。魅力あふれる国王には、色んな方面からお目通りの願いが届くのである。


 ゆえに、王女自身が王女としての自覚を持って行動している事。それこそが、聖女として崇められる存在になり得たと言えるほどである。




 そんな聖女たる王女の事を耳にし、面白くない人間が一人。一年ほど前から王都にて、アルミラ教の枢機卿(すうききょう)の任を担っているビネガーである。


 彼は今、彼自身の唯一の理解者とも言える修道女(シスター)オリーブと共に、広場にて教会に登録してすらいない精霊師を炙り出す行動をとっている。


 その最中、王女の事を耳にしたという所であった。


(聖職者たる我が、こんな身近に居るというのに、何が聖女だ)


 夢にまで見ていた念願の枢機卿の椅子。今まで居た田舎の教会とは違い、王都内に設置された教会という事もあり、これからの順風満帆な生活を期待していたのに、蓋を開けてみれば、全く真逆の生活へと転がり落ちる日々。


 しかも、自分とは違い、国民から愛されている王女。


 これで、面白いはずがない。


 苛立ちを隠す事すら出来なくなり、右足の踵は上下運動を繰り返し、苦虫を噛み潰すが如く、歯ぎしりをも繰り返す。


 そんなビネガーの苛立ちに、彼と行動を共にするオリーブも直ぐに気付く。


 実際、オリーブの目から見ても、枢機卿へと至ったビネガーは、国民の為に粉骨砕身の心構えでもって、行動していたと言い切れる。


 ただ、今までに至るまでの彼自身に付きまとう黒い噂。教会への国民の疑心。そんな積み重なるマイナス要素が、彼自身の栄光ある未来を閉ざしにかかる。


 司教にせよ、修道女にせよ、アルミラ教会に席を置く為には、精霊師の資格がないとお話にならない。その中でも、枢機卿となれるのは、二属性魔法を扱える事が最低条件である。


 そんな狭き門を通り抜け、彼自身の能力にすら疑いの余地すらないというのに、彼の言葉に耳を傾ける国民のなんと少ないことか……。


 ビネガーの考えに共感出来るオリーブだからこそ、ビネガー同様苛立ちを隠し切れない有様であった。


 しかも、教会の資金繰りの為、未登録の精霊師を見繕う為、広場まで足を運んだというのに、そちらの成果もサッパリ。


 四十代という例を見ない若さでもって、枢機卿へと至ったビネガー。彼自身が、最低条件である二属性魔法の使い手である事はもちろんだが、ある特殊能力があるが故、異例の出世街道を驀進(ばくしん)してきた。


 その特殊能力こそ、『相手の魔力の有無が見える』というものである。


 これこそ正しく、教会にこそ打って付けの能力と言える。


 つまり、魔力持ちにも拘わらず、教会に登録していない人間を探し出すのに、これほど適した能力はないと言い切れるほど。


 では、なぜ本日結果を伴えないのか……。


 ビネガーが見るだけで、相手の魔力の有無は一目瞭然。ただ、教会に登録しているか否か。そちらが不明であった……。


 では、今まで教会はどうやって未登録の精霊師を炙り出してこれたのか。それは、同じ国民による密告に頼っていた故である。


 つまり、今までの教会としては、密告を待つことこそが常套手段であり、必要に応じて、密告を催促する程度。いずれにせよ、待つというスタンスしか行ってこれなかった。


 ゆえに、こちらから主導権を握れるとも言えるビネガーの能力に期待が掛かっていたのだが、そちらも芳しい結果を残せていない……。


 このままでは、本部の人間からビネガーの特殊能力を疑われるのは必至。そうなれば、彼自身の枢機卿の椅子は取り上げられ、二度と返り咲く事すらないであろう。


(魔力の有無は判るのだ。あとは、教会に登録しているかどうか……。それさえ、明確であれば良いのだ! 何かないか? 何か……)


 そんなビネガーの思考の中、とある閃きが舞い降りる。それは、意外にも身近なものであった。


「そうだ。こうすれば良かったのか……。なぜ、こんな単純な事を今まで見逃していたのだ。これこそ、正しく一石二鳥の策と言える……」


「策…… ですか?」


 ビネガーの呟きとも取れる言葉に、オリーブが反応する。


「ああ、そうだ。我らはとんだ回り道をしていたらしい。なぜ、我自ら出向いたにも(かか)わらず、結果を伴えないのか……。それは、ある物が足りないからに他ならない」


「?」


「お主には、分からぬか? 女性ならばこそ、身近な物であるぞ?」


 女性に身近な物? 暗にそう言われても、未だピンとくるものがない。ゆえに、首を傾げる事で返答とするオリーブ。


「そうか……。分からぬか……。良いか、よく聞け! 教会に登録に赴いた精霊師。奴らに、指輪なり腕輪なり、その証明となる物を付与すれば良いのだ。これは、既に登録を済ませている精霊師も同様である。しかも、貴金属を付与するのだ。今まで以上の登録料をせしめる行為となり得る。どうだ? 女性の立場として、これは有りか?」


「た、確かに! その方法を取れば、精霊師として登録済みか否かは、一目瞭然となりましょう! しかも、その指輪なり腕輪のデザイン性を追求すれば、高額な登録料が発生したとしても、逆に貴族相手には、人気アイテムになり得る事すら有り得ます!」


「そうか! 有り得るか! 修道女(シスター)、我に知恵を貸してくれぬか? 我は、こちらの方面には疎い。前に居た田舎の教会では、枢機卿ががめつい奴で、貴金属に目がない輩だった。それゆえ、奴を毛嫌いしていた我は、貴金属にも目を向けないようしておったのだ……」


「分かりました。私も、どこまでお力添え出来るかは判りませんが、私とて女性の端くれ。必ず、女性が気に入るであろうデザインを追求してみせます!」


「ああ! 宜しく頼む! そなただけが頼りだ。そうと決まれば、ここに居ても詮無き事。今すぐ教会へと戻り、デザインの追及を進めねばならぬ! これからは忙しくなる。覚悟せよ!」


 これからの行動に光明が見えた事で、ビネガーが破顔する。その笑顔ゆえ、オリーブ自身も嬉しさが込み上げる。


「はい! 喜んで!」


 こうして、教会に取って帰った二人は、連日連夜、指輪のデザインの追及をする。サイズがある程度統一出来る腕輪も候補に挙がったが、逆に色々なサイズが必要な指輪の方が、よりオーダーメイド感が高まり、更に高額の金額を請求出来ると、指輪にすることに決まった。


 それに、指輪ならばこそ、太ったり痩せたりでサイズが合わなくなった際には、買い直しという事もあり得るという目算も期待していた。


 ビネガーの閃きに端を発したこの一連の動きは、ここを中心にアルミラ教会全土へと広がっていく。




 ()しくも、これは既に二か月前の出来事……。


 アルスが明日、精霊師として教会へと登録に赴く事になるのであるが、この登録した際に指輪を付与されるという一件は、既に決定事項と成り果てていた。




 それゆえ、アルスにとっての運命は、より過酷な道筋に舵を取る事になる。


 アルスが水晶玉に手を触れ、マーレが精霊師として登録する必要があると言った、あの時……。


 あの時に、直ぐに登録へと赴いていれば……。この指輪の一件は、また違った結果を(もたら)していたのかもしれない……。

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