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狩人と銀色の花嫁  作者: 榊原シオン
第5章

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第132話 運命への序曲

 アルスとゼストの二人が、五矢一セットでの競い合いを行う事、既に数ゲーム。今の所、アルスの連戦全敗。それでも、父ゼストに少しでも近づこうと、アルスが幾ゲームかの五矢中の五矢目を引き絞る。


 これが今回のバトルの最後の一矢になるだろう。もう、アルスの逆転は在り得ない。数多くの矢を射った事による蓄積疲労が、アルス自身を(むしば)む。


 アルスが使用している弓は、ゼストがアルスの身体の大きさに合わせて(こしら)えたお手製の弓になる。ゼストが普段使いしている弓と比べた時、弦の長さは半分ほどといった所であろう。


 それでも、疲労により引き絞る腕は振るえ、手に浮かぶ汗により、握る指先から矢尻が滑ってしまいそうになる。ゆえに、通常よりも強く矢を掴まねばならず、アルスの身体には普段以上の負荷が掛かってしまっていた。


 それを表すように、額には大粒の汗が浮かび、水滴となって流れ落ちる。力を込めているが故、心拍数は上がり、呼吸すら荒くなりつつあった。




(ああ……。アルス様が、あんなにも汗を……。早く! 早く! アルス様の額の汗を拭って差し上げたい……)


 ベティスは、アルスの汗を拭う為にと用意したタオルを、ギュッと握り絞める。その様子を、メイドであるニッキが複雑な心境で後ろから見守っていた。


 ベティスとグロックの身の回りの世話をするべく派遣されたニッキであるが、ことアルスの世話という事になると、ベティスがその役を誰にも譲ろうとはしない。たとえ、アルスの母であるマーレに対しても、敵意剝き出しで噛みつく程であり、ニッキが入り込む余地すら無い有様。


 共に暮らすようになってのち、既に一週間程が経過するが、共に生活しているがゆえ、ベティスのアルスへの募る想いは、日を追うごとにその想いを深めていくばかりであった。




 アルスが、十メル先にある的に視線を向ける。が、汗が目に入りそうになり、(わずら)わしい……。既に両手は塞がっているがゆえ、汗を拭う事も出来ない……。


 ゆえに、アルスはあえて目を閉じる。今は、的を見据える事よりも、身体の震えを抑える事が重要だと判断し、そちらに重点を置くべく、精神統一を計る。


 そのアルスの集中力の有り様が、さざ波の如く固唾(かたず)を飲んで見守る者達に伝播していく。誰も言葉を交わさず、次のアルスの一矢に注目が集まる。


(これが、最後の一矢だ! 最後くらい、笑顔で終われる結果を残したい! だから……。だから……。お願いっ!!! 腕の震え、止まって!)


 アルスの身体は既に限界を超え、悲鳴を上げている。だが、アルス自身はその身体の悲鳴を無視し、腕の震えが収まるのをジッと待つ。


 生命の息吹を感じさせるような春のそよ風が、アルスの髪を揺らし、悲鳴を上げる身体をそっと包み込むように、火照った身体を冷やす。


 それを感じた時、一時的にアルスの腕の震えが、瞬間的に収まる。


 アルスは、ガッと目を見開くと、十メル先に設置された的を自身の近くに呼び込む。実際のところ、距離が近くなる事はないのであるが、一時的に最高まで高まった集中力により、的が近く、大きくなったような錯覚を呼び起こす。


 アルスには分かっていた。この一矢を外す事はないと。


 ゆえに、力みなく自然と矢が指を離れる。


 放たれた矢は、さも決まっていたかの如く、的の中心部に突き刺さった。




「や、やったーーーー!!! アルス様! アルス様! やりましたね!」


 矢が的に突き刺さるのを確認するや否や、一目散にベティスがアルスに駆け寄るべく、走り出す。


 最後の一矢に納得いったのであろう。そんなベティスを、会心の笑みでアルスが迎える。


「ああ……。アルス様、こんなにも汗をおかきになって……。ちょっと、おじ様! いくら何でも初回から飛ばし過ぎじゃありませんことっ!?」


 と、額に浮かぶ汗を、用意したタオルで拭いながら、怒りの矛先をゼストへと向ける。


 だが、ベティスの声にゼストが反応しない……。


 半ば呆然とするかのように、アルスが最後に放った一矢を見つめる。


 そんなゼストの背後からグロックが近寄ると、未だ呆然と立ちすくむ肩にそっと手を置くと、語り掛ける。


「まさか、このような結果を見せられるとは思いもしなわんだわい。流石、お主の息子といったところじゃのう……」


 自分に声を掛けられたという事にようやく気付いたゼストが背後を振り返ると、共に驚きを迎えた同士と言葉を交わす。


「ちょっと信じられないですね……。今回、疲労状態で如何(いか)に矢を放つという事が大変かという事をアルスに知って貰う為、予定してた以上の本数を射させた訳ですが……。最後の一矢は、アルスにとっては射るだけでも大変だったはずです。それが、終わってみれば矢はど真ん中に突き刺さっている。この予想以上の結果に、どう言葉を掛ければ良いのか……」


 マーレがアルスの精霊術師の師として苦悩した時と同様、予想以上の結果に上手く言葉が見つからないゼスト。


 マーレの時はハミルであったが、ゼストにはやはり年長者という事もあり、グロックが同様の役を担うべく答える。


「なに、難しい言葉は必要ない。只々、アルスを褒めてやれば良いんじゃよ。それが、父親の役目じゃ」


 グロックはそう言い残すと、ゼストがアルスに駆け寄る為の一歩目のきっかけを作るべく、そっとその背中を押し送り出す。


 ゼストは、一瞬背後を振り返ったものの、意を決すると、アルスに近づき声を掛ける。


「アルス、よくやった。お前は自慢の息子だ!」


 そう言うや否や、アルスの頭をゴシゴシと撫でつける。その様子は、如何にも父親らしいと言えば父親らしいが、少し無骨な振舞いとして周りの目に映る。


 アルスは、そんな父親からの(ねぎら)いに、照れくささもありながらも受け入れる。その撫でる力強さから、より一層男らしさを感じ取る。


 だが、そんなゼストの態度が気に入らないとばかりに、アルスの腕を自身の胸に抱え込むと、アルスの代わりとばかりに、ベティスが牙を向ける。


 先程までの静けさとは打って変わって、喧噪が庭から空へと消えていく。





 人数が増えた事による賑やかさに笑みを浮かべながら、マーレはグロックへと近づくと声を掛けた。


「あの、先生……。明日、アルスの精霊師としての登録をしに、教会に赴こうかと思います……」


「そうか……。いよいよじゃな……」


 その言葉を最後に、庭の喧騒に目を向ける二人。


 そして、明日。


 アルスの運命の歯車が回りだす事になるのだった……。

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