第130話 一番の強者
室内にノックの音が響く。
「失礼致します。マーレ様とアルス様が参られました。こちらにお通して宜しいでしょうか?」
声の主は、エマール家に勤めるメイドによるものだった。
その声を聞くや否や、ずっとそわそわそわそわしていたベティスが誰よりも早く反応する。
待ちきれないとばかりに、食堂を飛び出すべく、駆け出す。咄嗟に、母チェルシーが窘める。
「ベティス、待ちなさい。お行儀の悪い。アルス君も時期にここに参られます。少しの辛抱だから、ご行儀良くお待ちなさい! マーレ様とアルス君は、こちらにお通して頂戴」
と、一喝されてしまう。母チェルシーは、娘の躾には手厳しく対応してきた。この場に居るのが、祖父グロックのみであったのなら、グロックの制止の言葉になど耳を貸さず、ベティスは部屋を飛び出していた事だろう。
だが、チェルシーは違う。言うことを聞かなかった日には、後ほど反省の色が見えるまで、お尻叩きの刑が待っている。どんなに許しを乞うても許して貰えない時も度々ある為、チェルシーが居る手前、すごすごと引き下がるしかなかった……。
ベティスは未だこの場に召集された説明を受けていない。何度、大人達に問いかけた所で、全員が揃ってから説明するの一点張りではぐらかされてしまう始末であった。
故に、アルスに逢えるのはひと時の逢瀬になるのかもしれない。今度こそ、アルスと共に居られるよう上手いこと立ちまわねばならぬ! と、決意を固めていた。
そんなやりとりをしていると、再び室内にノックの音が響く。
「マーレ様とアルス様をお連れしました」
「お通ししてくれ」
ヨークの了承の言葉と共に、マーレとアルスが入室する。送り届けたメイドは一礼した後、自身は退室していった。
「アルス様!」
アルスの姿を確認するなり、駆け寄り抱きつくベティス。そんなベティスの様子にアルスも笑顔で応対する。
「ベティ、やっと逢えた。僕も逢いたかったよ」
「わたくしもです、アルス様。次はいつ逢えるのかも分からないので、今日は一杯甘えさせて下さいまし」
と、ベティスは猫なで声を上げ、アルスに甘える。
ただ、当のアルスは頭の中に疑問符が浮かぶ、その疑問はそのまま口をついて出た。
「あれ? ベティスは僕の家に来るのかもしれないんでしょ? 本当にそうなるんなら、今後は一緒に居られるじゃない」
だから心配要らないよ。と、いつもの満面の笑みで受け応えする。そのアルスの発言に衝撃を受けたベティスは、大人達が座る食卓へと振り向くと、睨みつける。
(皆さんが、隠していたのはこの事だったんですのね! 皆で寄ってたかって、こんな可愛らしいわたくしの反応を見て楽しむなんて……。ええ。ええ。そうでしょうとも。ここまでは皆さんのご想像の通りの反応でしょうよ! ただ、見てなさい! このまま思い通りに踊ってたまるもんですか!)
「お父様、どういう事なんですの!?」
ベティスからの詰問に、流石のベティスも愛しい人の前では、ただの少女なのだな。と、苦笑しながら対応する。
「まあ、兎に角、アルス君もベティスも座りなさい。話はそれからだ」
アルスとベティスは、仲が良い事を見せつけるかのように、席の近くまで手を繋ぎながら近づくと、各々対面の席に着席した。
席を挟んで、完全に家族同士で向かい合った格好になる。だが、席に着いて以降のベティスの様子が妙だった。先程の詰問の勢いそのままに事情説明を求める発言をするかと思いきや、すまし顔で座っている。
そんな予想外の態度を訝しむ大人達……。
そんなベティスの予想外の態度はあったものの、ベティスちゃんを預かりたいと発言したのは自分だからと、マーレが口火を切る事にした。
「ベティスちゃん、これは私が言い出した事なのだけれど……。今、貴女をうちでお預かり出来ないかと思ってるの。ベティスちゃんが、アルスに逢いたい気持ちを抑えられないのであれば、それが一番良いのではないかと私自身は思ってます。幸いな事に、ヨークさん、チェルシーさんも承知してくれたわ。なので、今後ベティスちゃんが望むのであれば、アルスと一緒に暮らす事が出来ます。それに、ご両親が恋しくなったらいつでも帰って構わないのでは? とも、考えているの……。かなり、ベティスちゃんにとって望み通りの展開だとは思うのだけれど、ベティスちゃん自身はどうかしら?」
と、念の為ベティスの意思を確認するマーレ。当のベティスは、深く息を吐き出すと、神妙な面持ちで口を開く。
「なるほど。そんな話の流れになってたんですのね……。おば様、一つ確認させて頂いても宜しいですか?」
「あら。何かしら?」
「今の話を纏めると、おば様がわたくしと一緒に暮らしたい。と、いう認識で合ってます?」
「??? ええ……。まあ、捉え方によっては、そう取れなくもないでしょうね」
「そうですよね。つまり、わたくしは『一緒に住みませんか?』 と、お願いされている訳ですよね?」
「えと……。そういう事になるのかしら……?」
思わぬ展開に、何が正しいのかの自信を失ってしまうマーレ。これ幸いとばかりに、ベティスはマーレが正気を取り戻すまでに、更に一歩踏み込む。
「ならば、条件があります」
「条件だと? お前、何を言い出すんだ! 恥知らずも大概にしなさい」
「あら。お父様こそ、何を喚いておられるんです? 先ほど、確認致しましたわよね? わたくしはお願いされている立場なのです。ならば、交渉のテーブルに付くのは当然の選択かと思いますが? それとも、エマール家の方針は、交渉のテーブルに付いても、相手の言い分を全て受け入れろ。という事だったかしら? わたくし、何度かお父様の交渉術を拝見させて頂いておいりますが、決してそのような感じではなかったと記憶しておりますが……。それとも、わたくしの記憶違いでしょうか?」
ベティスの意趣返しとも取れる揚げ足取りに、ぐぅの音も出なくなってしまうヨーク。
「それとこれとは話が別だ!」
と、一応反論はしたものの、父の威厳を損なったままであることは自覚していた。そして、これ以上は何も言うな。とばかりに顔を背ける。
「そ、それで……。ベティスちゃんの条件というのは何なのかしら?」
大人であるヨークを、ぐぅの音も出ないほど黙らせてしまったベティスの達者な口振りは怖いが、純粋に条件の方も気になってしまい、ついつい確認してしまうマーレ。
「別に些細な、とても些細なことですのよ。話は単純です。わたくし、アルス様と一緒に暮らすからには、寝るときは一つのベッドで共に寝させて頂きますわ。これだけは、譲れません!」
ベティスの厚顔無恥な発言に、あんぐりと口が開きっぱなしになってしまう関係者一同。唯一、当のベティスのみがしてやったりと、したり顔を浮かべる。
「そ、それは駄目よ! 駄目駄目! 絶対に駄目!」
「あら。おば様、何を恐れておられるんです? それに、わたくしとアルス様の年齢であれば、兄妹なら共に寝るなんてのはざらであるとよく聞きます。これから共に暮らすんですもの。わたくしは、アルス様と世の兄妹以上に仲良くなりたいと思ってるだけですのに、何がいけないんです!?」
「だから、その考えが駄目なのよ!」
と、いつぞやの朝のやりとりのように、再びバトルが始まってしまう二人。
「あら……。でも、おば様」
「な、な、な、何かしら?」
「まあ、それも今更の話かもしれませんわよ? だって、わたくしとアルス様は、精霊界では毎日一緒に寝起きしていた仲ですもの……。その時は許されて、今回は駄目だと言われても……。ねぇ?」
と、妖艶な表情を作って見せるベティス。
思い返せば、出逢った当初は毎日のようにマーレに邪魔をされ、精霊界に行ってみたらみたで、今度は精霊であるドライアドに奪われ、精霊女王であるアルミラさえもが対抗意識を燃やす。
(どこかに、わたくしとアルス様の安寧の地はないものかと、ずっと考えてきたのです。こればかりは譲れない! もう少しで、もう少しで、わたくしの野望が実を結ぶんですわ! なので、誰であろうと蹴散らします!)
と、毎度の事ながら、アルス絡みの事となると鼻息が荒くなってしまうベティス。
こうなると、もう誰も止められない……。正しく、ベティスの思い描いた通りに事が運ぶのを見守るしかない……。
皆が、そう思ったその時!
「ベティ、その言い方は、僕は好きじゃないな」
「ア、ア、ア、アル、アル、アルス様!?」
(どうして、このタイミングでアルス様が!?)
「別に僕もベティと一緒に眠るのが嫌なわけじゃないよ。だって、二人で寝た方が寂しくないのは事実だしね。ただ、今のベティのやり方は汚い。卑怯だ。人の優しさを盾にするだなんて……。そんな事なら、僕が断る!」
「そ、そ、そんな……。アルス様! 許して下さい。この通りですから!」
ベティスは、言うな否や椅子に座っている場所からずれ、何度も何度もアルスに向け土下座をする。
「ならば、僕から条件がある!」
「!!!」
「ベティと一緒に寝るのは構わない。ただ、一緒に暮らす以上、今後は父さん、母さんのいう事をよく聞く事! そして、毎日僕を起こして、僕の朝食を用意するのは、ベティ、君の役目だ! どう? 分かった?」
「はい! 分かりました! 喜んで」
惚れた弱みと言うべきか、ああいう状態になったベティスを止められる存在はアルスだけだと再確認した一同。中でも、ヨークとチェルシーにとっては、未だ信じられない思いで、アルスを見つめていた。
「なあ? チェルシー」
「どうしたんです? あなた」
「なあ、俺とアルス君で何がそこまで違うんだ?」
「そうですねぇ……。顔の作りは間違いなく周回遅れでしょうねぇ……」
そう言って、皆を和ませるのだった。
第4章 完




