第128話 会合
「それで、私共を呼んだ理由を教えて頂けますか?」
グロックの私室に、ベティスの両親であるヨークとチェルシーの二人も合流する。ただ、話す内容が内容なだけに、メイドの方々には退室して頂いている。
部屋の中にアルスの事を知り得ている面子のみになった所で、ゼストがヨークとチェルシーに対し説明を始める。
「実は、近々息子を精霊師として、教会に登録に行こうかと考えてます。ただ、ご承知の事かと思いますが、息子は六属性を扱える人間です。そのまま素直に登録するのはいかがなものかと……。ただ、グロックさんからも言われましたが、息子は将来的には貴族になるべく、そこを目指す事になるのでしょう。後から、実は六属性使えるんですと宣伝して回った所で、印象が悪くなる事も事実。では、六属性使える精霊師として登録した場合、息子に取り入ろうと人が群れる事も予想されます。そうなってくると、都合が悪いのは、エマール家の皆さんではないかと思うんですが、いかかですか?」
「むう」
(先日、ベティス自身にも伝えたように、アルス君とベティスの関係は、将来的な繋がりに過ぎん。聞けば、二人の間に子供を設ける事は、精霊女王からも止められているという……。まあ、確かに産まれてくる子供が必ず吸血鬼となるというのであれば、その子にも気を使わなせればならなくなる。そうなってくると、アルス君との婚姻を果たした事で栄華を極めようと、一瞬で転落する危険性を孕む。そうなると、やはり二人の間に子供を設ける事は得策ではない……。と、なるとベティスはやはり正妻という立場にはなれないだろう。やはり、当家としては、アルス君には貴族になって貰わねば道はない)
「やはり、エマール家としては、アルス君には六属性が扱える精霊師だとして、登録して貰いたい」
悩んだ末、ヨークが導き出した結論だった。
「やはりそうなりますか……」
ゼストとマーレの二人は互いに顔を見合わせる。
「少し考えさせて頂いても良いですか?」
「まあ、そうじゃな。どちらにするにしても何かしらの危険を伴うじゃろうて……。それに、うちのベティスは一属性のみで登録しておるが、現状は三属性扱えるようになった。じゃが、今更再登録は出来ん。理由も説明出来んしな」
グロックはそういうと項垂れる。アルスの事で相談に来た事で、ベティスの現状を思い出してしまったようだ。
「ベティスちゃんは、未だに部屋に閉じ込めたままなんですか?」
マーレの質問に、チェルシーが答える。
「マーレさん、ごめんなさい。その事については答えられないの……」
「……そうですか」
その場に沈黙が訪れる。誰も目を合わせようとしない。
不意に、マーレが声を荒らげる。
「あ、あの! こちらで、ベティスちゃんを預かる事は出来ませんか!?」
「なに?」
マーレの発言に、ヨークの視線が鋭さを増す。
「マーレ、やめろ!」
ゼストが制止の言葉を告げるものの、マーレは止まらない。
「答えられないという以上、部屋に軟禁されているのは事実なのでしょう? 理由は想像が付きます。きっと、ベティスちゃんはアルスと離れたくなかったんだわ! 違いますか? ベティスちゃんを見ていたから分かります。ならば、うちでベティスちゃんを預かれば…」
「マーレ!」
「……失礼しました」
再びのゼストの制止に、悔しそうに唇を噛み、それ以上は言えなくなるマーレ。
再び、この場に沈黙が訪れる。
「確かにいつまでも秘密にしておく訳にもいかないのかもしれませんな」
マーレの発言を受け、ヨークが重い口を開く。
「でも、あなた。良いんですか?」
「ああ、ベティスが吸血姫となってしまった以上、娘の嫁ぎ先として、アルス君の所以外は在り得ないというのは、周知の事実だろう。行幸な事に、アルス君自身が類まれな才能を秘めた少年だと聞く。もし、仮にベティスとアルス君が出会っておらぬ状態で、アルス君の才能が世に知れ渡っていたとしたら、当家はどうした? 当然、アルス君を身内に引き込もうと動いたはずだ。ならば、今のこの状況を大事にせねばなるまい?」
「それは確かにそうなんですけど……」
チェルシーは、ヨークの言葉に肯定の意を告げるものの、納得いかない点もあるのか、自身の腕を抱え、目を伏せ視線を彷徨わせる。やはり、母親としては、ベティスは被害者なんだという気持ちが強いのかもしれない。
「ゼストさん、マーレさん、確かにベティスは今も尚、部屋から出れぬように軟禁してます。ただ、それはベティスの事を思っての親心なんだというのはご理解頂きたい。ただ……」
「ただ?」
ヨークはそこまで説明しておきながら言い淀む。そこには、伯爵家として生きて来たプライドがあるのだという事は、この場に居る誰しもが理解していた。ゆえに、ヨークの次の言葉を催促したりせず、静かに時が流れる。
「ただ……、今となってはこちらが折れるしかないのかもしれぬ。と、私も妻も薄々は感じているんです。部屋に閉じ込めるようになってから、碌に食事に口を付けてくれない有様でして……。あれが、アルス君を慕う気持ちが深い事は理解しているつもりでしたが、まさかここまでとは……。ただ、先ほどもお伝えしたように、私どもも決してあの子が憎くてやっているのではないのです。出来る事なら、家族全員笑顔で食事を迎えたいとも……。だが、問題は他にもあります。当家にはベティスの上に、三つ毎年の離れた姉が二人居ますが、あの子達に今までと同様にベティスに接しろと言うのは酷な事かもしれません。なので、先ほどマーレさんが口にしてくれたからこそ、その言葉に便乗させて頂く訳ですが……」
ヨークはそこまで言うと、自身の隣に居る妻に視線を向ける。チェルシーも俯き加減ながらも視線を感じたのだろう。ヨークが言おうとする言葉を察して小さく、そして力なく頷く。
「ゼストさん、マーレさん、あの子を……。ベティスを、お宅で一緒に住まわせてあげて貰えませんか? どうか! どうか! お願いします」
ヨークはそう言うと、素早く、そして深々と頭を下げる。チェルシーは、夫とは対照的にゆっくりと、やはり力なく頭を下げる。
「あの子の両親である息子夫婦がこう言っておるんじゃ。わしからもお願いする。ゼストさん、マーレさん、ぜひあの子をお宅で預かって頂けないじゃろうか」
突然の展開に、面食らってしまうゼストとマーレ。それもそのはず。今日の二人は、アルスの精霊師としての登録をどうしたら良いのかと相談しに来ただけなのだ。それが、今やベティスを預かって欲しいという流れになっていた。とんだ青天の霹靂である。ただ、いつまでも頭を下げさせている訳にもいかないと、ゼストが口を開く。
「皆さん、頭を上げて下さい。皆さんの気持ちは分かりました。前向き気に検討させて頂きます。ただ、ここで結論を出す訳にはいかぬでしょう。なんせ、ここにはベティスちゃんも、アルスも居ないのですから……。なので、まずはベティスちゃんの気持ちを確認させて貰えませんか?」
ゼストの言葉に、頭を下げていた面々が、確かに。と、大きく頷くと、再度部屋に備え付けてある真鍮のベルで、退室したメイドを呼び寄せる。
暫く待った所で、ノックの音と共に、再びメイド長のニッキが呼びかけに応じ、参上する。
「失礼致します。旦那様、奥様、大旦那様、お呼びでしょうか」
「ああ、ニッキよ。度々で申し訳ないが、ここにベティスを連れて来て貰えるか。ベティスの部屋には、お目付け役としてエリンが同席しているはずだな?」
「はい。旦那さま、ベティスお嬢様の部屋には、傍仕えとしてエリンが同席しております」
「うむ。結構。だが、今回呼んできて貰うのはベティスだけで構わん。エリンはそのまま、ベティスの部屋で待機しているよう伝えてくれ。ベティスがこの部屋に到着した後、また身内のみの話となる。ベティスをこちらに連れてきてくれた後は、ニッキは退室していて貰えるか」
「承知致しました、旦那様。では、私はこれで失礼させて頂き、ベティスお嬢様をこちらまでお連れして参ります。では、失礼致します」
ニッキは一同に向けてゆっくりと頭を下げると、静かに退室していく。
「ベティスが素直にこちらに出向いてくれれば良いんだが……」
ニッキが退室したのを見計らって、ヨークが聞きようによっては、愚痴とも取れる言葉を口にする。言葉の端々からもベティスの現状を匂わせる口ぶりに、如何に手を焼いているのかという事を感じ取るゼストとマーレ。
「あの、すみません! ちょっと良いですか?」
「マーレさん、どうなさったんでしょう?」
「実は、ベティスちゃんがお部屋に軟禁されている可能性があるという事で、先日の事もあって、アルスを連れて来れて来なかったんです。先日みたいに、失礼な態度をとってしまう可能性が高かったので……。ただ、ベティスちゃんをうちでお預かりするって事になってくると話は変わってきます。元々、今日こちらに赴いたのは、アルスの精霊師の登録の相談をさせて貰うのが目的でしたから。ですので、ベティスちゃんをこちらの部屋に呼んで頂けるという事であれば、一度家に戻ってアルスも連れて来ようかと思うんですが、いかがでしょうか?」
「おお! それも確かにそうですな」
「うん。父さんの言う通りだね。ならば、当家から使いを出しましょう」
グロックの言葉に、ヨークが賛同の意を唱える。だが、息子をここに連れてこなかったのは、ゼストとマーレ、二人の判断によるものだ。なので、丁重にお断りの言葉を告げ、マーレはアルスの迎えに赴く事にしたのだった。




