第127話 悩みの種
家具を一通り揃え終わったある日の夜。既に深夜であるが故、アルスは就寝の途に就いているなか、晩飯を食べた食卓で、マーレとゼストの二人が顔を突き合わせていた。
「あなた。以前、伝えたアルスの精霊師としての登録をしに、近々教会へと行って来ようかと思います」
「ああ、そういえば、確かに前にそんな事が必要だと言っていたな。登録には何か必要な物があるのか?」
「登録には金銭が必要になるはずです。ただ……」
「ん? ただ、なんだ?」
ゼストはマーレが口を噤んでしまった事を訝しむ。とはいえ、ゼスト自身は魔法が使えないゆえ、精霊師としての登録のやり取りの方法など知らないのも事実。それゆえ、マーレが言い淀んでしまった理由にも見当が付かないでいた。
「登録にはお金が必要になる事は事実です。ただ、二属性魔法を使えるとなると、登録料が増えるんです。三属性となると更に……。しかも、アルスは六属性……。一体いくらの登録料が必要になるのか、定かではありません……」
「むぅ。そうなのか……。それは、確かに問題だな……」
そう言ったっきり、マーレもゼストも押し黙る。王都に越して来たのを契機に、住まいとして、元準男爵が住まう邸宅を買い取ったばかりである。その上、必要に迫られ、家具一式も新調したばかり。
王都に越して以降、これまで僻地で暮らしていた時とは全く別の生活を送る事になる。
僻地では、ゼスト一家は、ゼストの狩人としての腕のみで生活していた。必要最低限の野菜等は家庭菜園として、マーレが育て、狩りで確保した余剰分を麓の村で売る。時には、手に入れた金銭で魚や野菜を買う。とはいえ、支出よりも収入の方が多く、順風満帆な生活を送れていた。それもこれも、単に狩人としてのゼストの腕があるからである。
だが、王都に越して来た今となっては、もう狩人として生計を立てる事は叶わない。今後必要な食材は全て市場で買い揃える生活へと様変わりするのである。
そして、ゼスト自身は今後の職として、グロックから紹介された弓兵として王国に使える兵士となる。如何にゼストの弓の実力があるとはいえ、新米弓兵からのスタートとなるであろう。国に使える兵士の賃金がどれ位なのかは定かではないが、蓄えは多いに越した事はないというのは事実なのである。
ただ、マーレの悩みの大多数を占めているのは、実はその事ではない。
アルスが、六属性を扱える人間であるという事が、世間に明るみに出る。その事が、一番の悩みの種であった。
魔法の始祖であるアルミラ様が世に魔法という概念を持ち込んでから、およそ千年。始祖アルミラ様以外で、六属性を扱う事が出来る人間。それがアルスであった。
ゆえに、アルスを六属性が扱える人間として登録すれば、否応なしに世間の注目を浴びる事になる。
これから進学する初等部では、数多くの同級生が出来る事になるであろう。だが、そこに六属性が使えるアルスが入学する。周りの数多くの同級生はアルスの才能に臆してしまい声を掛けないかもしれない。そうなると、初等部で過ごすアルスの六年は辛い時間になるのかもしれない。
それだけならまだいい。アルスの才能に目を付け、悪事を働こうとする輩が出てくる可能性も高まる。そうなると、危険に晒されるのはアルスの命だ。それだけは親として看過する事は出来ない。
そういった事が予想出来てしまうからこそ、マーレの頭を悩ます原因となっていた。
「マーレ、もし教会に精霊師としての登録をしなかった場合はどうなるんだ?」
「生活を送る分には何も問題はありません。ただ、登録前に精霊師である事が教会に見つかった場合、登録よりも更に高額な金額を要求されるはずです」
「ああ、そうか。そういえば、そうだったな……」
マーレが告げた内容は、以前にも聞いた話であると、ゼストも思い出す。
「この際、登録に掛かる金額は必要なものだろう。そこは割り切るしかない。あとはアルスを六属性が使える精霊師として登録するかどうかなんだろうが、それは教会も確認する事だろう? 登録料が違ってくるとなれば、二属性使える人間があえて一属性として登録しようとする者も出てくるんじゃないか? 俺ですら、その考えに至る位だ。教会がその点を見逃す筈がない。登録時には、偽の申告が無いよう、水晶玉を用いての確認があるんじゃないのか?」
「ええ……。実はそうなんです」
「やはり、そうか……」
「ただ、このままアルスを六属性が使える精霊師として登録するのは、アルスにとって利点があるとは思えません。アルスはまだ子供です。六属性使えるという事が世間に明るみに出るのだとしても、そのタイミングは可能な限りアルス自身が分別がつく大人になってからにしてあげたいと思ってしまうんです」
「なら、どうするんだ? アルスの精霊師としての登録を見送るのか? ただ、精霊師として登録しなかった事が世間に明るみに出た場合、後ろ指を指されるのはアルス自身だろう。その方が、俺としてはアルスにとって良いものだとは思えないんだがな」
「それも確かにそうですね……」
登録するしないに関わらず、デメリットが付きまとう。アルスに才能が有りすぎるが故の悩みではあるが、どうするかを決めかねてしまう。
「マーレ、明日グロックさんを訪ねてみないか? 俺たちだけでは良い案が浮かばないだろう」
「そうですね。そうしましょうか。グロック先生がお時間取れると良いのですけれど……」
こうして、アルスの精霊師の登録について再びエマール家を訪れる事を決める二人。ただ、前回ベティスが監禁されているという話が出たばかりである。
あれから数日が経過したものの、その後の経過は分からずじまい。ゆえに二人だけで訪れようと決めた。
翌日。
ゼスト、マーレを引き連れたメイド長であるニッキが、グロックの私室の扉をノックする。
「大旦那様。ゼスト様と、マーレ様がお見えになってますが、お通ししても宜しいでしょうか?」
「何? ゼストさんとマーレさんが? わしの方は構わん。お通ししろ」
扉越しのくぐもった返信が得られた事で、ゼストとマーレの二人を招き入れる。
「おお。ゼストさん、マーレさん、久しぶりですな。もう生活の方は落ち着かれましたかな?」
グロックは二人を腰かけられるソファーに誘いながら声を掛ける。
「ニッキさんのご助力もありまして、一通りの家具を揃える事が出来ました。ニッキさんも、ありがとうございました」
こちらを訪問した際に一度ニッキにはお礼の言葉を伝えてはいるが、再度ニッキへと礼の言葉を口にするゼスト。ニッキはその言葉に丁寧にお辞儀を返す事に留める。
「それならば良かった。それで今日はどういった用向きで?」
「実は、その事なんですが、グロックさんに内密なご相談があるんです。今お時間は取れますでしょうか?」
「むう。内密なご相談ですかな……。分かりましたわい。ニッキよ、この場は良い。何か別の仕事へと参じて貰えるじゃろうか? 用事がある時は、ベルで呼び出す故、その時は宜しく頼む」
「大旦那様、承知致しました。では、私はこれにて失礼させて頂きます」
そう告げると、ニッキは静かに退室していく。ニッキが完全に退室した事を見て取ると、グロックが口を開く。
「それで、いかがしたんじゃろうか? 改まって、内密な相談とは……」
「実は……」
昨日、夫婦で話し合ったアルスの精霊師の登録の件を口にするゼスト。補足する形でマーレが今考え得る問題点を追加で伝える。
「むう。なるほど。その事じゃったか……。確かにアルスがそのまま六属性が扱える精霊師として登録するのは問題がありそうじゃのう」
グロックも、どうしたものかと、自身の顎を摩りながら思い悩む。確かにマーレが憶測する悩みは理解出来る。ただ、アルスとベティスで考えてみた場合、二人は将来婚姻を結ぶ間柄になるはずである。その為には、アルスに貴族になって貰う事が条件となっている為、王宮にアルスの実力を知らしめる必要がある。その点で考えると、何らかの方法でアルスを一属性が扱える精霊師として登録した場合、都合が悪すぎる。
吸血姫となってしまったベティスの相手として、アルス以外の選択肢は在り得ない。
これは、ゼスト一家だけの問題だけでなく、エマール家としての問題にもなり得ると判断したグロックは、二人に提案を持ち掛ける。
「こう言っては失礼じゃが、アルスにはゆくゆくは貴族として成り上がって貰わねばならん。それが、お二人と交わした約束でもありますからな。そうなってくると、これはエマール家としての問題にもなり得る話じゃ。内密ということじゃったが、この話し合いの場に、息子夫婦が同席しても構わんじゃろうか?」
「それは確かにそうですね。はい。私共の方は、お二人のご都合が付くのであれば構いません」
「承知した。では、少しお待ち頂けますかな?」
グロックはそう言うと、部屋に設置された真鍮のベルを鳴らす。
暫く待った所で、ノックの音と共にニッキが再び訪れる。
「大旦那様、お呼びでしょうか」
「ニッキよ、度々で申し訳ないが、この場にヨークとチェルシーさんを呼んで貰えるじゃろうか。内容としては、ベティスの婚姻に関わる案件だと伝えて貰えばよい」
「承知致しました。旦那様と奥様にお伝えし、こちらにお連れ致します。少々お待ち下さいませ」
ニッキは退室すると、グロックからの要件を携え、ヨークとチェルシーの二人を迎えに行くのであった。




