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狩人と銀色の花嫁  作者: 榊原シオン
第4章

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第125話 軋轢

 シュヴァイゲン王都内の教会。アルミラ神が入ってきやすいようにと入り口の間口は広く、見上げるほどの高さを設けてある扉を抜けると、まず正面に祈りを捧げるポーズを(かたど)ったアルミラ様の石像が目に飛び込む。


 高い天井の室内に合わせたように、アルミラ神像の存在感も顕著(けんちょ)であるが、神像は大きいながらも細部まで趣向が凝らされていた。ゆえに、初めてここを訪れる者は、その神々しさに思わず足を止め、目を奪われる。


 来訪者も二回、三回と参拝する毎に、気付くものが現れるようになる。この石像はアルミラ様の剥製でもなんでもない。これは、人が作成した物なのだと……。


 このシュヴァイゲン王国内にもいくつもの教会が存在する。ゆえに、各教会内には、おのずとアルミラ様の石像があることは明白である。それゆえ、各教会内の石像も人が作った物に他ならない。理屈では分かっている。当然と言えば当然だ。


 だが、飛び込む石像の神々しさに目を奪われる。これは、アルミラ様自身ではない。分かっている。これ程の大きさの人間が存在する筈がない。分かっている。これは、人が作りたもうた物である。分かっている。


 だが、人々が祈りを捧げるべき対象として相応しい。


 室内には、訪れた者を歓迎するが如く、石像まで至る道程、その左右にいくつもの木製のベンチが設置されている。


 建立されてから既に数百年と経過した教会だ。その木製のベンチに座る為、数多くの人が触れたであろう背もたれは、設置当初に塗ったであろうニスは剥がれ落ち、その意味をなくし、角張った作りも、人々が摩る事で若干丸みを帯び、赤茶色だったであろう色は黒ずんでいる。


 だが、そこに(おもむき)がある。


 数百年たったからこそ、その味を(かも)し出すアンティークさが、ここに来てようやく石像の神々しさにマッチしていた。


 大勢の人が訪れる事を想定されているのであろう床は、足を運ぶ毎にコツコツと固い音を奏でる。それは、床に当たる木材の厚みを物語っていた。


 だが、室内には誰もいない。


 誰かの息遣いも、踏み鳴らす音も、祈りを捧げる際に生じる衣擦(きぬず)れも何も聞こえない。


 正午を過ぎ、若干傾き始めた陽光が、ステンドグラス越しに差し込む。


 だが、その光も空気中に漂う(ちり)や埃を(きら)めかせるのみ。


 月に一度開催しているミサでは、老若男女問わず数多くの人で溢れ、祈りを捧げる。司教としてその役目を担っている枢機卿の言葉に耳を傾け、最後に歌が響く。その歌声は、開け放たれた入り口の扉を抜け、王都の空へと消えていく。


 だが、悲しいかな。王都に限らず、人々が数多く訪れるのはミサの時だけ。それ以外の数多くの日々に教会に足を運ぶのは数人のみ。


 ゆえに、この後時間が経過すれば、ステンドグラスから差し込む光は角度を変え、その光を木製のベンチまで届かせる事になるが、そこに照らし出す人が現れるかどうか……。それが、教会と王国民との関係を物語っていた。




 教会を外から眺めると、意外にもその奥行きの長さに驚く事があるかもしれない。それもその筈。教会の奥には、関係者が寝泊まりする寝室、業務を行う部屋が設けられているからである。


 ゆえに、正面の壮大な扉を挟んだ反対側には、関係者用の出入り口が設けられている。だが、そちらに用がない人々にとっては、その存在すら知らない人が多いというのが事実なのであった。


 その関係者用の出入り口を抜け、奥ばった場所にある一室。


 部屋の広さは、在籍する人物の地位を証明するが如く広い。


 部屋の四方には、本棚が設置され、その中には教会運営に関する書籍などがギッシリと詰め込まれている。


 そして、中央には商談用に用いるのであろうか、テーブルが置かれ、その両面にソファーが鎮座する。


 更にその奥、執務用の机にこの部屋の主が、机に両肘を乗せ、両手を握る。その上に顎を乗せる形で、とある報告を今か今かと心待ちにしていた。


 部屋の入口からは、執務用の机が邪魔して確認出来ないが、片足の(かかと)は、知らず知らずのうちに上下を繰り返す。その動作は、心情を物語るが如く、貧乏ゆすりとして、苛立ちを露わにしていた。





 この部屋に配属されたのは、今からおよそ一年半前になる。


 初めての枢機卿という事もあり、やる気に満ち溢れていた当人であったが、今に至るまで主立った結果を残せずにいる。


 初めて訪れる赴任先。関係者は知らない者ばかり……。


 それでも、少しでも自分を枢機卿へと任命してくれた本部の者たちの想いに報いようと、数多くの新たな試みを打ち立てるものの、その事如くが身を結ばない。


 齢四十八となったビネガーの周りには味方がおらず、向けられる視線の奥底にある心情は、妬みとなり、(かせ)となる。


 いつか枢機卿へと昇りつめた時の為にと温めていた施策が、(ことごと)く失敗に終わる。


 結果が伴わない度に、その怒りを表すように、執務机を打ち付ける日々……。





 今まで教会が行ってきた施策の悪評が広まり、離れてしまった都民の心。


 一刻も早く枢機卿へと登り詰める為に手段を択ばなかったビネガーのやり方が、目標にしていた枢機卿へと昇りつけた今、足枷となり、自身を(むしば)む。


 違うのだ! 違うのだ! 我は、枢機卿へと登り詰めた今、我は、今までの我ではない!


 そう声高に訴え続けたものの、その声に耳を傾ける者が居るかどうか……。


 このままでは、今までの枢機卿どもと何も変わらないではないか!


 俺は違う! 俺は違う! 俺は、出来る男だ!


 未だ情熱を(くすぶ)り続けるビネガーは、自身が打ち出した施策の報告を、今か今かと貧乏ゆすりをしながら待つのであった……。

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