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狩人と銀色の花嫁  作者: 榊原シオン
第4章

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第124話 二人の距離

(まさかこんな事になるなんて……)


 ニッキは食堂へと集められた面々を改めて見回す。自分の何気ない好奇心から思いもよらぬ展開へと発展してしまった。本来なら今頃は市街地で、ゼスト一家が今後暮らしていく為の家具を見繕っていたはずなのだ。それが、今や関係者一同が食堂へと集められる結果となっていた。


 今回、アルスの両親と、ベティスの両親は初対面である為、ニッキが関係者の紹介を済ませている。


 エマール家からは、ベティスの両親であるヨークとチェルシー、そしてグロック。テーブルを挟んだ対面に、ゼスト、マーレ、アルスの三人。


 主要な人物が食堂に集まっているということもあり、この場には数多くのメイドも壁際に控えているのだが、漂う空気は重苦しいものになっていた。というのも、この場にベティスが居ないということもあるのであろう。アルスが自身が抱える怒りを隠そうともしない為であった。






「それでアルス君。事情を説明して貰ってもいいかな? 君はどうして、当家へと乗り込んで来たんだね」


 ヨークが発した言葉は口調こそ柔らかい物になっているが、瞳の奥に鋭さを(にじ)ませる。


 アルスが乗り込んで来たのは、ベティス以外の理由などありはしないだろうという事はヨークも分かってはいた。ただ、今現在のベティスは自室に軟禁している状態である。よもやニッキが口を滑らせたなどという事は考えにくい。そう思わせて貰える程、メイド長であるニッキへの信頼は厚いし、そう思わざるを得ないほどの時間を共に過ごしてきたのだ。


 ヨークの持論として、十中八九アルスには、ベティスの今の状況を知られてしまっていると察している。ただ、その発信源がニッキだとは思えない。つまり、これにはアルスが知り得た何かしらのカラクリがあるのでは? と、睨んでいた。ヨークがニッキに対する信頼の厚さが元となった考え方ではあるが、既にかなり真相に踏み込んでいる形となる。ただ、いくら考えを巡らせてみた所で、カラクリが分からないでいた。


「ヨークさん、ベティは今、どこかで泣いてますよね? どうして、ベティは泣いてるんですか!」


(やはりか……)


「アルス君。君がどうしてそう思ったのかという理由を聞いても良いかな?」


 アルスがベティスの現状を知り得た理由を告げるとしたら、幼精の事を抜きにして説明する事は出来ない。ただ、以前の話し合いでアルスが幼精の声が聴こえるというのは秘密にするべきという事になっている。それ故に両親へと視線を向けてみる。


 ヨークの発言を受け、ゼスト、マーレ共に次のアルスの回答に注目していた。不意にアルスと視線が絡むが、アルスがこちらへと視線を向けた意味を理解出来ずにいる。それは単に二人ともが伯爵家へと招待を受けず乗りこんでしまったという現状に臆してしまい、明瞭さを欠き、アルスの視線の意図に気付かない。


 暫く両親へと視線を向けていたアルスではあるが、援護射撃が期待出来ないと悟ると意を決して口を開く。


「……ごめんなさい。理由は説明出来ないんです。でも、僕はベティが一人泣いていると思ってます。それを確認する為にも、ベティの所に案内して貰いたいです」


「すまない。アルス君、それは出来ない。これは身内の問題だ。もし仮に君が言うように愛娘のベティスが泣いているのが事実だとしても、それに答える事は出来ない。特に、君がこちらの現状を知り得た理由を説明出来ないというのであれば尚更であるな」


「それは……」


 アルスは、それ以上の発言に窮し、口を(つぐ)んでしまう。


「言えぬという事であれば、こちらも家庭内の事ゆえ伝える事は出来ぬ。ご足労頂き恐縮ではあるが、お引き取り願おうか」


 ヨークはそう発言すると立ち上がり、自身の右手を食堂唯一の出入り口へと差し向ける。


「アルス、ヨークさんもこうおっしゃっている訳だし、今日の所は帰りましょう。ね、そうしましょう?」


 居心地の悪さも相まって、マーレがアルスを促すものの、アルスはその場を動こうとしない。仕方ないとばかりに、この場を収めて貰いたいと、夫であるゼストへと視線を向ける。


「アルス、仮にお前が言う事が事実でベティスちゃんが泣いているのだとしても、ヨークさんが言うようにこれは家庭内の問題だ。それをとやかく外野が騒ぎ立てる事は出来ない。こんな事を言えばエマール家の方々に申し訳ないが、ベティスちゃんが虐待でも受けているのであれば、強引にでも助け出す必要性があるのかもしれんが、そんな事実も確認出来ていない。つまり、現状では家庭内の躾の範疇だ。ヨークさん、チェルシーさん、グロックさん。それと、メイドとして控えている方々。うちの愚息がお騒がせして申し訳ありません。こんな形での対面になってしまって心苦しい限りではありますが、今日の所は失礼させて頂きます」


 ゼストはそう発言すると、アルスの隣へと回り込み、自身が頭を下げるだけでなく、アルスの頭を押さえつけ、強引に頭を下げさせる。


「ご理解頂けて何よりです。うちの末娘がアルス君の許嫁となった訳ですので、本来であれば親交を深める為にも、このまま歓談といきたい所ではありますが、今日はそうもいかぬでしょう。祝いの場は、後日改めて設けるのが得策かと思いますが……。いかがかな?」


 ヨークはそう発言すると、この場に居る全員の顔を見回す。


「そうして頂けると、こちらも有難い限りです」


「承知した。確か今は、今後こちらに住む為に家具一式を見繕っている最中でしたかな? それであれば、引き続き当家のニッキをお貸ししよう。では、ニッキよ。お客様を案内して差し上げろ」


「承知いたしました、旦那様」


「では、マーレ、アルス、帰るぞ」


 ゼストはそう発言すると、アルスの手を取り、出口へと歩き出す。


「父さん! 待って! 待って!」


 この場に留まろうとアルスが訴えるものの、ゼストはアルスの発言を無視し、ズンズンと歩を進める。


 ゼストに腕を引かれ、半ば引きずられるようにしながらも、この場に残る未練を断ち切れない事を表すように、何度も何度も振り返るアルス。


 だが、その思いにゼストが応えるはずもなく、強引に退室させられてしまう。



「皆さま、すみません。お騒がせ致しました」


 最後に出入り口を通るマーレが、室内に残る面々に対し頭を下げる。それに伴い、室内の空気が弛緩(しかん)する。







 何度も何度も自室の出入口の扉を叩き、疲れ果てたベティスは自身の未練を表すように、正門が見据えられる出窓へと腰かけていた。


(どうして……。どうして、こんな事に……)


 既に涙は枯れ果て、虚ろな瞳で外へと視線を向ける。すると、ベティスの瞳が、広い前庭を通り抜けていく四人の後姿を捕らえる。


(あの後ろ姿は……)


「アルス様! アルス様! わたくしはここです! わたくしはここに居ます!」


 ベティスは自身の声を届かせようと、出窓を開けようと努めるが、軟禁するにあたり、空を飛べるベティスが窓から逃げられるぬようにと、ヨークの指示の下、出窓は開ける事が出来ぬよう対策がなされていた。


「どうしてっ!? どうして、この窓は開かないのです! アルス様! アルス様ー!」


 散々出入り口の戸を叩き、既にジンジンと痛みを訴える自身の小さな手の声を無視して、アルスに気付いて貰おうと、声を張り上げ、何度も何度も窓に手を打ち付けるベティス。


「アルスさまぁ~~! アルスさまぁ~~!」


 ガチャリ。


「お嬢様。失礼致します」


 扉の外に控えていた、ベティスの専属メイドを担う事になったエリンが、室内の異常を察し、鍵を開けて入室する。すると、出窓を叩き続けるベティスの姿を目撃し、慌てて駆け寄ると、後ろから小さな身体を羽交い絞めにする。


「お嬢様、なりません! 大人しくなさって下さい!」


「エリン、離して! 離しなさい! そして、わたくしをここから出しなさい!」


「いいえ。それは出来ません。旦那様からきつく言い含められております。お嬢様、申し訳ありませんが、大人しくなさって下さい」


 そんなやりとりの間にも、どんどん小さくなっていく四人の後ろ姿。


 後ろから羽交い絞めにされ、既に窓を叩く事も叶わぬが、それでもベティスは気付いて貰おうと、声を張り上げる。


「アルスさまぁ~~! アルスさまぁ~~!」






 しかし、終始一行はベティスの声に気付く事もなく、エマール家を後にしてしまう……。


「そ、そんな……」


 希望が(つい)えたベティスは、腰砕けの如くその場に座り込んでしまったのだった。






 こうしてエマール家を後にしたゼスト一家は、その後ニッキの手助けもあり、必要最低限の家具一式を新調する。


 ヨークが提案したように、後日改めてアルスとベティスの婚約の祝いの場が設けられたのだが、その場には当事者であるアルス、ベティスの姿はなかったのであった……。

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