第十七話「安穏」
午前七時半ぐらいだろうか、軍議が終わり自分の部隊に戻った俺はノベルとローランド、ロセアンたちを呼び出した。
「ノベルさんには第三大隊の方へ目付け役として言ってもらいます。そして、ローランドお前もだ。一応あちらでは副班長ということだから。それでは二人とも、心して職務に励んでくれ!」
「「はい!!」」
「いいじゃねーか。大出世だぞローランド! あと、ノベル副隊長に無礼のないようにな!」
「分かってますよ、もちろん!」
「副隊長殿、何卒このバカをよろしくお願いします」
「分かってますとも、ロセアン班長。こちらこそよろしくな、坊主」
第三大隊の詰所に向かう二人を見つめながら俺は思う。今度こそは、ヨハンソンも変なことをしないだろう、と。
「よし、今日も特に異常なしか……」
将軍とフリーデンの部隊がヴェルメッタを発ってから二日、今のところ敵が攻めて来たりだとか、住民の反乱があったりだとかってトラブルは起きていない。それとヨハンソンに関しても特に何か起こしたってこともない。
なので、超が付く程度の暇になってしまっている。仕事と言えば、見張りの兵士のところへ行って声をかける、訓練をしている兵士の様子を見に行く、ぐらいしかない。マジで食ってちょっと散歩して昼寝してみたいな軍人にあるまじき(?)怠惰な生活をしている。
「おい、ダグラス。暇なのかお前?」
机をはさんで向かい側に居るセイコラから声がかかる。こいつもかなり暇そうで、うたた寝していて、丁度今、目が覚めたようだ。
「そうですね。今のところトラブルとかもないですし」
「そんなお前にいい仕事がある。新兵の募集準備だ」
後ろに丸めてある、模造紙ぐらいのサイズの紙を指差す。
「兵士の募集だ。これからすぐに戦力にするって訳でなく、お前も行ってた養成所の生徒募集だ。とりあえずよ、一人ぐらい幹部の人間を出せってことらしいからな。お前、頑張れよ」
と、セイコラが俺に言う。正直な話、養成所の頃のジョージ・ダグラスがどんな人間だったかは知らねえし。実戦と言っても敗走したことしかないし……。何を話せばいいのか。
「一応十代向けの募集だからな。年の近いお前の方が適任だと思うし、後は頼んだぞ」
「わ、わかりました」
無茶言うなよ、って言いたくなるけど、上司の命令を無碍に断るわけにいかんし仕方ないか。
「明日以降でいいから、準備しとけよ。それよりよ、もうそろそろ宿舎に戻ろうや。夕方だしもう帰りてえよ。ここのところ、夜に行軍したり、朝たたき起こされたり無茶苦茶させられたしな」
と、大あくびをしながらセイコラが伸びをする。まあとにかく仕事が無いし、暇つぶしぐらいにはいいのかもしれないな。
「そうですね。とりあえず最後にノベルさんの報告を待ちましょうか。あの二人から異常無しってことだったら、帰っても大丈夫ですし」
「いやいや、もう流石に変なことしないだろ。万が一奴がなんかしてたら、オレら二人できっちりシメてやったらいい」
「でもあのヨハンソンさんですよ。何するかわからないっすよ。念のため……」
俺が忠告した直後、ドアをノックする音が聞こえた。
「失礼します、ダグラス大隊長。セイコラ大隊長」
「おう、どうした? ノベル君よぉ~。もう帰ろうと思ってたのに」
第三大隊の方に派遣したノベルが、状況報告のため来た。何事もないと言ってくれ。
「今日も特にヨハンソン殿に怪しい動きは見られませんでした。ですが……」
「ですが……」という言葉でなんとなく察する。あ、マズいなこれって予感がした。
「実はヴェルメッタの住民の中で、『最近教会の近くで、少年を喰う狼が出たらしい』って噂が広まっているようです。詳しくはわからないのですが……」
人を喰う狼? 何なんだろう。ただ『教会』という単語でなんとなくある男の顔が思い浮かぶ。ヨハンソンの野郎、アイツまたなんかしやがったか? と、心の中でなんとなく答えと言うか疑惑と言うかが浮かび上がる。
「間違いない、ヨハンソンが何かしてやがる」
セイコラが怒りを混じったような声で言う。いくら何でも黒と断定するのは早い気がするが。まあ、早めに手を打つに越したことはないか。
「まあその線があり得ますけど……。とりあえずそのうわさが具体的にどんな感じなのか教えてくれませんか? ノベルさん」
俺が尋ねると、神妙な面持ちになってノベルが続ける。
「はい。実は住民によると、酒場が閉まる夜の十二時ぐらいに、教会の前で狼のような動物が暴れているのを見た。そして、唸り声が狼のようだった。とのことです。さらに、朝方教会の前をもう一度通ってみたら、血の跡が残っていたとのことです」
「で、少年と言う風に断定できたのはなんでなんだろうか? 夜遅けりゃ何とも分からんぞ。子供ではなくて老人とかの可能性もあり得る」
セイコラが横からさらに質問をする。この情報だけでは、目撃者が酔っぱらって混乱していただけとも言い切れないしな。
「それと、最近子供が行方不明になっているそうです。ヴェルメッタ市街の中で二人。郊外の農村でも二人いなくなっているそうでして……。もしかしたらその四人が狼の餌食になったと、もっぱら噂になってるんです。」
なるほど、そういうことか。すでに行方不明になった子供が居るから、噂が真実味を帯びているってことか。確かに、ただの冗談だったら、俺らにどうしよう言われても、どうしようもできないしな。
「どうするダグラス。オレは面白そうだから今夜様子を見に行くけど……。お前は怖がりっぽいしそういうのはダメそうだよな」
と、ニヤニヤしながら俺に言う。何を言うか。
「いや、行きますもちろん。セイコラさんがビビって逃げ出さないか監視しないといけませんからね」
流石に俺もそのまま日知するのは癪に障るので、嫌味を含めつつセイコラに返す。
「でも、他に若い男が必要ですね。ローランドあたりを行かせませんか? 一応この話はしてあるので……」
と、ノベルが提案する。そういやアイツ十六歳だし丁度いいじゃねーか。
「では、今夜十一時ぐらいにもう一度集まって、詳細を詰めてから教会に向かいましょう!」
「おう! 了解」
こうして俺たちは夕飯を食って仮眠を取った後、噂の「人喰い狼」討伐に向かった。




