第十六話「徘徊」
だが、夜が明けるころだろうか、俺は胸騒ぎとともに目が覚めた。なんか嫌な予感、というか形の見えない恐怖に対する怯えなのか。分からないが良くないことの起きる気配を感じたんだ。
「とりあえず、外の空気吸ってくるか」
外に出て真っ暗な市街を見つめる。松明の炎だろうか、ところどころ明るく見えるがそれ以外は何も見えない。まあそうだろう。時間はおそらく三時半ごろ、となれば起きている人間なんて、僅かな見張りの兵士ぐらいだろうから。
それにしてもなんで俺はここに居るのか。同級生の播田や的山たちはどうしてるのだろう。実家に久しぶりに帰って来た姉貴や志聞は何してるんだろう。となんとなく思い浮かべる。そして俺の体もどうなっているのか、そしてこの体の持ち主のジョージ・ダグラスなる人物はどうしているのか、どんな人間だったのか。考えることが多すぎて、何から手を付けていいのかわからない。
「早く帰りてえけど、どうしよう」
最近の小説とかだと、転生した人間は過去の自分の周りの人間、同級生や両親に対して思いを馳せることをしないことが多い気がする。でも、いざ自分がその立場になるとなかなかそうはいかねえ。だって、俺にはまだ帰ってしたいことがある。肘さえ治ったらまたテニスはしたいし、大学に入ってぼちぼち勉強しつつ思いっ切り遊び呆けたいし、あと彼女いない歴=年齢のまま死ねないから何とか彼女が欲しいし……。何とかして戻らねえといけないのに、気が付いたら自分の与えられた役、ジョージ・ダグラスとかいう歴戦の猛者を演じることに精一杯になっている。さっき食っていたポテトや他愛もない雑談の中で微かに浮かぶ現代? 現世? の記憶はいつか消えてなくなってしまうのか、そう思うと途端に薄ら寒く感じてしまう。とにかく一人の時間にその記憶を思い出すこと、それがここで生き残るための精神安定剤なのか? それとも、環境に順応してこの世界を楽しみながら忘却していくことが正解なのか? 答えはわからない。
(とりあえず今できることは何なんだろう……)
一瞬考えてみる。右肘を見ると忌々しい傷跡はない。だがラケットがないからどうしようもない。あるのは剣が大小二本ずつだ。
勉強か……。鞄の中にシャーペンも紙もあるけど、この世界って何を勉強しといたらいいんだろう。明日、フリーデンさんあたりにでも聞いてみよう。あのメンツの中出たと一番常識人……、いや、勉強ができそう? だし。
彼女は……、うーん。この世界で出来たところであっちに戻ったらどうなる。次元の壁と言うのか。否、時代の壁? わかんねえけどとにかく帰ったら二度と会うことはないだろう。やめとこうか……。いやでも、見知らぬ女の子に声をかける経験って必要だよな。この時間帯でも二、三人人ぐらい外を歩いている同年代の女の子は、ヴェルメッタ市街に居るに違いない。とりあえず、俺はそれを信じて往くべきかもしれない。
「ああ、見事に人なんて居ねえ。なんてこった」
数十分市街を散策してみたが、妙齢の女はおろか人すらほとんど歩いていない。まあ田舎といえば田舎っぽいし、期待した俺がバカだったのか。
「それにしても俺って女運無い気がするわ……」
なんて言ったらいいのか。俺って現世に居たときも中学生のころは部活漬けで彼女作る余裕なんてなかったし、高校に入ったら、俺以外ほとんど女子しかいない手芸部所属だけど、入部してから二回ぐらいしか顔を出してないからなんも出会いってのがない。学校の方でもか。一年の頃はともかく二年になってからは理系クラスで男女比が4:1ぐらいだしまあしゃーないのか……。
自分の無能さと環境に頭を抱えながら数十秒立ちつくすと、前から人の気配がした。
(こいつが男だったらあきらめて帰る! 女の子であってくれ!)
天に祈りながら前の人間に目をやる。残念! 男でした。帰ろう……。と思った瞬間
「もしかして、ダグラス大隊長ですか? 中央からの伝令です。こんな時間にどうされたのですか?」
「はい、そうですが……」
「ならば話が早くてよかったです。スウェードバリ将軍の所まで連れていっていただけないでしょうか。緊急の知らせが入りまして……」
緊急か……。案の定俺の嫌な予感ってのが的中した。
徐々に夜が明け明るくなってきた中、俺と伝令は将軍のいる宿所へと向かった。宿所と言っても、役所の二階の広めの物置らしいのだが。
「将軍! 伝令です! 至急ご対応願います!」
「お願いします! 起きてください!」
大声で呼びつつドアをノックするがなかなか出てこない。
「う~ん、ん? 伝令何だこんな朝早くに……。眠いわぁ。」
何度か読んだ後、寝ぼけ眼を擦りつつ将軍が出てきた。
「エクステット元帥からの手紙と九人委員会からの手紙二枚で計三通です。ご査収くださいませ」
「ん~、何々……。何だってぇ! どういうことだ!」
手紙を読み始めた将軍が、目の覚めるような大声で叫ぶ。ビビらせんな、あと早朝だからもうちょい騒音に気を遣えよ。まだ四時台(多分)だぞ。
「おい、見張りの兵士! 至急セイコラとフリーデンを呼んで来い。臨時の軍議だ! ダグラス、お前はここに残れよ」
「「は、はい!」」
何が起きたのかいまいちわからないが、俺は言われるがまま、というか驚いて特に身動きを取れないまま立っていた。
「何があったんですか? 将軍」
恐る恐る聞いてみる。将軍は顔面蒼白といった感じでつぶやく。
「先代のオスヴァルド王の従弟、トビアス公がノース・ヴィジャーに降ったそうだ……」
先王の従弟、公? ってことはまあまあ偉い人間のようだし、要するに一大事ってことか。
「やけに反応が薄いな。ダグラス」
「い、いえ、そんなことはないですよ」
まあ確かに普通なら驚くところだろうが……。
「しかも中央の部隊に余裕がないから、ワシらに仮国境沿いでトビアス公を討ってくれとのことだ。中央からの増員は無しだってよ。ふざけておるわ。ハハハ……。いくら同期のマティアスの頼みといえ、いくらなんでも無茶が過ぎるわ」
イライラした様子で捲くし立てる将軍。半分笑い気味なのは、恐らく怒りのゲージを振り切ってゼロに戻ったからだろうか。
「そういえば、アイツ。ヨハンソンは軍議に呼ばないのですか?」
「ヨハンソンは抜いた。アイツの弟はトビアス公の娘と結婚しているし……。一応親族っちゃ親族だから、討つと言っても妨害する可能性は無きにしも非ずだ。だからこの件に関しては奴や第三大隊の人間には伝えぬようにしておく」
うーん。やっぱりいろいろ複雑な関係なんだな、この世界ってのは。
「ワシの家(スウェードバリ家)みたいな下級貴族と違ってヨハンソンのところは家柄もいいし、宗教利権でアホほど金を持ってやがる。ああ言うやつらが居るからこの戦争が起きたというのに……。ったく、ワシらが尻拭いしなきゃいけねえってのは辛いぜ」
下級貴族ねえ……。そんなこと言ったって貴族なだけマシじゃねーかと思うけど。
ほどなくしてセイコラとフリーデンが到着し軍議が始まった。
「ワシと第一大隊でトビアス公を討ちに行く。奴らはヴェルメッタから北東に百キロぐらいのメルースが本拠地だ。四日後に着くらしいから、一日前に着いて相手が疲れ切ったところを攻めるつもりだ。三人ともこれでいいか」
数分の間でパニック状態の頭をフル回転させて作戦を立てたようだ。このオッサン、力任せみたいな印象しかなかったけど、こういう時に冷静だし、頼れる人なんだな……。
「ええと、ヴェルメッタの守備をどうするのですか? ヨハンソンを野放しにするのは如何なものかと……」
フリーデンが恐る恐る指摘する。たしかにヨハンソンの野郎、将軍が居らんかったら何をするかわからんし、居てほしくないなぁ……。
「それに関してだが、ワシがいない間は、セイコラを総大将にする。んで、第三大隊には目付け役を付けておく……。一応ワシの考えている候補としては、ダグラスの所のノベル副隊長だな」
マジか。確かにアイツなら、第三大隊で俺やセイコラの代わりに見張りとして役に立ちそうだな……。ならば、大丈夫かな。
「フリーデンも本当ならヴェルメッタに置きたいが、今回は対トビアス戦の輸送の加減でこっちに付いてきてほしい、悪いがよろしく頼む」
「分かりました。ただ、ノベル殿一人だけを第三大隊に置くのは如何なものかと思います。せめてもう少しつけた方が……」
「適任者は居らんか? ダグラス」
適任者ねぇ。ムムム……。俺の脳裏に一人浮かんだ。
「先の戦闘で軍功を上げたローランドが適任かと思います。ヨハンソンは以前アイツにボコボコにされましたし、置いておいたら怖がるでしょう」
「いいのか? 逆に恨まれて変な扱いされたら……」
「まあノベルさんもいますし、何とかなるでしょう。あ、あとアイツを何でもいいので一応役職着きにしておいて頂けたら……」
「そうだなぁ……。一応なんかいい感じのことを考えておく。では、これで軍議は終わりだ! 昼にはワシらは出るからそれまで準備をしておく。フリーデンも荷物の準備を頼むわ!」
何と言うか、さっきまでのイライラと対照的に、将軍が晴れやかな感じになってきている。なんでだろう……。
(ダグラス殿、恐らく将軍はアレです。実戦が大好きというか、久々に自分で闘えるからワクワクしてるんでしょう)
遠足前日の小学生みたいだな。もう五十過ぎのはずなのに……。




