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第十二話「初陣」

明け方

 

――――――総員、進め! 今こそ軍功を上げ、教会の力を敵に見せつけろ!


「ダグラス隊長! 大変です! 第三大隊が……」

 ノベルの声がする。第三大隊がどうしたって?

「あ~眠い。どうしたんですかノベルさん。まだ朝っすよ」

「大変です! 第三大隊が抜け駆けしました。ヴォルシュに向かっております!」

 ん? 抜け駆け? どういうことだ?

「このままだと、あと数分で第三大隊は敵軍と接触します! ご指示を!」

 なるほど、ヨハンソンが勝手に進軍を始めた……。

「いやいや、ちょっと待て! 何してんだよあの無能坊主!」

 俺は眠くて働かない頭で必死に善後策を考える。

「と、とにかく止めに早馬を出してください! 第五大隊と将軍の元にも連絡を!」

「わかりました! 使者を出します!」

 なんてこった、作戦がパーじゃねーか。

「兎に角こっちも援軍にむかう。騎兵は全力で第三大隊を追いかけろ! 全員俺についてこい!」

「「「了解いたしました!」」」

 とりあえず隊内に連絡を回し、急いで出撃する準備を始めた。こうして「俺」の初陣が突然始まってしまった。

「お前ら起きてくれ! 出陣だ!」

「え、まだ昼ですよ。作戦は今夜では?」

「緊急事態なんだ! 急いでくれ!」

 俺は仮眠中の兵士を叩き起こしながら、急いで支度をする。支度と言っても、ヘルメット被って短刀を差して太刀を背負うぐらいだが。

「ノベルさん、今何人動かせますか?」

「五十人ぐらいですね。もともと待ち伏せする予定だったので、馬が全然足りてませんね……」

「そうですか……。とりあえず動ける奴は俺が連れていきます。ここの後処理をお願いします」

「お待ちください。大隊長の貴方が先陣を切るのはマズいかと」

 それはそうだけど……。歴戦の猛者らしいところを見せないと俺がマズいし。

「いくらなんでも五十人ではしんどいかもしれないですし、輸送用の輓馬もこの際使っちゃいましょう。ちょっと準備しますのでお待ちを」

 お言葉に甘えて……と思ったが待っていられない。

「いや、先に行くからあとから連れてきてください。野郎共! 俺に続け!」

「「「「ウオォォォーーー!!!」」」」

 俺は馬にまたがり先のヴォルシュの方を指差す。辛うじて状況を理解出来た人間が数人居るだけにもかかわらず、志気とテンションが非常に高い。

「「「「 『血染めのダグラス』 に続くぞー!!」」」」

「「「「第四大隊万歳! 遠征師団万歳!!」」」」

 俺と五十人弱の軍勢は本陣を出て、ヴォルシュへ向かう。人馬ともに休養が足りているとはお世辞にも言い難いが、疲労を気にせず全力で駆ける。


 ヴォルシュの街が見えてきたあたりで、俺の横に十代後半ぐらいであろう少年が並びかけてきた。

「大隊長殿、自分が露払いをいたします!」

「ローランド、いくら何でもお前には無理だ!」

 横に居た上官と思しき男が止める。

「ローランド、お前はまだ若いし経験不足だ。俺が行くからお前は大隊長の横に居れ」

「ロセアン班長、自分はこのために来たのですから……」

 どうやら、行きたがる新兵を上官が必死に止めているようだ。これは止めた方がよさそうだな。

「ローランドだっけ?君はいくつだ? まだ新人なんだから、最初はそんな無茶をするのは……」

「大隊長殿、確かに私は養成所を出たての十六歳ですが、戦場に年は関係ないでしょう。それに、貴方と弟様も十六、十七の年で先陣を切って、軍功を挙げたとお聞きしておりますが……」

 そのころ「俺」は高校生なんだよなぁ……。それにしても時代が時代とはいえ「俺」は十六歳の今、学校に通いながらダラダラ生きているだけなのに、このローランドってガキやジョージ・ダグラスは兵士としていつ死ぬかもわからない地獄に身を置いている。残酷というか惨いというか……。

「ローランド、俺が行くから残りなさい」

「ですが……。お願いします! ロセアン班長、大隊長殿!」

 俺が一瞬考えた。残酷な運命に抗う唯一の手段が、戦功をあげることであるということ、つまり運命の中で精一杯戦うことだと。

「ローランド、行け」

「ありがとうございます! 大隊長」

「いいですか、本当にアイツで」

「俺はいいと思いますよ。ロセアンさん、精一杯バックアップしてあげてください」

 市街地まで数百メートルぐらいのところまで来ている。もう突っ込むしかない。俺は後ろに続く騎兵たち目がけて叫ぶ。

「お前ら! 突っ込むぞー!」

「「「オオオォォォー!!!」」」

 ローランドを先頭に市街地へと入っていく。目の前では第三大隊の兵士と敵軍が小競り合いをしている。

「マズい援軍だ! いったん引け!」

「逃がすか! 追撃だ!」

 第三大隊の兵士の槍の先が辛うじて敵の一人の脇に当たる。そして、うずくまった一瞬の隙に、馬上から振り下ろされたローランドの太刀が敵兵の頭部に直撃した。

「救援ありがとうございます!」

「いや、困ったときはお互い様ですしね。あと、礼はこいつに言ってください」

 そう言ってロセアンがローランドの方を指差す。

「若いの、随分いい太刀筋じゃねーか。次も期待しておくぜ。サンキュー」

それを見た第三大隊の兵士が親指を立てるが、

「とんでもないです。自分はまだ修行中のみですので……」

と、顔を真っ赤にして謙遜しつつ手を振る。そろそろ本題に入らないと。

「第三大隊の現状の兵力と敵の状況に関して確認したいのですが。よろしいですか?」

「まあ大分ヤバいなー。見たらわかるけど。」

 隣に男に尋ねるが、適当にはぐらされてしまった。

「それはわかります。ただ、具体的な数字も言ってもらえたら」

「俺は下っ端だからちゃんとわからないし、アンタもそんなん知らなくても……。うげっ!? アンタ、第四大隊のダグラス隊長じゃないですか? なんでこんなところに。ナメた口きいてすいませんでした!」

 食い下がってみると、隣に居た男の態度が豹変する。この第三大隊の兵士は一兵卒っぽいし、いきなり目の前に大隊長がいるとは思わねえか。

「いや、敬語云々は別にいいですよ。ただ、状況を教えてください」

「俺の居るB中隊第4班の十五名は、俺以外戦死しました。他のところも半分ぐらいは死んだか逃げたそうです。それに、ヨハンソン大隊長や他の中隊長クラスも行方不明で、どうしようもないといった感じです」

 なるほど、アイツの奇襲は大失敗ってことか。

「よし、とりあえずアンタは第四大隊に合流してくれ、まずは第三大隊の生きている人間を回収することが先だ。みんな、いいか」

「「「わかりました!!!」」」

 とにかく、セイコラや将軍たちが来るまで、持ちこたえねえと。


「大隊長! 向こうで味方が敵に囲まれています!」

「わかった! お前とロセアンさんは右に突っ込め! 俺は左に突っ込む!」

「「援軍が来た! たすけてくれ!!」」

 第三大隊の兵士の声で敵が振り向き、こちらに太刀を向けてくる。しかし、俺はそれを間一髪かわして逃げる。横でも同じようにロセアンとローランドが斬りかかられていた。しかし、俺のとった行動とは対照的に、斬撃をかわした後上手く立て直してそのまま相手目がけて太刀を振るう。

「申し訳ない。救援ありがとうございます。」

「ご迷惑おかけしました。あと、こいつをどうしましょうか」

「いえいえ、これぐらいなんてことないです」

後ろには二人のほかに、足から血を流している男が居た。いまのところ命に別状はなさそうだが、戦闘を続けるのは不可能だろう。

「奥の兵士は戦闘を続けるのは難しそうですね。彼を連れてロセアンさんは戻ってください」

「俺ですか? ローランドを戻した方がいいのでは?」

 ロセアンが俺の方を不満そうに見る。

「いや、彼に話があるので……。あと第三部隊のお二人も、俺とローランドの馬を市街地の外へ連れていってください。これだけ狭いと騎馬では立ち回りがしにくいので」

「「わかりました」」

 俺はローランドとともに再び敗れた味方を回収しに向かった。


「大隊長殿は人を殺すことに抵抗はないのですか?」

 しばらく二人で、ローランドから突飛な質問を受ける。もちろん有るに決まってんだろ。さっきも夢中で斬りかかろうとしたが本能的に腕が止まってそのまま逃げてしまった。そのまま振り下ろしていた時に味わったであろう頭蓋骨の割れる感触は、ホント雲い気持ち悪いものだったに違いない。

「いや、いつになっても慣れないな。多分お前も、戦歴を積んだらそう感じるんじゃないかな」

 と、あたかも自分が歴戦の勇士であるかのように語ってみたが、果たしてそうなのだろうか。

「そうですよね。でも、自分には守るべき祖国、仲間、先輩方がありますので。そんなものに負けられません」

 俺の言葉を聞いたローランドが、達観したような表情で語る。本当に彼の原動力がそれなのかはわからないが、今俺が思うことはただ一つ。なぜ俺らが……

「「「「ヴァルタールの兵士が居たぞ! 殺せ!」」」」

 ロクに考え事も続けることができないまま、俺達は敵兵四人と再び遭遇した。前の三人はともかく、後ろにいる大男は装備を見るに結構な上役と見える。

「前のガキはともかく、後ろの変な格好の奴みたことあるぞ。もしかしてアンタはジョージ・ダグラスか?」

 大男のつぶやきで俺はハッとする。まずい、俺ってやっぱり狙われる立場なんだな。

「ダグラスは生け捕りにしろ! 前のガキは死んでも構わん」

「「「了解!」」」

三人の兵士が短刀で俺とローランド目がけて襲いかかる。しかし、俺が振り下ろした太刀の方がリーチは長く、先に敵兵の右肩と吸い込まれていった。倒れ際に短刀の先が膝をわずかにかすめたが、俺の体はおろか服にも傷一つできなかった。返す刀で、左横に居た兵士にも切りかかるがそちらは外れてしまった。

「さすがは歴戦の猛者。一筋縄ではいきませんね……」

 敵兵がつぶやいた直後、いきなり彼の左胸から紅い飛沫があがる。俺は何があったと思い左横を見ると、ローランドの姿があった。

「油断してはいけませんよ。追手が増えたら厄介ですから」

 彼は鼻先を擦りながら笑う。遂に俺も人を斬ってしまった。この感触、敵の喚く声。なぜ俺たちは戦わなければいけないんだ。そう思っていたら、上役と思しき大男がこちらをじろりと睨んでいた。

「この野郎……。覚えておけ、ここはいったん見逃してやる」

 三人の犠牲を無視しそのまま逃げるつもりか。よくもまあ斬られた味方を捨てて置けるなあ。そう思いつつ立ち去る彼を見ながら先程切ってしまった敵兵の方をに歩み寄ろうとしたところで、

「逃がすか貴様! この俺、ローランド・セリアンが相手だ!」

ローランドが背後から上役の男に斬りかかる。しかし彼はそれをかわし、反転してからローランドの膝目がけて回し蹴りを入れる。そしてローランドはバランスを崩し、その場に倒れた。

「まだ戦う時じゃねえ、もう少し待ってろ。サイモン様の命令もあるし、貴様ら二人は生きて帰してやる。じゃあな」

 そう言い残した後、奴はさっき俺が斬った男を担いで立ち去る。俺たち二人は生臭い香りと砂埃の中で俺達はただ立ち尽くすしかできなかった。

「よかったな、ローランド。あのまま戦ってたら、俺たち二人とも死んでたかもしれんぞ」

「そうですね。ところで、こっちの援軍はまだ来ないんですかね」

「分からんなぁ……。ところでよ、サイモンって誰かわかるか?」

「分かりませんね」

 と、物陰に隠れて雑談をしている、と背後から騎兵の大軍がやって来た。おそらくあれは……

「ダグラス! 生きとったかワレェ!」

「大丈夫か! 心配しておったぞ!」

セイコラ率いる第五大隊と将軍率いる本隊が着いたようだ。これで互角に戦える……。

「いったんここは撤退するぞ。いくら何でも体勢が不利だ。再編成するしかない」

 え、マジで? ようやくまともに戦える状況になったと思ったのに。

「ヨハンソンが行方不明だし兵力の減少もひどい。ここまで押されたのではいったん引いた方が得策だ」

「まあ、戦いのどさくさでヨハンソンが死んでくれた方が、オレらにとっては都合がいいかもしれんが、それでは中央の人間からいちゃもんを付けられかねない。とりあえず引こう」

 俺はともかく、ローランドは不承不承といった感じだが、上の命令だしとりあえず引き返すか。

 結局この戦いで、俺ら遠征師団は第三大隊の半分を失う痛い敗北を喫する。「俺」にとっても苦い初陣となってしまった。が、勝敗以上に辛かったものが一つ。咄嗟のこととはいえ、自分が平然と人間を傷つけることのできる人間だったということを知ってしまったことが、俺の心の中でずっと滞留し続けていた。



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