第十三話「運命」
あの惨敗から一夜明け、俺はヴェルメッタの本営に軍議のため集められた。
「第三大隊の状況確認は進んでおるか、フリーデン」
将軍がイライラを隠せないような強い口調で話しかける。
「今のところ第三大隊は四十五人死亡確認、他五百十五人が消息不明ですね。捕虜にされたか逃げたか……。スパイの報告では捕虜になった国軍兵はいないとのことですので、恐らく脱走したのでしょう」
「あと、ヨハンソンの消息はつかめたか? 各隊で探していると思うが。セイコラ、ダグラス。お前の方にも情報は入っていないか?」
今度はこちらを睨み付けるように声を掛ける。
「第四大隊の方に目撃情報は入ってきておりません」
「こちらも同じく」
報告を受けた将軍は「なんてこった」と言わんばかりに頭を抱える。
「アイツの代わりは何人でも居るからいいんだよ。ただよ、命令違反をした挙句、ボロ負けしたオトシマエをつけてもらわないとなあ……。ワシの立場ってのもあるしよ」
「そうですね。大体、もともと坊主のくせにしゃしゃり出てくるなって話ですよ。こっちがどれぐらい下準備を重ねてきたのか……」
珍しくフリーデンが強い口調で怒りをあらわにする。普段の温厚そうな見た目からは、なかなか想像できない光景だ。
「ところでダグラス、お前らのところも大分損害を被ったようだが、報告をしてくれ」
「こちらは、死者二十名、行方不明者二名となっております。ただ、……」
戦果を報告しようとしたところで一瞬止める。ここで嬉々として殺した人数や軍功を取り上げたら、将軍を更に怒らせるだけになりかねない。
「ただ……? 続きを言え、ダグラス」
さらに険しい顔と厳しいドスの利いた声で追及された。
「一名、十六歳の新兵が大きな軍功を上げました。それに関しては後々褒めてやってください。彼は初めての戦いにもかかわらず敢然と剣を振るって敵兵を殺し、敵の上役に一騎打ちを挑みました」
「そうか、そりゃ面白い。んで、さらには問だが一騎打ちの結果はどうだった? んで敵はなんて名前だ? それ次第で恩賞の多寡が変わってくるからな」
「上役の男には歯が立たず、そのまま逃げられました。ただ名前はちょっと分からないですね……。確認するタイミングがなかったので」
報告をした後、今度はセイコラとフリーデンがこちらをニヤニヤしながら見つめる。
「おいおい、名前が分かんねえって……。それじゃあタダの下っ端かもしれねえし、恩賞は与えられねーわ」
セイコラさん。あんたから貰うわけではないのに……。
「でも、見た目とか装備とか見た感じで分かるでしょう。どんな感じでしたか?」
フリーデンが助け舟を出してくれた。マジでありがたい。ただ、見た目と言ってもデカい以外思い出せない。必死に記憶を探る。
「二メートルぐらいでしょうか……かなり大柄で、もみあげがかなり白髪交じりだったことは覚えてます。あと、鎧に赤い線が入っていたはずです」
将軍の顔色が一気に変わる。さっきまでの険しい表情が一転、かなり緩くなった。
「赤い線ってことは、たしか、王国軍の基準に合わせるとたしか大隊長クラス。んで白髪でデカいってことは……。カール・ヴァルゴーダ! 奴だ!」
将軍が立ち上がり、こちらにやってくる。そして俺の後頭部をバシーンと一発叩く。おそらく肩を叩こうとしたのだろうが、当たり所が悪く無茶苦茶痛い。あと、この将軍、信じられないくらい腕力が強い。そして加減と言う言葉を知らない。
「流石に十六、七の新兵には無理な相手だ。アイツは俺の三期下の兵士で、もう五十近いとは言ってもかなりの強さだ。開戦前から敵軍に降って、それ以来アイツを追ってたのだが。なかなか消息が掴めなかったが、ついに尻尾を見せたか!」
若干興奮気味に将軍が捲くし立てる。普段のドッシリした口調とは大違いだ。
「国軍時代のあの人はずっと隣国のカンムル王国に駐在してたので、あまり武闘派というイメージが僕にはないのですが、どんな御仁なんですかヴァルゴーダ殿は?」
と、フリーデンが問いかける。
「ワシらが三十過ぎのころの話だから大分古いが、カンムル王国で起きた内乱に介入した際に、五百人の手勢に一人で突っ込んで敵の大将を討ち取ったって話が有名だな。他にも、百メートルぐらいある崖をよじ登って敵陣に斬り込んでいったみたいな話もある」
なんだ、ただの化け物か。
「一つ目の話は人外としか思えませんね……。でも二つ目はまあよくある武勇伝と言うか、他にもされた人はいるでしょう?」
「実を言うとワシも一緒だったんだけどな。なかなかしんどかったのう」
目の前にも化け物がいた。こいつら頭おかしいんじゃねーのか。
「昔の話はどうだっていいんだよ。恩賞の話はちょっと保留にしておいて、第三大隊の新しい隊長を決めねば。もしくは部隊を解散させて各大隊で配分するかしないと」
ローランドの件をもう少し詳細に詰めて欲しかったが、まあ仕方ないか。
「とりあえず、第三、第四、第五大隊の三つを自由に動かせる状態にしておいた方が、僕はいいかと思いますが……。まあ、指揮官に相応しい人間がいないのなら、中央から補充ができるまで置いておいた方がいいかと」
「そうだよな、ワシとしては国境警備隊のロヴェーン副隊長、中央師団のモンソン大隊長あたりが適任だと思っている」
正直な話、他の人間が分からん俺には首を突っ込めない。どうしたらいいものか。
「オレとしては中央の判断待ちにして、しばらくはオレとダグラスの二人の部隊に、第三部隊の兵士を分けた方がいいと思います。新しい人間を外から引っ張ってくるよりそっちのほうがやりやすそうだし」
「俺もそう思います。いまさら新しい人間を引っ張ってくるのはちょっと」
とりあえずここで同調しておくか。他の人間の名前を知らんし、それが無難な気がするわ。
「ふむ。そうだな……」
将軍が思案しているところで、突然廊下の方から大きな物音が聞こえる。
「失礼します! ダグラス大隊長! ヨハンソン氏を確保いたしました!」
三回ノックすると同時に、ローランドが入って来た。ノックする意味無いじゃんそれじゃあよぉ……。
外を見ると、ローランドに引きずられてきたヨハンソンと思しき男が、ボロボロの状態で廊下に転がっていた。顔は何か所も腫れ、口からかなり出血している。
「貴様。新兵の分際で生意気な……。ぶち殺してやる……」
弱々しくヨハンソンがつぶやきながら立ち上がった直後、ローランドの回し蹴りが顔を直撃し再び廊下に打ち付けられる。
「何がぶち殺してやるだぁ。大体アンタのせいで何百人犠牲になったと思ってんだ!死んで罪を償え」
そう言いながら胸倉をつかみ、顔目がけて殴ろうとするローランド。
「やめろ馬鹿! それ以上やったらお前も軍事裁判にかけられるぞ!」
「おい、ローランド!」
俺とセイコラが制止に入り、ローランドを引き離す。こんなんで恩賞がパーになったらシャレにならない。それに、コイツが罰せられたら上官の俺にも責任が降りかかってくるしな。
「あとはワシらに任せてくれ。こいつにはしっかり罪を償ってもらう。あと、ヨハンソンを確保した褒美は、後でちゃんとやるから安心してくれ」
将軍が窘めようとするが、頭に血がのぼっているのかローランドはそれを聞こうとしない。
「こいつには我慢ならねえっす! 俺にとどめを刺させてください!」
再び俺ら二人を振り切ってヨハンソンの方にローランドが向かっていく。
「やめろ恩賞がパーになる! やめろ!」
もう一度抑えようと手を伸ばすが振り切られ、再び彼はヨハンソンの前に立った。が、その直後に横から拳が飛び、左脇腹に喰らった彼は出口の方へ吹っ飛ばされた。
「軍紀を乱すようなことはお止めなさい。それではヨハンソン殿とやっていることが変わりませんよ」
殴ったのはセイコラ……、ではなくフリーデンだった。厳しい口調といい普段の彼からがそんなことをするとは想像できない。
「す、すいませんでした。頭に血がのぼってしまって……」
我に返ったのか、それとも恐れおののいたのか、どちらかわからないがローランドは必死に謝る。最初っからそうしておけばよかったのに……。
「とりあえず、あとのことはワシらでするから。ローランドと言ったな貴様。とりあえず、恩賞に関しては追って連絡するから、しばらく待っておいてくれ」
「分かりました。では後のことはよろしくお願いします」
深々と一礼してローランドは去っていった。とりあえず一難去ったというかなんと言うか……。
「それにしてもダグラス。お前んトコの若い衆、教育がなってないてないんじゃないか? これがワシらの若い頃やったら、言い訳すら聞いてもらえずにぶった斬られるぞ」
「す、すいません。まだ末端の方まで、目が届いてないものでして」
うるさい老害、と一瞬言いそうになったがグッとこらえる。ここで俺まで怒るわけにはいかない。とりあえず前の大男の件についても言っておくか。
「ちなみにあの少年が、先程おっしゃったヴァルゴーダ殿に一騎打ちを挑んだ者です」
「そうか……。あの件については一応後から詳しく聞かせてもらう。今の最重要課題はアレだ。この馬鹿の処遇だ。長くなりそうだし、少し休憩してから再開しようか」
将軍の提案で一旦休憩をはさむことになったので、俺は一旦外に出た。
「それにしても……、ヨハンソン殿の件は困りましたね。ダグラス殿の作戦がパーになっちゃいましたし」
水飲み場の横でフリーデンが言う。まあ、確かにそうだけど……。
「でも、アイツが抜け駆けする可能性を計算してなかった俺も悪いっすよ。何だかんだそんな感じの気配がしてたんで、今思うと」
「そうですけど、なかなかそんな対策はできないですよ。あ、あと、ローランド殿でしたっけ、貴方の配下の。一騎打ちの件詳しく聞きたいです」
フリーデンがこちらへ寄りかかるような体勢で話しかける。
「なんか、ヴァルゴーダって野郎とそいつの下っ端三人ぐらいに、俺とローランドが囲まれました。俺だけはサイモンって奴の命令で生け捕りにするってアイツに言われました。そして俺が一人、ローランドが二人斬り殺して。ヴァルゴーダには結局さっき言ったように逃げられた、って感じです」
「ふーん。ヴァルゴーダ殿の上官が貴方の弟君ということですか……」
弟? どういうことだよ?
「どうしたんですかダグラス殿? 自分の弟の名前を忘れられたのですか」
「い、いや、そういうわけじゃなくて」
志聞→シモン→simon→読み替えるとサイモン、ってことか。
「まさか自分の弟が敵軍でそんなえらい人間になっているとは思わなくて……」
「まあ確かに二十五歳で総統の右腕ですからね。かなりのやり手ですよね」
つぉれっぽく理由を取り繕ってみたら分かったのだが、志聞まで俺と同じように、訳も分からないままあのジジイに連れてこられちゃったのか。可哀想とは一瞬思ったが、やはり気に入らないのはただ一つ。
「なんでアイツの方が俺より出世してるんだよボケェ!」
この世界の神様ってのも、俺より弟の方がお気に入りらしい。何てこった。
「まあまあ。とりあえずそろそろ軍議が始まりますから戻りましょう。それと……」
「それと、どうしたんですか? フリーデンさん」
フリーデンが俺の方をニヤッとしながら見る。
「部屋に入ると同時に、ヨハンソンに斬りかかってください。悪い、手が滑ったっていえばみんな見逃してくれると思うんで」
この人、なんだかんだ腹黒い奴だな。
「いや、殺すかどうかは軍議で決めるのでは?」
「――――冗談ですよ、ダグラスさん」
とりあえず自分で殺すのは嫌だったのでそのまま戻って席に着く。恐らく、俺は後から「この時ヨハンソンを殺しておけば」と後悔するのだろうが、タイミングがタイミングだしどうしようもないか。




