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第十一話「嵐の前」

 ヴェルメッタに着いた俺たちは、急ピッチで戦闘準備を始めていた。

「お前らー、そっちの柵はできたかー?」

「完成しました。中隊長殿、ご確認お願いしまーす!」

「班長! この立ち位置からだとクロスボウを打ちにくいので、手前に足場を作りたいのですが……」 

 よしよし、準備は順調に進んでいるようだ。今日の明け方にヴェルメッタに着いて、五時間ぐらいしか休養を取れなかったのに、夕方までぶっ続けで作業をしてくれる兵士たちには頭が下がる。

 俺率いる第四大隊とセイコラの第五大隊は、ヴェルメッタから数キロ北に行ったレトリル川の近くの山で、待ち伏せ用の陣地の建設に取り組んでいる。とりあえず、明日夜の作戦の準備は八割方終えたといっていい感じになっていた。俺も流石に休んでいるわけにはいかず、エナメルバッグの中に入っていた作業服を着てヘルメットをかぶり、縦横無尽にヴェルメッタの山地を駆けずり回っていた。

「おい、ダグラス。こっちはもう準備が終わったから最終確認をしてくれ」

 いきなり背後からセイコラの声がする。

「わ、わかりました。随分早いですね」

「そりゃだってよ。オレの居る方はほとんど弄るところがなかったからな。せいぜい攻撃用に少し道を切り開いたぐらいだ」

「それだったら俺の確認必要ですか? ぶっちゃけこっちまだ終わってないんで……」

「バカヤロー、こういう時の確認を怠るバカが戦場で真っ先に死ぬんだぞ。それにお前がこの作戦の立案者だから、対面の陣地のことも頭に入れておいてくれないと困る。あと、兵器の在庫も確認とか人員配置も、しっかり頭に入れといてくれないと困るんだよ」

 ヘルメット越しとはいえ、金槌で殴るのはどうかと思う。むしろ無駄な暴力が一番良くないんじゃないか……。そんな感じの言葉をグッと堪え、セイコラさんの居た東側の丘陵へ向かう。

「騎兵の移動経路もこれがベストっぽいですし陣形自体は問題ないと思います。ただ、明らかに弓矢の数が足りてないですね。俺らの方もですけど」

 この作戦の立案者とはいえ、俺には状況が全く分からない。適当なこと言っておくしかないのが歯痒い。

「まあそれに関しては、こっちはフリーデンに頼んである。まあどう頑張っても射手の数的に、二大隊合わせて百本ぐらいしか置けないと思うが。クロスボウも三十ずつしか今ないから、せめてあと二十ぐらいは集めるように伝えてある」

「ありがとうございます。となると残りのうち、騎兵以外は全員走って突撃させる感じでいきますか?」

「何言ってるんだお前、それだと敵が来たとき明らかに攻撃力が足りないだろ。オレらのだけで壊滅させるんならもっと飛び道具が必要だ。考えてみろ」

「弓以外って何があるんですか?」

銃、ミサイル、迫撃砲なんて存在しないんだからもう選択肢はないと思うけど……。

「これだよ、よく考えてみろよ」

セイコラが足元から拳ぐらいの大きさの石を拾う。

「投石なら馬に当たったら確実に負傷させられるし、兜や鎧に当たってもうまく当たれば敵兵はやる気をなくす、まあ運が良ければ大怪我させたり殺せたりする。まあもちろんうまい事やんないとダメだがな」

 なるほど、その手があったか。確かに投石って割と有効的な手段だって聞いたことがあるなあ。

「俺のいる西側の丘だと、川近くの崖からなら投石ができそうなので試してみます」

「そうか、オレも待ち伏せはあまりする機会がなかったから、これで正解とは言えるかどうかわかんねえけどな。あと、第三大隊の方も顔を出しておけ。アイツがヘマして負けたら嫌だしよ」

「わかりました。一応陣地の方はほぼ完成しているのでノベル副隊長に任せて第三大隊の方に向かいます」

 俺はセイコラのいる東側の丘を出て、川の向こうのヨハンソンの元へ向かった。


「ダグラス殿、確かに作戦に関しては確認させていただきました。私たち第三大隊の武名を上げるため、全力で戦わせていただきます」

「それはありがとうございます。ですが、あくまでもそちらの目標は、敵軍を驚かすことですよ。深入りして全滅なんてことだけは勘弁してくださいよ」

「それは重々承知しております。ご安心ください」

 どうやら反対していたヨハンソンもようやく作戦について賛成してくれたようだ。若干不安なところもあるが……。とりあえずあとは自分たちの陣地で休養を取ろう。

「それはともかく私のほう提案がございまして……」

「どうしたんですか? 話は聞きますよ」

いつもよりも慇懃な態度に一瞬不安がよぎるが、話だけは聞いておこうと思い立ち去るのを止めて再び座る。

「一つは、ヴォルシュを陥落させたらそこで布教活動をしたいということです。グルカン族の中でイエスト教を広めることで、向こうの団結力を削ることができるのでいいと思います。もう一つは、遠征師団の中での布教を進めたいので、ダグラス殿とセイコラ殿に洗礼を受けてほしいということです」

 俺は少し考える。確かに彼の提案は一見理に適っているように感じるが、自分の利権強化と表裏一体であるので受け入れにくい。特に二つ目に関しては自分の主義主張の押しつけと言う感も強いので、あまりいいとは言えないだろう。

「個人的には、布教活動自体をすることに関してはいいと思います。ですが今後の作戦との兼ね合いがあるので将軍や中央の人と話し合って欲しいです。二つ目の洗礼を受けろというのは無理です。俺はともかく、セイコラさんは宗教という存在そのものにいい印象を持っておりません。信仰を無理強いするのはよろしくないかと……」

 と、断ろうとしてみたが、すかさず彼は食い下がって、

「ですが今は国の一大事です。神の名のもとに一致団結することがどれほど大切なことかお分かりになられないのですか?」

 と、俺に問いかける。 確かに団結と言うのは大事かもしれない。だが、何を軸にまとまるのかということを考えたときに、「神」というのはいかがなものか。

「確かにそうかもしれないですが、信仰の自由というものが有りますからね。俺はあなたの提案を受けるつもりはございません。すいませんが……」

 と、諦めてもらおうとしたところで、ヨハンソンが顔を茹蛸のように真っ赤にして俺に掴みかかろうとする。

「この国にそんなものは必要ない! 今こそイエスト教の教えの元で国家をまとめることが貴様らの使命だぞ! なぜ刃向かうか!」

「うるせえ、離せよおっさん!」

 俺はヨハンソンの手を振り払い外へ向かう。

(ダグラス、この恨み晴らさずにおられるか……)

 つぶやくヨハンソンを無視し、俺は自陣への道を少し急いで進む。時刻は月の位置からして、午前二時半ぐらいだろうか、ここから休養をしっかり取って明日、というより今日の夜の攻撃に備えなければ。


三十分ほど馬を飛ばし、俺は自陣についた

「ダグラス隊長、お疲れ様です。早くおやすみになってください。明日の正午ごろに起こしますのでそれまでに体力を回復させておいてください」

「ノベルさん、ありがとうございます。一応最終確認だけしておきますので。夜明け前には寝るようにします」 

とりあえず眠くてしょうがないが、パンを齧りつつ俺は自陣をくまなくチェックする。何重にも巡らせた柵、断崖に吸い付くように張り巡らされた足場、崖沿いに展開される石弓と射手、よし! これなら十分戦える……。戦ったことないから何とも言えないけど、頼りになりそうってことはなんとなくわかる。

 俺はとりあえず安心して寝ることができそうだ。もうこれなら大丈夫、そう思っていた。



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