第十話「行軍」
数分歩き、第四大隊の全員は集合地点としていた市街地の端の広場についた。第二大隊の調達してきた食料を大隊ごとで管理するために分けあったり、師団単位で管理していた騎馬や駄馬を大隊ごとに準備したりするためだ。ちなみに言っておくが、駄馬ってのは荷物を背負って運んだり馬車を曳いたり馬のことで、断じて弱い競走馬と言う意味ではない。
ノベルと手分けして兵士たちに指示をしつつ、自分も一緒に荷物の積み込みをしていると後ろから「おい、ダグラス。相談がある」と声を掛けられる。振り向くと後ろには、セイコラさんが居たた。
「軍議の時に行っていた奇襲に関してだが、詳細な打ち合わせをしたいから横に来い。進軍するときは第四大隊と第五大隊の間で行こう」
「わ、わかりました」
とりあえず残りの作業をしつつ、出発の時を待つ。夕日が沈みかけるころ、将軍から出発の合図が出た。第二大隊が先頭を切り、第四大隊、第五大隊がそれに続く、トース駐留の後処理のため将軍とヨハンソンが夜中に進軍することになった。俺は、出発の合図と同時に馬に乗った。
「おい、ダグラス。鐙から右足が外れかかってるぞ。それだと危ないからもうちょい深く足を入れないと」
「こ、こんな感じですか」
と、セイコラさんのアドバイスを受けて安全靴を無理矢理ねじ込む。足を怪我しないようにと、エナメルバッグの中の安全靴に履き替えていたが、どうやらそれが裏目に出てしまったようだ。
「そんなもんか。なんか乗り方ぎこちないなお前。もしかしてだけどよ……」
まさか招待がばれたかもはやこれまでか。
「そうなんです実は俺……」
観念して全部話してしまおうと一瞬思うが、
「親衛隊にいたときは、馬車に乗ってることの方が多かったから、久々で感覚が鈍ってんのか? 情けないなあ」
と、セイコラがため息を吐くような仕草をする。まあ、バカにされてもいいか。正体がばれなかったし。そう思いながら体勢を直すと、上手いこと乗れた。一応体の持ち主のダグラスさんってのは馬に乗れるのは間違いなさそうだし、そのおかげなんだろうか。
俺は馬に乗ったことはないわけではないけど……。小さい頃に母方の実家が競走馬の生産を少ししていた縁で、そこに居た馬にちょっと乗ったことがあるが、ひたすら怖くて捕まってただけだからなあ。さすがに、その経験だけでは焼け石に水と言わざるを得ない。とりあえず、まずは馬に慣れなきゃ今後の仕事がしんどそうだ。
なんとなく前後を見れば、剣や槍を持った兵士たちが三列に並んでそれが無限に続いている。そしてその合間に荷物を運ぶ馬たち。もはや昨日? というか現世? 現実世界にいたころとは打って変わった光景が目の前に広がる。もしも俺が、この光景を石本や播田に説明したところで「何を言っているんだお前は」の一言で一蹴されるに違いない。
「とりあえず奇襲についてだが第二大隊の偵察を見た感じ、仮国境沿いの地形からして待ち伏せできそうなところはこの七か所ぐらいだな。なんせ俺ら三部隊で四千五百人も居るんだし」
「三つの部隊? 第四、第五の二部隊の予定では?」
「いや、ヨハンソンの第三大隊も合流することになった。オレらにとっては面倒でしかないがな……」
セイコラさんが渋い表情をしながら話す。そんなにヨハンソンが嫌なんだろうか。
「あいつらの部隊は錬度の低い徴兵した一般人と牧師が大半の戦力だぞ。それにヨハンソンは敵からかなり恨まれてるしな。下手したら向こうの大本営から増援が来るかもしれん、アイツの首を取るために」
おい、ヨハンソンって何をやらかしたんだ……。
「第一、この戦争の原因の半分ぐらいはアイツとアイツの叔父のせいだと思ってる。こんなんがなきゃオレも退役間際をゆっくり過ごせたのによぉ」
「どうしてアイツが原因なんですか?」
もったいぶるように話す彼に質問をすると、呆れた表情になって、
「お前はボケてるのか? 一兵卒でも知ってる話だぞ。まさか戦争以外については俺よりもバカだとは思わんかった……」
と、俺に返す。ヤバい、なんとかして取り繕わないと。
「やっぱりこういうのは、一緒に戦うセイコラさんの目線で説明してもらった方が、後々やりやすいと思いまして……」
「……ふーん。よく分かんねえけど仕方ない。教えてやるから耳の穴かっ穿ってよく聞けよ」
セイコラさんによる有り難い話が始まっった。とりあえず俺はこの世界においては無知だからなんとかしねえといけないと思っていたので、丁度いい。
「じゃあ最初に、なんで俺たちヴァルタール王国軍がノース・ヴィジャー地方と戦っているかわかるか?」
いきなりわかるわけないだろ、こんな質問。
「う、上の命令、です」
俺の回答を聞いて、セイコラが頭を抱えマジかよコイツみたいな目で見てくる。
「まあそれは合っているといえば合っているけど大雑把すぎる! あなたは誰ですか? って聞かれて人間です答えるようなもんだぞ、そんなの」
そこまで言わなくてもいいじゃないか、と思ったけど確かに言われても致し方ない。単細胞生物の例として生物教師の福中を挙げ、呼び出されて説教された的山と同水準の解答か少し上ぐらいの答えじゃないかと、俺の事情を知っていたらセイコラは感じただろう。
「まあ上がなんで戦争をしているかってところを説明するぞ。元々今の国王、ヨアキム王とノース・ヴィジャーの総統に当たるニコライ・バーリは元々兄弟だったんだ。ヨアキム王が弟でニコラスが兄貴だった」
「要するに兄弟喧嘩ってことですか」
なるほど、そう言うことかと思って納得しかけたところで、セイコラがまだ話を続ける。
「まとめるのが早すぎるわ。最後まで話を聞けダグラスよ。まだ続きがあるんだ。前の国王、オスヴァルド王ってのがもともと傍流出身だったんでよ。皇太子の息子だったが父親が早世してその弟が王位を継いだから、厄介者ってわけでノース・ヴィジャーの領主として王都から離れて傍流に甘んじていた。けれど先々代の国王が後継ぎを残さずに死んだから、オスヴァルド王が即位された。王になったときには四十二歳でニコライも十歳ぐらいだったな。これが二十五年前の話。俺がまだ十四歳の頃の話だから、ちょっと詳しいところが分からねえけどな」
えーっと、本題に入る前の話が長いけど、ニコライって敵の大将は国王の兄貴で、なんかいろいろあったってことか。
「ただ、貴族連中が今まで居た王族の血も残してほしいということで、先々代の国王の妹を娶りその間に男子が生まれたらその子を国王にする、って条件付きで即位したらしい。その男子ってのがヨアキム王のことだ」
「で、なんでその条件があったのに後継ぎのことで揉めてるんですか?」
呆れたと言いそうな感じでセイコラが話始める。
「当たり前だろお前、即位前からの大変だったころを知っている兄貴の方が、よっぽど国王にふさわしいと思うだろ。そうだから、オスヴァルド王は死ぬ直前までいろいろと根回しをしていたらしい。だが他の貴族連中、特にヨハンソンの叔父が強硬に反対した」
だからアイツの首を敵が執拗に狙うのか……。
「なんでそんな反対したんですか? 有能な国王の方がいいと思うのですが」
と、素朴な疑問を打ち明けてみる。今回のは割と的を射た質問だったのか、セイコラが良いこと聞くじゃねえか、みたいな表情で話を始める。
「まあ理由は二つあってだな。ヨハンソンの妹がヨアキム王に嫁いだってのが一つ。もう一つは宗教上の理由ってやつだな。アイツとその叔父は、イエスト教のお偉いさんも兼ねてるんだ。ヨハンソンは王都で司教をしているし、その叔父ってのはこの国の大司教。すなわちヨハンソン一家は、この国の宗教面での利権を一手に握っている。それが崩れるのが嫌だったんだろう。ニコライはムスロム教徒だから、その利権を認めないと踏んだにちがいない」
要するに、自分の権力のためってことか。日本史でも世界史でもよく有りそうな話だなあ。
「他にも貴族連中としたら、ニコライが王になれば先代がノース・ヴィジャー時代に居たころの側近が中央の方へさらに入ってくることになる。ポストや権力って言ったことを考えても反対するだろう」
権力闘争かぁ……。予想通りドロドロなんだな、戦争の起きる国ってのは。
「それに、ニコライの母親はノース・ヴィジャー地方のグルカン族の族長の娘だし、民族的な要素も含んでいると言えるな」
「要するに、権力と宗教と民族が問題なんですね」
「まあ、そう考えてくれたらいい。話が続くが、ヨアキム王が即位してからイエスト教徒の優遇政策、というかそれ以外の人間に対して不利な扱いが続くようになった。例えば文官になるにはイエスト教徒であることが必須とか、他宗教の信者は軍に入っても出世できないとか。まあそんな感じで不満が高まったからニコライを祭り上げて、というかニコライが主導してノース・ヴィジャー地方に反イエスト教連合を作った。そして、戦争になったって感じだ」
「なるほど、ありがとうございます。自分もそうだと思ってましたので」
「ホントかぁ? まあええわ。とりあえずダグラスがバカだってことはよく分かったわ」
若干評価は下がったかもしれないが、戦争の理由ってのが知れたのは非常に大きい。ただ、理由を知ったら戦う気が失せてきそうになる。
「じゃあ追加でもう一つ聞かせてください。セイコラさんはこの戦争についてどう思ってるんですか?」
そう思っていると、自然とこの質問が零れてきてしまう。なんでセイコラさんや他にの連中はこの戦争に向かうモチベーションがあるのだろうか。将軍は割と権力争いに首を突っ込めるような立場っぽいから、まだ分からなくもないが。
「は? 何言ってるんだ、お前は」
彼が顔をしかめる。マズい、地雷を踏んだか。
「オレたちは戦うのが仕事なんだ、政治のことには口を出せねえ。ただ、オレは生まれてこのかた宗教を信じようと思ったことは一度もない、だからちょっとアホらしいとは思ってる。まあ、もうすぐ四十で退役になるし、さっさと終わらせるか生きて故郷に帰りてえって感じだな」
目を細め少し寂しそうにそういった。
「じゃあ、引退したらどうするんですか?」
戦うのが仕事か……。後一年でリタイア? というか第二の人生の待っているこの人は良いかも知れんけど、俺はどうしたら良いんだろう。そう思っていると、プライベートなこととは言え、首を突っ込みたくなってしまう。
「さあな。オレは最初っから軍人ってわけじゃなくて、リッカルデ鉱山の警備隊から引き抜かれてきた身だし、軍人一筋ってわけじゃない。だから、適当に別の仕事を見つけて上手い事やっていくさ」
「そうですか……。俺もいつか退役する日が来るけどどうしたらいいんでしょうかね」
実際のところ、あと三ヶ月で死ぬ運命らしいから相談するだけ無駄かもしれんが。
「どうしたらいいじゃなくて、何がしたいか、ってことを考えた方がいいぞ。ただ、文官だけは止めとけ。お前のスッカスカな頭じゃ無理だ」
こういわれてもいかんせん反論できないことが悔しい。その後も、セイコラの話は続く。今までの戦争のこと、その背景など。話を聞きつつ馬上でなんとなく思うが、このヴァルタール王国の戦争の論理は、結局現代まで引きずられてしまっているではないのだろうか。俺が知る限り、中東の戦争も民族と宗教が原因だし、アフリカの内戦も民族と資源の分配という名の権力争いが原因らしいし。日本の方に目を向けても戦争こそ起きてはいないが、何とか学園の問題も結局はカネと他の政党との権力争いの一部じゃないか。人間の本性ってのは千何百年程度では変わらないらしい。
それと、クラスの中の諍いってのも結局一緒じゃないか。ここでの権力って要素が、異性からのウケや周りからの目というものに変わったに過ぎない。俺もそんなイザコザに足を突っ込んだこともあるから、それを嘲笑する資格があるのかと言えば「NO」の二文字が突きつけられるだろう。
「まあオレの話はどうだっていいんだよ、そんな湿気た面しながら考え込みやがって。そんなことより蝋燭の火を付けておこう。俺の顔なんてこんな暗かったら見えねえだろ」
そう言ってセイコラが蝋燭に火をつけ、前の馬車の後ろに差してあった古いものを外して固定する。辺りはとっくに真っ暗で、月明かりがかすかに俺らを照らしているだけだ。おそらく夜の八時ぐらいだろう。
「一応明け方になったら開けたところに着くらしいから、そこで休憩にしよう。どうしてもこの人数では気軽に休めねえ、場所の確保が大変だしな。それよりダグラス、作戦詰めようぜ」
そう言ってセイコラが懐から地図を取り出す。暗くて見えにくくて仕方がない。
「それにしても、なんでこんな夜中に進軍するんですか? 昼ではダメなんですか?」
「それは思うけど、人目を避けたいってのが大きいと思う。敵方には先発で行った三百人と現地で徴用した兵士しかいない、って偽情報を流して撹乱したいってのもあるしな」
そうか、思った以上に戦う前から駆け引きするもんなんだな。と、考えていたら
「仮国境沿いの地形はこんな感じになっておる。お前の作戦だと、奇襲した後に逃げて追撃してくる相手を待ち伏せて滅多打ちにするって感じだろ」
そう言って矢継ぎ早にセイコラさんが説明する。必死に目を細めながら地図を見つつ、どうしようかと考えてみる。
「そうですね。問題はどこで待ち伏せるかってことに……」
「そんなことわかってとるわ。まあそれに関しては任せる。言い出しっぺはお前だしな」
本当に俺に任せて大丈夫なんだろうか……。しばらく地図を眺めていたが、埒が明かない。もう、なんとでもなれと思いつつ、
「とりあえず、ここの丘と川沿いのところの二点ですかね。仮国境まで一気に引き返して、相手が追撃するところを上手く攻めたら向こうは反応できないでしょう。そして仮国境を越えたところで将軍の第一大隊と挟む形に持ち込めば……」
「そうだな、それでいいと思う。あとは突撃するのを誰にするかって感じだな。一応大隊のうち一つは奇襲しないといけないから俺かヨハンソンのどっちかって感じだな」
作戦を説明してみると、セイコラが思いのほか乗り気で俺の提案に賛成してくれた。でも、色々と考えなければいけなさそうだな。それにしてもどうしようか、セイコラの第五大隊は正規兵中心で統制がとれている。その一方で、ヨハンソン率いる第三大隊は徴兵者や従軍牧師、それと教会で集めた素人ばかりで任務をこなせるか非常に怪しい。奇襲するのもそうだが、待ち伏せ作戦を無事こなせるのかということも疑問だ。
「これに関しては第三大隊で攻撃をして、俺らの二大隊で待ち伏せがベストだと思います。正直な話、待ち伏せ側が突破されて総崩れになったら話にならないので」
「オレもそれでいいと思う。ただ、万が一囲んでから、第三大隊の動きが怪しければフォローに回れるよう上手くカバーしろよ」
それっぽいアドバイスの後、セイコラが左拳を握る。
「とりあえず、お前の大隊長デビュー、楽しみにしとくぜ!」
そういって俺の右肩を軽く叩く。すると鐙が外れバランスを崩し俺の体が地面に叩きつけられた。
「痛ててて、何するんですか」
「ま、まさかあんな軽くドツいただけなのに……」
こんなことで落馬するとは、俺はジョージ・ダグラスを演じるのにまだ力不足ってことか。
そうこうしたのちに休憩を取った後、さらに一日進軍を続け、俺たちは一日半以上に及ぶヴェルメッタへの行軍を終えた。




