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第一章1「隣の芝」

 時は早朝。大きな三面鏡のある洗面台の前。セットしてもあまり変わらないほどの短髪に必死にワックスをつけているのは、荒坂俊平という名の少年だ。


 なぜそんなに必死になっているかというと、今日が高校の入学式だからだ。


 一応、必死に勉強をして、そこそこ偏差値の高い高校へ入学することが出来た。家からも近いし、俺にとっては完璧な入学先と言っていいだろう。


 これからきらびやかな高校生活、青春が、始まる…………とは思っていない。


 期待はすればするほど損をする。齢16にして学んだ人生の鉄則だ。アニメのような青春ハイスクールが始まるって?そんなものこの世界には存在しない!美少女だらけのクラスだって?美少女はこの世に存在しない!


 自分の心の奥底から湧き上がってくる、無駄な期待をそうやってひねりつぶしていく。


 だが一応だ。一応、身なりは最大限整えて学校へ向かうことにしよう。一応だ。


 そうして、朝食を食べ、歯を磨き、少し踊っている胸に鉄槌を下しながら家を出発した。歩きで十分行ける距離なので、歩きで学校に向かう。その方がなんか青春っぽいからだ。


 俺は車を見ないように、下を向いて歩く。走っている車を見てしまうと、なぜだか吸い込まれていきそうになるからだ、そのまま車に轢かれたところで後悔はしないだろうが、運転手に迷惑が掛かってしまうのは嫌だ。死ぬならだれにも迷惑をかけずに死にたい。だから、今日も例にもれず、下を向いて歩いて行った。


 そのまま、学校に着いた。学校に来るのは二度目だが、前来た時とは違っていた。


「きれいだ。」


 満開の桜が質素な学校を彩っていた。入学式にはすでに桜は散っているイメージだが、今年は咲くのが遅かったらしい。その美しさに思わず声を上げてしまうほどだ。だが同時に、どこかもどかしさを感じた。


 きれいな景色に苛立ちを覚えたのだ。この美しさはうわべだけの美しさだ。本当の世界はこんなにきれいじゃないのに、みんなこの景色に魅了されている。そのことに無性に腹が立ってきて、早歩きで式場に向かおうとしたその時。


 「消えろ消えろ消えろ消えろぉーー!」


 そんな入学式には聞こえてくるはずのない言葉によって、周りの新入生たち、および教員たちがざわめきだした。


 何事かと思って声の出どころを探した。大量の人がいる中、しかし、それは一目瞭然で。


 背の低い少女がのこぎりで桜の木を切っていたのだ。


「何やってんだあいつ。」


「何あの子。こわ。」


「あいつと同じクラスになりませんように。」


 当然、他の新入生には怖がられているし、引かれている。すでに関わりたくないのか、神に祈っているやつまでいる。


 そうすると、ガタイのいい男性教員たちがやってきて、捕まってしまった。持っていたのこぎりはあっさりと回収され、身を拘束された。


「離せ!筋肉野郎!こんなところでは終われないんだ!」


 背の高い教員に担がれ、ジタバタと抵抗しているが、意味をなさない。


 周りの新入生も静まり返り、担がれている少女に軽蔑の視線が送られていた。



 ——しかし、その場にたった一人、心を打たれた少年がいた。


 少年の視線は明らかに他のそれとは異なっており、軽蔑とは真反対の感情が込められていた。


 少年と少女の目が合った。これは偶然ではない。ほかの視線と違ったから目立ったのだ。背の高い教員に、肩に担がれて、全員を見渡せる視界にいる少女は、彼の視線が目に付いたのだ。その瞬間、少女の抵抗は止み、校舎の中に連れていかれて見えなくなるまで、両者目を離さなかった。

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