二話
そこにいたのは、狼人と思われるひとりの女性だった。異種族の見分けは中々付かない。桃太郎も、自らのメンバーの見分けで精一杯だ。たぶん、他のメンバーもそうだろう。だがそんな中、酒に弱い癖に事故で酒を飲みがちだった雷仁が、その度に嫁の話をしてきた。
__月が誰よりも似合う美しいぐれーの毛皮でございましてなあ。凛として強く、しなやかに……世界一の美人でした。私は彼女の目に留まるために、永く送り狼をしたものです。
絵師に描いてもらったと言う絵姿を飽きるほどに見せられて、確かに美しい毛並みの狼人だと思った記憶がある。
そんな。
大切な仲間の伴侶。
それが、貶められている。
無理やり押さえつけられて、今にも貞操が奪われようとしている。桃太郎は自然と、隠し刀の鞘に手をかけていた。
(…………ここは人が多すぎる)
霧火の言葉が頭によぎる。今まさに女達を逃しているだろう彼女の苦労や、彼女からの説教を思うと、ため息が出る。
(__だから、静かにやった方がいい)
「あ? なんだ、テメェ……」
鬼人の一人に近づいた。その手首を掴み、じっと無表情で睨むように目を見た。
「__彼女から離れてくれないか」
女の言葉に、鬼人は鼻で笑い飛ばす。
「彼女の代わりは私がする」
ごとり。何かが落ちる音がした。
「手土産だ。鬼」
片腕が軽くなった気がする。ふと鬼が目を逸らせば、そこにはあるべきはずのものがなかった。
__子供の時から、誰にも負けなかった。
鍛錬をせずとも国一番の剣士となれただろう。だが桃太郎は努力を怠らず、やがて人の身には届かない頂に手を伸ばした。
才能で片付けることが恐ろしいほどに。
「お、おい!! この女がどうなっても」
その言葉が紡がれるより先に、鬼の首が飛んでいた。返り血を浴びた人質の女が悲鳴を上げる。桃太郎が手を伸ばすより先に、霧火がその手を掴んでいた。
「このバカ!! あんたってばいつもこうなんだから!」
「ごめんなさい」
正直に謝ると、霧火はふっと笑った。
「責任を取るなら、戦士らしく取りなさいよ」
「ああ」
__五分で片付ける。女性達を頼んだ。
桃太郎の言葉を、背中合わせの霧火がどこか寂しそうに頷いていた。
そこに広がっていたのは紛れもない血の海だった。
女達は無事に逃げ出した。鬼達の骸が転がるその場所で、桃太郎はひとり悪鬼のような出立ちで君臨していた。
「くそ。こいつ……化け物か!?」
「女とは思えねえ……たかが人族に、何でこんな怪物がいやがる! 数だけの生き物じゃねえのかよ!!!」
焦った鬼達が金棒を振るう。桃太郎はそれを半身で躱すと、返り血すらつかぬ速さで鬼を両断した。
すると、役者のような演技ぶった声がする。
「おお! 美しき女御よ。我が同胞を嬲るのはそのあたりにしてやってくれないか」
桃太郎の刃が金棒によって押し留められる。
__鬼の頭首だ。
「名は?」
愉快そうに笑った男。先程から幾ら部下共を切り捨てようと観戦に耽っていた。そして今もなお、怒りの一つすら見せない。
「桃太郎。この鬼ヶ島を滅ぼしにきた。お前の討伐も目的の一つだ」
「ほう。噂の剣士は女御であったか!! 愛いのう。我の妻の一人になる気はないか? 遇するぞ。我は強かな女が大層好みだ」
「くだらん。数多の者を攫い、殺し、財を盗み、多くの尊厳を貶める男に嫁ぐ道理はない」
「は、残念だ。まあ、強かな女の戦場を見れるのは悪くない。今宵の肴にするとしようか」
「………肴?」
片手間で済む。そう言われた気がして、桃太郎は眉間に皺を寄せた。
そして同時に、背後から強襲する鬼の気配を感じとる。数は少ない。けれど、先程の鬼達と比べるまでもない鬼人の気配だった。
「成る程、幹部か。名前は覚えてないがいたな、確か。何人か」
デカさだけなら頭首をも上回るデカブツ。デカさだけなら頭首以下だが、まあクソでかいデカブツ。
「数が減っているが、やったのは私の仲間か?」
「どうだろうな」
それらを一瞥して、桃太郎は薄ら笑う。
「……これだけの手勢とは、舐められたものだな。私も」
「本当にそうかは試してみると良い。我が見込んだ臣下だ」
「じゃあ、そこらに転がる鬼は捨て駒か。練度が違いすぎる」
「はてさて。何のことやら」
桃太郎は子供の頃から異端だった。
教えてもないのに剣の持ち方がわかり、三つなのに熊を狩れる。
同胞である人族は愚か、親兄妹にすら恐れられた。
ひとりぼっちで、する事がなかった。
本を読むのにも飽きて、自然の中を遊び場にするようになった。やがて強さを求め続け、やがて今この場に立つまでになった。
今までの敵にも、大抵苦労はしなかった。どんなに強い鬼でも、桃太郎の手を煩わせると言うことはない。
幹部と呼ばれた鬼人達。それらが、地に倒れ伏していた。
「……………」
桃太郎には傷の一つもない。あの鬼共と同じようには行かなかったが、格の差は歴然だった。
「期待外れか? お前も」
桃太郎が挑発するように吐き捨てる。
鬼の噂。鬼の首魁。
数々の伝説を聞いた時、桃太郎は思った。
噂がまことなら、その鬼は私くらい強いのではないかと。
こと戦いにおいて、桃太郎は今まで苦労の一つもせず生きてきた。
悪行を行う鬼は確かに気に食わなかったが、同時に思っていた。
人生に一度くらい、苦戦というものを味わってみたい。血湧き肉躍る戦いを、味わいたい。
「素晴らしい………!!」
ああ。ああ…! 気持ち悪い嬌声をあげた鬼が、桃太郎をジッと見つめてきた。
「良い……その力……なんと美しい。なんと可憐だ。よもやおったか。この退屈な世に、そなたのような傑物が!!!!」
金棒を投げ捨てた頭首が、酒を投げ捨ててその手を伸ばす。
「……愚かな」
「構わん!! 恋に堕ちた男は皆愚者となるものよ」




