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第三十四話:光の勇者、あるいは承認欲求の化け物



 人間界最大の国家、グランベルク王国の王城地下。

 『召喚の間』と呼ばれる巨大な空間は、張り詰めたような緊張感と、重苦しい空気に包まれていた。


「……魔力充填、規定値の九割を突破。これより、召喚の儀を開始します」


 宮廷魔術師長が、震える声で告げた。

 周囲を取り囲む数十人の魔術師たちも、皆一様に顔を青ざめさせ、冷や汗を流している。

 それもそのはずだ。勇者召喚の儀式は、莫大な魔力とリソースを消費するため、一度行えば数ヶ月は再実行できない。

 だが、彼らが恐れているのは「失敗(何も召喚されないこと)」ではなかった。


 数ヶ月前。

 彼らはこの場所で、世界を救う希望となるはずの勇者を喚び出そうとし――あろうことか、「世界の理から外れた最悪の化けヨリシロ」を召喚してしまったのだ。

 異形の怪異を連れ、ただそこに存在するだけで周囲の精神を汚染するあの男。

 王国に甚大な被害をもたらし、聖騎士団の精鋭を壊滅させ、今や魔王軍と結託して北の地に『魔都』を築き上げているという。


「……今度こそ。今度こそ、真の希望を」


 玉座に座る国王が、祈るように両手を組んだ。

 前回のハズレ(大厄災)を取り返すためには、何が何でも、魔王をも凌駕する「本物の勇者」を喚き出さなければならない。


「儀式、発動ッ!!」


 魔術師長の絶叫と共に、魔法陣がまばゆい光を放った。

 あまりの光量に、その場にいた全員が目を庇う。

 やがて光が収まると――魔法陣の中央に、一人の青年が立っていた。


 歳は十八、九だろうか。

 元の世界で着ていたであろう、見慣れない制服ブレザー姿。だが、その容姿は目を引くほどに整っていた。

 黄金の糸のような金髪に、意思の強さを感じさせる碧眼。背筋はピンと伸び、その立ち姿からは清廉なオーラが溢れ出ている。


「……ここは?」


 青年が、周囲を見回して呟いた。

 魔術師長が慌てて水晶玉(鑑定具)をかざす。次の瞬間、彼は狂喜の声を上げた。


「お、おおお……! 全属性適性! 常人の数千倍の魔力保有量! そして何より、『聖剣の加護』を備えております! 国王陛下、間違いありません! 真の、光の勇者様です!!」

「おお……神よ、感謝いたします……!」


 国王が立ち上がり、魔術師たちが歓喜の涙を流す。

 その熱狂の中、青年――神宮寺じんぐうじ ひかるは、微かに口角を上げた。


「……事情は、なんとなく察しました」


 ヒカルは胸に手を当て、爽やかで、誰もが好感を抱くような完璧な笑顔を浮かべた。


「僕が呼ばれたということは、この世界が危機に瀕しているのですね。ご安心ください。僕が必ず、皆さんを救ってみせます」

「おお、勇者ヒカル殿……! なんという頼もしさか!」


 王城の地下は、彼を称賛する声で満たされた。

 ヒカルはその歓声を全身に浴びながら、内心で深い快感に浸っていた。


(あぁ……いい。この視線。この期待、そして熱狂)


 ヒカルの心を満たしているのは、正義感でも使命感でもない。

 彼自身の強烈な『承認欲求』だった。


 元の世界でも、彼は常に世界の中心だった。

 スポーツ万能、成績優秀、誰にでも優しく、教師からも生徒からも慕われる絶対的な人気者。

 彼は「自分が一番であること」「全員の注目が自分に向いていること」に無上の喜びを感じる性質タチだった。

 逆に言えば、自分に注目しない者、あるいは自分より目立とうとする者は、彼にとって「敵」でしかなかった。


(……だが、自ら手を下すような真似はしない。そんなことをすれば、僕の完璧な『好青年』という評価に傷がつくからね)


 元の世界で、彼が「敵」と認定した人間は、気がつけばクラス中から孤立し、悪者として扱われ、居場所を失っていた。

 ヒカルが巧みに噂を流し、周囲を誘導し、「ヒカル君を困らせる悪い奴」というレッテルを貼って陥れていたのだ。

 彼は、自分が光り輝くための「舞台装置」を作る天才だった。


「勇者ヒカル殿。貴方には、魔王討伐の旅に出ていただきたい。……ですが、その前にもう一つ、この国の脅威となっている『厄災』を排除していただきたいのです」

「厄災、ですか? もちろん、構いませんよ」


 ヒカルが優しく微笑むと、国王は苦々しい顔で告げた。


「魔王領の南端に、いつの間にか築かれた異端の街……『魔都』。そこを治めているのは、日傘を差した黒服の男です。おぞましい異形の化け物たちを侍らせ、周囲を狂気に染め上げる、世界の理から外れた悪魔……」

「…………」


 その特徴を聞いた瞬間。

 ヒカルの笑顔が、ほんの数ミリだけ引き攣った。


(――黒服の男。異形の化け物を侍らせている……?)


 黒服の異常者。その言葉の響きから、ヒカルは元の世界での忌まわしい記憶を不意に思い出した。

 彼がどれだけ完璧に振る舞い、周囲の視線を独占しようとしても、絶対にこちらを見ようとしなかった唯一の存在。


(そういえば……向こうの世界で、僕の視線スポットライトを奪う目障りな奴がいたな)


 常に黒服を纏い、何もない虚空に向かって優しく微笑みかけ、愛を囁き、見えない「何か」とイチャつくように歩いていた男。

 現代日本において、あいつの愛する「怪異」たちは常人には見えなかった。

 だからこそ、周囲の人間は「虚空に愛を囁く異常な男」を気味悪がりながらも、同時に「怖いもの見たさ」で強烈な関心を向けてしまっていたのだ。


 自分が世界の中心であるべきなのに、あいつがただそこにいるだけで、みんなの視線が無自覚に吸い寄せられる。ヒカルにとって、自分に一切の興味を持たず、ただの異常性で注目を集めるその男は、許しがたい『敵』だった。


(まさか、あいつもこの世界に来ているのか……? いや、日傘なんて差していなかったし、ただの偶然の一致かもしれないが)


 だとしても。もしあの「見えない何か」が異世界で実体化して化け物になったとしたら。日傘を差しているのは、その化け物たちが日光を嫌うからだとしたら。


(……どちらでもいい。ただの似た別の厄災だとしても、もし『あいつ』だったなら、最高だ)


 ヒカルの瞳の奥で、ドロドロとした黒い感情――強烈な嫉妬と憎悪が渦巻いた。

 元の世界では、直接手を出せばこちらが呪われそうで避けていた。

 だが、この世界では違う。

 自分は『光の勇者』。そして敵は『世界の脅威たる厄災』だ。

 これほど完璧な舞台があるだろうか。


(許さない。僕から視線を奪う異物は、徹底的に排除する)


 ただ殺すだけでは足りない。

 あの不気味な男を、世界中の誰もが憎む「絶対的な巨悪」へと仕立て上げるのだ。ヒカル自身の巧みな話術と印象操作で、あいつを救いようのない悪役にプロデュースしてやる。

 そして、自分はその巨悪を打ち倒す、史上最高の悲劇と栄光を背負ったヒーローになる。


「……勇者殿? いかがなされましたか?」

「あ、いえ。その厄災の非道さに、胸を痛めていたところです」


 ヒカルはふっと伏し目がちにさせ、慈愛に満ちた(ように見える)表情を作った。


「その男、絶対に許せませんね。僕が必ず、この剣で断罪してみせます。皆さんの平和な笑顔を取り戻すために」

「おお……!!」


 王城の地下が、再び歓喜と感動の涙に包まれる。

 ヒカルは心の中で嘲笑った。

 チョロいものだ。この世界の住人も、僕の最高の舞台を引き立てるための、優秀な観客エキストラになりそうだ。


「待っていろよ、黒服の男。……この世界は、僕(主役)のものだ」


 ヨリシロの無自覚な狂信の拡大と時を同じくして。

 人間界では、底知れぬ承認欲求と悪意を秘めた「光の勇者」が、彼を陥れるための猛毒のシナリオを描き始めていた。

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