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第三十二話:呪詛学の権威、あるいは深淵を覗く変態の来訪



 魔都ヨリシロの巨大な城門前。

 そこでは、見張りに立っていた影食い族の門番たちが、困惑した表情で槍を交差させていた。


「通してくれ! 頼む! 私は噂を聞いてやってきたのだ! この世の理から外れた、究極の呪いがここにあると!」

「お、お気持ちはよく分かります! 素晴らしい呪いへの探求心ですが、まずは入街の手続きをしていただかないと……!」


 門番が押し留めようとしているのは、異様な風体の人物だった。

 身長は低く、ダボダボのローブを羽織っている。だがそのローブの表面には、隙間がないほどに禍々しい「呪符」がびっしりと貼り付けられており、背中には身の丈ほどもある分厚い魔導書や、奇妙な骨のオブジェを背負っている。

 フードの下から覗く瞳は、血走って爛々としていた。


「手続きなど待ってられん! 私は呪詛学と儀式魔術の権威、マキナだぞ! 私の魂が、今すぐその深淵を拝ませろと叫んでいるのだ! さあ、私に『歩く特級呪物』を拝ませてくれ!」


 マキナと名乗ったその人物が、ヨダレを垂らしながら身を乗り出した、その時。


「……僕のことかな?」


 俺――ヨリシロが、日傘を回しながらガイたちを引き連れて姿を現した。

 俺の姿を見るなり、マキナの動きがピタリと止まる。


「ヨリシロ様!」

「ご苦労様。下がっていいよ」


 門番たちを下がらせ、俺はマキナと相対した。

 マキナは瞬きもせず、穴が開くほど俺を――正確には、俺の「肌」と「背後」を凝視している。

 その血走った目が限界まで見開かれ、全身がブルブルと痙攣し始めた。


「あ、ああ……! ああああああっ!!」


 マキナが突然、両手を天に掲げて天を仰いだ。


「なんという……なんという深淵! なんという質量だ! 空間を捻じ曲げるほどの極上の怨念が、一つ、二つ、三つ……いや、四つも! しかも、それらが互いに反発することなく、貴方という一つの『キャンバス』に完璧な調和ラブをもって定着している!」


 マキナの鼻から、ツーッと赤い血がツーッと一筋流れた。

 興奮のあまり鼻血を出したのだ。


「す、素晴らしい……! 実用性ばかりを追い求める現代の魔法体系にはない、純粋で冒涜的な『概念の暴力』! 文献でしか見たことのない、理不尽な死のルール! ……ああっ、最高だ! どうか私を呪い殺してくれェェッ!!」


 マキナはその場に崩れ落ち、俺の靴にすがりついて額を擦り付けた。

 ガランドのような「研究対象としての歓喜」とはまた違う。純粋な「呪いに対する変態的な信仰心」だ。


「……ヨリシロ様、この者、危険では……」


 背後にいたガイが、ドン引きした顔で俺に耳打ちする。元聖騎士の彼からすれば、この狂態は理解の範疇を超えているだろう。

 だが、俺は最高の笑顔を浮かべていた。


「いいや、素晴らしい人材(変態)だ。こういう熱意のある専門家を求めていたんだよ」


 俺はしゃがみ込み、マキナの肩に手を置いた。


「マキナさん。僕はヨリシロ。この街の領主であり、君が言う『歩く特級呪物』の器だ」

「おお……ヨリシロ閣下……! どうか、どうか私を貴方の側で研究させてください! 便所掃除でも、実験台でも何でもします!」

「実験台にはしないよ。君のような権威をそんな風に扱うのは勿体ない」


 俺は日傘の柄で、背後のガイとルナを指した。


「君のその熱意と知識を見込んで、仕事クエストを依頼したい」

「仕事、ですか?」

「ああ。そこにいる二人の『体質改善』だ」


 俺は、ガイとルナの現状――元聖騎士ゆえの強大な聖気が、ヨリシロ教の尊い呪い(愛)を弾いてしまうという悲劇を説明した。


「……なるほど。強固に結びついた聖なる加護が、悪霊の定着を阻んでいると」


 マキナは鼻血を拭い、学者の顔になってガイたちをジロジロと観察した。

 ガイとルナは、その禍々しい視線に思わず後ずさる。


「ガランド執事長……死霊術の専門家ならば『アンデッドの魂を無理やりねじ込む』と考えそうですが、それだと彼らの肉体が壊れてしまいますね。聖気と邪気は対消滅を起こしますから」

「そう。だから死霊術(物理)ではなく、君の得意な呪詛学(概念)のアプローチが必要なんだ」


 俺の言葉に、マキナはニタリと、耳まで裂けたような笑みを浮かべた。


「お任せください、閣下。私の見立てでは、彼らの『聖気』を抜くのは不可能です。骨の髄まで染み込んでいますからな。……ならば、抜かずに『反転』させればいいのです」

「反転?」

「はい。彼らの内にある『聖なる力』のベクトルを、巨大な儀式陣によってバグらせるのです。……幸い、彼らはすでにヨリシロ閣下に対する強烈な『狂信』を抱いている。その信仰心を触媒にして、彼らの清らかな光を、底知れぬ『呪いの光』へと書き換える……名付けて、『聖なる呪い(ホーリー・カース)反転の儀式』!」


 マキナが両手を広げて高らかに宣言する。


「彼らは呪われるのではありません。彼ら自身が、聖なる力を持ったまま、極上の『呪いそのもの』になるのです!」

「……!」


 ガイとルナが息を呑んだ。

 彼ら自身が、ヨリシロの愛の体現者(呪い)になる。

 それは、彼らが喉から手が出るほど欲していた「教団における存在意義」だった。


「や、やります! やらせてください!」

「どんな激痛でも、精神が崩壊しようとも耐え抜いてみせます! 我らを、あの方の呪いに染め上げてください!」


 二人はマキナの足元にひれ伏し、懇願した。

 マキナは「クックック……素晴らしいモルモット……いや、信徒だ」と喉を鳴らす。


「決まりだね。マキナ、今日から君を魔都の『呪術研究顧問』に任命する。予算と場所はいくらでも用意するから、すぐに儀式の準備に取り掛かってくれ」

「はっ! ありがたき幸せ! 私の持てる全ての呪術的知見を注ぎ込み、最高の『狂信の騎士』を誕生させてみせましょう!」


 こうして、魔都ヨリシロにまた一人、強烈な個性(変態)を持つ幹部が加わった。

 ガランドが軍事と内政を担うなら、マキナはオカルトと人体(魂)改造のスペシャリストだ。


「……さて。どんな姿に生まれ変わるか、楽しみだね」


 俺は期待に胸を膨らませた。

 ヨリシロ教の狂信を物理的な暴力に変換する、最強の異端審問官。

 彼らが完成すれば、勇者や聖騎士団に対する強力な対抗策になるはずだ。


 魔都の深淵で、新たな「悪夢」の産声が上がろうとしていた。

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