第ニ十八話:呪いは愛、そして僕は教祖になった
Side カナタ
ヨリシロ様が、奥方様たちを連れて北の戦場へ旅立ってから数日が経った。
主のいない『魔都ヨリシロ』は、今日も分厚い雲と霧に覆われ、昼間でも夜のように薄暗い。
普通なら陰気で憂鬱な風景かもしれない。でも、今の僕には、この暗さが心地よい毛布のように感じられる。
僕は今、街の広場にいた。
そこには、新しく住民となった『影食い族』の人々が集まっていた。
「……カナタ様。お加減はいかがですか?」
影食い族の長老が、申し訳なさそうに声をかけてくる。
彼らは皆、痩せ細り、灰色の肌をして、どこか怯えるように背を丸めている。
「大丈夫だよ、長老さん。僕の『お友達(怨念)』たちも、この街の空気が気に入ってるみたいで大人しいんだ」
僕は肩に乗る重み――数千の死者の霊に触れながら答えた。
以前なら、この声が怖くて震えていた。でも今は違う。
ヨリシロ様が教えてくれたから。「それは愛だ」と。
「……そうですか。それは良かった」
長老は力なく微笑んだが、すぐに表情を曇らせた。
彼だけじゃない。周りにいる移民たち全員が、沈痛な面持ちで俯いている。
「どうしたの? 何か困ったことでも?」
「いえ……困っているのは、領主様の方でしょう」
長老が重い口を開いた。
「聞きました。ヨリシロ様が戦場へ向かわれたのは、我々を養う食料を買うためだと」
「うん、そうだけど」
「やはり、我々は疫病神なのです。我々がいるせいで作物は枯れ、土地は死に絶える。その尻拭いのために、あのような高貴な方が血を流しに行かれるなんて……」
すすり泣く声が広がる。
彼らは自分たちを責めていた。
ずっと迫害され、「お前たちのせいで不幸になる」と言われ続けてきた彼らにとって、ヨリシロ様の優しさは逆に罪悪感を刺激するものだったのだ。
「申し訳ない……。我々はここにいてはいけないのかもしれない……」
「出て行くべきだ……これ以上、あの方に迷惑をかける前に……」
絶望が伝染していく。
このままでは、彼らは自分から街を出て行ってしまうかもしれない。
ヨリシロ様がせっかく作ってくれた、この居場所を捨てて。
だめだ。
そんなの、ヨリシロ様が悲しむ。
「……違うよ」
僕は声を上げた。
自分でも驚くほど、はっきりとした声だった。
「違う。みんな、勘違いしてる」
「カナタ様……?」
「ヨリシロ様は、迷惑だなんて思ってない。むしろ、喜んでた」
僕は、あの時のヨリシロ様の言葉を思い出す。
僕の呪いを「美しい」と言い、抱きしめてくれた時の温かさを。
「僕もそうだった。自分についている呪いが怖くて、嫌いで、死んでしまいたかった。村の生き残りは僕だけ。だから、みんなの怨みを買っているんだって思ってた。でも、あの方は言ったんだ。『それは呪いじゃない。愛だ』って」
僕は自分の胸に手を当てて、集まった人々に語りかけた。
「村のみんなは、僕を殺したいんじゃない。ただ、一人残された僕が寂しくないように、ずっと一緒にいてくれているだけなんだ。……この重みは、彼らからの愛なんだよ」
僕は長老の方を向き、言葉を続けた。
「君たちのその『影を食べる体質』だって同じだ。生まれつき背負ったその呪いは、神様が君たちを選んで与えた『試練』であり、形を変えた『愛』なんじゃないかな?」
「愛……? これが、ですか?」
「そうだよ。そして、あの方は、僕たちのその『負の部分』ごと愛してくれた。作物が育たない? 街が暗い? それがどうしたのさ。あの方は、その『死んだ土地』こそが美しいって言ってくれたんだよ!」
僕の中に、熱いものがこみ上げてくる。
これは信仰だ。
世界中が僕たちを否定しても、ヨリシロ様だけは全肯定してくれる。
「神様がくれた呪いを、そのまま受け入れて愛してくれる。……それって、ヨリシロ様こそが、僕たちにとっての『本当の神様』だってことじゃないか!?」
罪悪感なんて持たなくていい。僕たちが信じるべきは「常識」じゃない。あの方の「言葉」だ。
「僕たちがすべきことは、謝ることじゃない。もっと暗く、もっと陰湿に、この街を呪いで満たすことだ!」
僕は拳を突き上げた。
「それが、あの方への一番の恩返しなんだ! あの方が帰ってきた時、『わあ、最高に空気が悪いね!』って笑ってもらえるように!」
シーン……。
一瞬の静寂。
誰かが息を呑む音が聞こえた。
「……カナタ様」
長老が、震える声で尋ねてきた。
「本当に……我々は、愛されているのですか? この、忌まわしい呪われた血ごと?」
「そうだよ。ヨリシロ様は、君たちのその暗さが何よりも美しいと言ったんだ」
長老の隣にいた女性も、おずおずと口を開く。
「作物を枯らし、周囲を不幸にする私たちでも……あの方のお傍にいていいのですか?」
「いいに決まってるじゃないか。あの方は、不幸を撒き散らす君たちだからこそ、側に置いてくださったんだ」
さらに、子供を抱いた母親が涙ながらに問う。
「石を投げられないのですか? 化け物だと、罵られないのですか?」
「罵るどころか、あの方は君たちを『理想の住人』だと誇りに思ってくれている。……信じて。君たちは、世界で一番、あの方に愛される資格があるんだよ」
僕の言葉に、彼らの表情が崩れていく。
長きにわたる迫害と自己否定。その分厚い殻が、たった一つの「肯定」によって溶かされていく。
「……おお」
「おおお……!」
長老の目から、涙が溢れ出した。
それは先ほどまでの自責の涙ではない。救済された者の、歓喜の涙だ。
「そうだ……我々は、愛されているんだ……」
「呪いこそが愛……闇こそが光……」
「ヨリシロ様……! ああ、我らが主……!」
熱狂が広場を包む。
彼らの瞳に宿るのは、もはや感謝を超えた「崇拝」の色。
「カナタ様! もっと教えてください! あの方の言葉を! あの方の愛の深さを!」
「我々はどうすれば、あの方の愛に応えられるのですか!?」
人々が僕に詰め寄ってくる。
その熱気に押されそうになりながらも、僕は確信した。
ここで僕が導かなければ。ヨリシロ様の素晴らしさを、正しく彼らに伝えなければ。
「……分かった。僕が教えるよ。ヨリシロ様がどんなに慈悲深く、そして狂おしいほどに愛が重い方なのかを」
僕は近くにあった木箱の上に立った。
数千の怨念が、僕を後押しするように背中でざわめく。
「まず、あの方を讃える集まりを作ろう。名前は……『ヨリシロ教』だ」
「「「ヨリシロ教!!」」」
唱和が響き渡る。
広場にいたシズさんが「……は?」と口を開けて固まっているのが見えたけど、もう止まらない。
こうして、魔都ヨリシロに新たな組織が誕生した。
領主ヨリシロを絶対神とし、「呪い」と「愛」を同一視する狂信者集団。
その初代教祖には、呪われた少年カナタが就任した。
これが後に、大陸全土を揺るがす一大宗教になるとは、今の僕はまだ知る由もなかった。
ただ、ヨリシロ様が帰ってきたら、きっと喜んでくれる。
そう信じて、僕は布教(愛の説法)を始めたのだった。




