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第ニ十六話:領地経営は火の車、あるいは血の自転車操業



 『魔都ヨリシロ』に、待望の住民(影食い族)が定住し、街は理想的な陰鬱さに包まれていた。

 霧が立ち込め、どこからともなくすすり泣きが聞こえ、道行く人は生気がない。

 ホラー好きの俺にとっては天国のような環境だ。


 だが、現実はホラー映画のように甘くはなかった。


 ドンッ!!


 執務室の机に、分厚い書類の束が叩きつけられた。

 叩きつけたのは、執事長兼総司令官のガランドだ。彼の眼窩の蒼い炎が、怒り……ではなく、疲労と焦燥で揺らめいている。


「……閣下。ご報告があります」

「なんだい、ガランド。そんなに殺気立って。眉間のシワが増えるよ? 骨だからシワはないけど」

「冗談を言っている場合ではありません! これをご覧ください!」


 ガランドが指差したのは、真っ赤なインクで数字が書き殴られた羊皮紙――領地の収支報告書だった。


「……赤字だ。真っ赤だね」

「はい。それも破滅的なレベルの赤字です」


 ガランドは頭蓋骨を抱えた。


「原因は明白。我々が受け入れた移民『影食い族』です。彼らの特性により、この領地の『生気』は枯渇しました。その結果、農作物が一切育ちません」

「素晴らしい! 枯れた大地、最高じゃないか」

「食料自給率がゼロだと言っているのです! 現在、住民三百人と屋敷の食料は全て外部からの輸入に頼っています。その購入費と輸送費が、魔王軍からの支援金を遥かに上回っているのです!」


 さらに、とガランドは続ける。


「彼らは難民ですので、当面は税収も見込めません。つまり、金が出ていくばかりで、一銭も入ってこない。……このままでは、あと一ヶ月で我々は破産します」


 破産。

 その言葉の重みに、さすがの俺も真顔になった。

 破産すれば、この屋敷を手放すことになるかもしれない。妻たちとの愛の巣がなくなる。それだけは阻止せねばならない。


「……それは困るな。シズ、何か節約できるところは?」


 控えていたメイド長のシズが、冷ややかな目で首を横に振った。


「限界です。レイレイの衣装代、奥様方のドレス代、カナタ様の呪い抑制用のお香代……旦那様の浪費が一番の原因ですが」

「うっ」

「それに、影食い族の方々は『負のオーラ』を主食にしていますが、物理的な食事も必要です。彼らを飢え死にさせるわけにはいきませんよね?」


 八方塞がりだ。

 理想の街を作った代償として、経済が死んでしまった。


「……仕方ない」


 俺はため息をつき、立ち上がった。


「ガランド。魔王城に連絡を入れてくれ。『ヨリシロ伯爵家は、魔王軍の遊撃部隊として戦場に出る用意がある』とな」

「戦場に……ですか?」

「ああ。背に腹は代えられない。手っ取り早く大金を稼ぐには、傭兵稼業が一番だ」


 俺は壁に掛けられた世界地図を見た。

 人間界との国境付近では、依然として小競り合いが続いている。


「陛下と契約を結ぶ。僕と妻たちが『戦略級兵器』として最前線に赴き、敵を殲滅する。その報酬として、特別手当と食料支援をもらう。……いわゆる『出稼ぎ』だ」


 ガランドが少し考え込み、頷いた。


「……なるほど。閣下と奥方様方の戦力なら、師団クラスの報酬を要求できるでしょう。当面の資金繰りはそれで解決できます」

「だろう? 僕が血と汗(と敵の返り血)を流せば、みんな養える」


 俺が胸を張ると、妻たちが心配そうにざわめいた。


『ヨリシロ、働くの?』

『私たちが、殺せばいい?』


「そうだよ。みんなでピクニック(戦場)に行こう。君たちが暴れれば暴れるほど、美味しいご飯が食べられる」


 妻たちは『ご飯!』『デート!』と喜び、殺気を漲らせた。

 これで当座の危機は回避できるだろう。

 だが、ガランドはまだ渋い顔をしている。


「しかし閣下、それはあくまで対症療法です。領主自らが毎回戦場に出ていては、領地経営が疎かになります。長期的には、この街自体で利益を生み出す『産業』が必要です」

「産業か……。作物は育たないし、観光客も寄り付かない。どうしたものかな」


 俺は窓の外を見た。

 薄暗い霧に包まれた、死の街。

 普通の人間なら一秒もいたくない場所。

 ……待てよ?


「……ガランド、シズ。逆転の発想だ」


 俺の中で、黒い電球が灯った。


「作物が育たないなら、育つものを育てればいい。……このジメジメした暗い場所で、元気に育つものがあるだろう?」

「え? カビとか、キノコですか?」


 シズが嫌そうな顔をする。


「正解だ! 毒キノコ、幻覚植物、呪いの儀式に使う怪しい苔! 普通の土地では栽培が難しい『闇属性の植物』なら、ここでは腐るほど育つはずだ!」


 さらに俺の思考は加速する。


「それに、この街の『不気味さ』も商品になる。今はまだ無理だが、将来的には物好きな上級魔族向けに『恐怖体験ツアー(ホラーナイト)』を開催してはどうだ? 影食い族の演出付きで、本物の恐怖を味わわせるんだ」


 俺の提案に、ガランドの眼窩の炎が大きく燃え上がった。


「……おお! 毒物の生産と、恐怖の観光資源化! 確かに、それならこの劣悪な環境が、逆に強みになります!」

「だろう? みんなが嫌がる場所にこそ金脈はある。ゴズの受け売りだけどね」


 方針は決まった。

 短期的には、俺と妻たちが戦場で稼ぐ「血の自転車操業」。

 長期的には、特産品(毒・呪物)の開発と観光地化。


「ガランドは領地に残って、影食い族と一緒に『毒キノコ栽培』の実験を進めてくれ。シズはレイレイとカナタを使って、屋敷の留守番だ」

「承知いたしました。……死霊術を使って、最高に凶悪なキノコを品種改良してみせます」

「……はいはい。お土産は期待しないで待ってます」


 こうして、俺たちの「出稼ぎ」が決まった。

 愛する家族を養うため、魔界伯ヨリシロは戦場へ赴く。

 彼が通った後には、敵兵の死体と、積み上げられた報酬の金貨の山が残ることになるだろう。


「さあ、行こうかみんな。……稼ぎ時だ」


 俺は日傘を手に取り、不敵に笑った。

 魔王軍にとって、そして人間界にとって、悪夢のような傭兵団が動き出した瞬間だった。

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