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第ニ十五話:善良なる貴族の苦悩と、呪われた移民



 『魔都ヨリシロ』の建設は、新たな段階に入ろうとしていた。

 ガランドの指揮によるインフラ整備(不気味な街灯や迷路のような路地の建設)はほぼ完了。

 あとは、この街に住む「住民」を増やすだけだ。


 そんな折、屋敷に一人の来客があった。


「……お初にお目にかかります、ヨリシロ伯爵。辺境で領地を預かっております、バラム子爵と申します」


 応接室に通されたのは、羊のような巻き角を生やした老魔族だった。

 柔和な顔立ちと、仕立ての良い服。見るからに「善良」で「常識的」な人物だ。

 しかし、その顔色は優れない。心労で憔悴しきっているように見える。


「ようこそ、バラム子爵。僕のような新参者に、何かご用でしょうか?」


 俺が紅茶(シズ特製の激辛ブレンド)を勧めると、バラムは恐縮しながら口をつけ、むせ返ることなく、深刻な表情で切り出した。


「……単刀直入に申し上げます。伯爵、貴方の領地で『移民』を受け入れてはいただけないでしょうか」

「移民、ですか?」

「はい。私の領地には今、北方の紛争地帯から逃れてきた難民たちがおります。その数、およそ三百。……彼らを、どうかこの街で引き取っていただきたいのです」


 俺は眉をひそめた。

 難民の受け入れ。それは領主として大きな負担だ。食料、住居、治安維持。

 善良そうな彼が、なぜ厄介事を他人に押し付けるような真似をするのか。


「……理由をお聞かせ願えますか? 貴方はとても慈悲深い方に見える。彼らを追い出したいとは思えないのですが」

「もちろんです! 私は彼らを救いたい! ですが……」


 バラムは拳を握りしめ、苦渋の表情を浮かべた。


「彼らは……『影食い族』と呼ばれる、呪われた一族なのです」

「影食い?」

「はい。彼らは生まれつき、周囲の『生気』や『明るさ』を無意識に吸い取ってしまう体質なのです。彼らが住む場所は常に薄暗く、霧が立ち込め、作物は育たず、家畜は痩せ細ります」


 バラムは悲痛な声で続けた。


「彼らに悪意はありません。ただ、そこにいるだけで周囲を不幸にしてしまう。……私の領民たちは彼らを恐れ、出て行けと石を投げています。私は領主として、大多数の領民の生活を守らねばなりません。ですが、罪のない彼らを荒野へ放り出すことなど、私にはできない……!」


 少数を守れば多数が死ぬ。多数を守れば少数を切り捨てねばならない。

 善良な彼にとって、それは身を引き裂かれるようなジレンマだったのだろう。


「そこで、あの大夜会での貴方様を拝見したのです」


 バラムが顔を上げ、すがるような目で俺を見た。


「貴方様は、あの禍々しくも強力な『呪い(奥方様たち)』を、忌避するどころか愛し、受け入れておられた。……貴方様の治めるこの『魔都』ならば、彼らも迫害されることなく生きられるのではないかと……」


 なるほど。

 普通の街なら「害悪」でしかない特性。

 作物が育たず、薄暗く、霧が立ち込める。


「……ぷっ」


 俺は思わず吹き出してしまった。

 バラムが驚いた顔をする。


「は、伯爵?」

「ああ、失礼。……いや、素晴らしい。最高じゃないですか」


 俺は身を乗り出した。


「その『影食い族』の人たち、今すぐ全員連れてきてください。歓迎しますよ」

「ほ、本当ですか!? しかし、作物が育たなくなりますし、街全体が陰鬱な空気に包まれてしまいますが……」

「それがいいんじゃないですか!」


 俺は熱弁を振るった。


「僕はこの街を、世界一『陰気で不気味な場所』にしたいんです。人工的に霧を発生させる装置を作ろうかとガランドと相談していたところなんですよ。彼らが来てくれれば、天然のフォグ(霧)効果が得られるわけだ!」


 俺の反応に、バラムは呆気にとられた。

 彼は「同情」や「慈悲」を期待していたのだろうが、返ってきたのは「実利」と「狂気」に基づく歓迎だったからだ。


「それに、作物が育たないなら輸入すればいい。彼らには、その体質を活かして街の『雰囲気作り(演出)』を仕事にしてもらいます」


 俺は背後に控えるガランドを振り返った。


「ガランド、受け入れ準備だ。彼らの居住区は、街の入り口付近がいい。訪れた人間がいきなり『なんかこの街、暗くない?』と不安になるような配置にしよう」

「承知いたしました。……『影食い族』の特性は、遮光カーテン代わりにもなりますな。奥方様方にとっても過ごしやすい環境になるかと」


 ガランドも即座にメリットを理解し、手帳にメモを取る。


「あ、ありがとうございます……! なんて、なんて懐の深い……!」


 バラムは涙を流して感謝した。

 彼は俺を「偏見のない聖人」だと勘違いしているようだが、訂正する必要はないだろう。


 ***


 数日後。

 バラム子爵に引率され、三百人の『影食い族』が魔都に到着した。

 彼らは一様に痩せ細り、灰色の肌をして、どこか申し訳なさそうに背を丸めていた。

 彼らが歩く場所だけ、陽の光が遮られ、冷たい風が吹く。


「……ここが、新しい街?」

「また石を投げられるのかな……」


 不安そうに囁き合う彼らの前に、俺は立った。

 隣には、日傘を差した妻たちと、無表情なレイレイ、そして呪われた少年のカナタがいる。


「ようこそ、魔都ヨリシロへ! 私が領主のヨリシロだ!」


 俺は両手を広げて叫んだ。


「君たちの『暗さ』は、ここでは才能だ! もっと胸を張って、どんよりとしてくれ! ため息をつけばつくほど、この街は魅力的になる!」


 移民たちの代表である長老が、震えながら進み出た。


「……領主様。我々は、生きているだけで迷惑をかける種族です。本当に、ここにいてよろしいのですか?」

「迷惑? 勘違いしないでほしい」


 俺は長老の肩に手を置いた。

 その瞬間、彼から溢れ出る負のオーラが、俺の肌を心地よく撫でる。


「ここでは『明るく健康的であること』の方が罪なんだ。君たちのその陰鬱なオーラこそ、我が領土における『正装ドレスコード』だよ」


 俺の言葉に、長老は目を見開き、そしてボロボロと涙をこぼした。

 それは悲しみの涙ではなく、初めて存在を肯定された喜びの涙だった。


 こうして、魔都ヨリシロに初のまとまった住民が定着した。

 『影食い族』の加入により、街は昼間でも薄暗い霧に包まれ、気温は常に肌寒く、どこからともなくすすり泣きが聞こえる(住民が感極まって泣いているだけだが)という、完璧な心霊スポットへと進化した。


 バラム子爵は「貴方は真の貴族だ」と感謝の言葉を残して去っていった。

 彼のような「善人」とのコネクションも、今後役立つかもしれない。


「さて、住民も増えた。……そろそろ、次のステップ(強化計画)に進もうか」


 俺は霧に包まれた街を見下ろし、ガランドと共に怪しく笑った。

 街づくりは順調。

 だが、俺たちの目的はあくまで「勇者に対抗する力をつけること」だ。

 この環境を利用して、都市伝説たちをどう進化させるか。

 俺の頭の中には、すでに狂ったアイデアが浮かんでいた。

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