第ニ十四話:愛するものは、心中(スーサイド)より征服を望む
大夜会からの帰り道。
ガタゴトと揺れる馬車の中は、行きとは打って変わって重苦しい沈黙に包まれていた。
妻たちは、どこか不満げだった。
暴れ足りないからではない。俺――ヨリシロの様子が、普段と違うことを敏感に察知しているのだ。
「……ヨリシロ。怒ってる?」
胸元から、クチサケが不安そうに問いかける。
俺はハッとして、慌ててシャツの上から彼女を撫でた。
「いいや。君たちは最高だったよ。怒っているとしたら……自分自身にかもね」
俺は窓の外、遠ざかる魔王城を見つめた。
ヴァルド公爵の言葉が、耳にこびりついている。
『相打ちで勇者を殺せるなら安いものだ』
彼らは俺たちを認めたのではない。
「使えるゴミ」として再評価したに過ぎないのだ。
聖なる光に焼かれても動く執念。それを彼らは称賛したが、それは裏を返せば「焼かれながら死ぬまで戦え」という命令だ。
(ふざけるな……)
俺の手が、膝の上で強く握りしめられる。
俺の愛する妻たちは、兵器じゃない。家族だ。
勇者と相打ちになって消滅? そんな結末、断じて認めない。
馬車が『黒百合の館』に到着すると同時に、俺は全員を広間に集めた。
***
深夜の広間。
ガランド、シズ、レイレイ、カナタ。そして実体化した四人の妻たち。
全員が、俺の言葉を待っている。
「単刀直入に言おう。先ほどの会談で分かったことだが……魔王軍は、僕たちを『勇者に対する特攻兵器』として使おうとしている」
俺が公爵とのやり取りを伝えると、ガランドが眼窩の炎を揺らした。
「……やはり、そうですか。閣下のお話を聞く限り、公爵の考えそうなことです。聖なる力を苦手とする魔族にとって、奥方様方は都合の良い『盾』であり『矛』ですからな」
「ああ。彼らは、聖なる力が苦手な自分たちの代わりに、僕たちを捨て駒にする気だ」
俺は拳を握りしめた。
「僕は嫌だ。君たちを失うくらいなら、勇者も魔王軍も全員敵に回した方がマシだ」
俺の激情に呼応して、妻たちがざわめく。
だが、その言葉は俺以外には届かない。
『……許さない。ヨリシロを、困らせる奴……』
『殺す……殺す……』
クチサケやテケテケが殺気を撒き散らす。
ガランドが、そのあまりのプレッシャーに脂汗を流しながら、彼女たちに話しかけた。
「お、奥方様方。どうか落ち着いてください。我々で対策を……」
しかし、彼女たちはガランドを無視した。
いや、そもそも「認識」していないようだった。彼女たちの視線はヨリシロのみに固定されており、ガランドの声は雑音として処理されている。
「……やはり、ダメですか」
ガランドがため息をつく。
「閣下。奥方様方との意思疎通は、相変わらず貴方様を通さないと不可能ですな。これほどの知性(?)をお持ちなのに、他者とは一切関わろうとしない」
「彼女たちにとって、僕は世界の全てだからね。それ以外は『風景』か『障害物』でしかないんだ」
そう、これが彼女たちの特性だ。
人間はもちろん、魔族であるガランドやヴォルグの声すら、彼女たちには届かない。
例外なのは――。
「……あの、みなさん。ヨリシロ様が困るから、少し静かに……」
カナタが怯えながら声をかけると、テケテケがピタリと動きを止めて彼を見た。
『……うるさい。でも、弟だから許す』
言葉が通じた。
彼女たちは、同じ「怨念」や「呪い」を纏うシズやカナタ(の背後の霊)とは、波長が合うのかコミュニケーションが取れる。
この閉鎖的な関係性こそが俺たちの強みであり、同時に孤立を招く弱点でもある。
「だからこそ、強くならなきゃいけない」
俺は全員を見渡して宣言した。
「魔王軍が『使い捨て』にするのを躊躇うくらい、あるいは勇者ごときが裸足で逃げ出すくらい、圧倒的な『怪異』にならなきゃいけないんだ」
「強くなると仰いましても……具体的にはどうされますか?」
ガランドが問う。
俺は少し考え込み、そしてニヤリと笑った。
「今はまだ分からない」
「は?」
「だが、手はあるはずだ。彼女たちは『概念』だ。物理的なトレーニングや魔力の向上とは違う、もっと根本的な……『存在の格』を上げるような何かが」
俺は自分の刺青を撫でた。
都市伝説は、噂によって広まり、恐怖によって形作られる。
ならば、その「噂」や「恐怖」の質を変えれば、彼女たちは進化するのではないか?
あるいは、もっと別の――異世界の理を利用した強化方法があるかもしれない。
「ガランド。君は古今東西の禁術や伝承を調べてくれ。シズとカナタは、屋敷と街の『恐怖度』を上げるんだ。より濃厚な呪いの温床を作る」
「……承知いたしました。研究のしがいがありますな」
「分かりました。……はぁ、また忙しくなる」
方向性は決まった。
手段はこれから探す。だが、目的は一つだ。
「僕たちは、ただの『便利な駒』では終わらない。この世界そのものが、僕たちを無視できなくなるまで……恐怖の根を張り巡らせるんだ」
俺の言葉に、妻たちが嬉しそうに身をよじった。
ヨリシロが自分たちのために世界を敵に回そうとしている。その事実だけで、彼女たちの怨念(愛)は底なしに膨れ上がっていく。
俺たちの「生き残り」をかけた、あてのない、しかし確固たる強化計画が始まった。




