第ニ十二話:愛の決闘、あるいは一方的な蹂躙
大広間の中央。
即席のリングには、殺気立った吸血鬼の美女たちと、ドレスアップした俺の妻たちが対峙していた。
周囲の貴族たちは固唾を飲んで見守っている。
彼らの多くは、高位のアンデッドである吸血鬼の圧勝を予想していた。魔力、身体能力、知性。どれをとっても最上位の種族だからだ。
「……公爵。最後に一つだけ、忠告しておきます」
開始の合図を待つ静寂の中、俺――ヨリシロは静かに口を開いた。
「今すぐ『降参』した方がいい。これは親切心で言っているんです」
「はっ、何を言うかと思えば命乞いか? だが手遅れだ。我が花嫁たちに一度火がついたら、敵の血を啜り尽くすまで止まらんぞ」
ヴァルド公爵が鼻で笑う。
俺はため息をつき、首を横に振った。
「違います。心配しているのは、そっちの命ですよ」
俺は自分の妻たちを見渡した。
彼女たちの瞳には、理性などない。あるのは、俺を侮辱された怒りと、獲物を解体したいという純粋な欲求だけ。
「彼女たちは『怨念』そのものです。手加減、峰打ち、寸止め……そんな器用な概念は存在しません。一度解き放たれれば、相手が肉塊になるまで止まらない」
俺は公爵の目を真っ直ぐに見つめた。
「これは『試合』じゃない。『殺戮』になりますよ。……それでもやりますか?」
俺の真剣な警告。
だが、それは公爵のプライドを逆撫でするだけだった。
「愚弄するなッ! 我が眷属が、そのような悪霊ごときに遅れを取るものか! やれッ! その減らず口ごと引き裂いてしまえ!」
公爵が扇を下ろした。
それが、惨劇の幕開けだった。
「シャアアアアッ!!」
三人の吸血鬼が、目にも止まらぬ速さで飛び出した。
真紅のドレスを着たリーダー格の吸血鬼が、鋭い爪を伸ばしてクチサケに襲いかかる。
「死ねぇ! そのふざけた口を……!」
爪がクチサケの喉元に迫る。
魔力を纏ったその爪は、鉄板すら紙のように引き裂く威力がある。
だが。
「……私、きれい?」
クチサケがボソリと呟いた瞬間。
世界が止まった。
吸血鬼の動きが、強制的に停止させられたのだ。金縛りではない。「質問に答えなければならない」という呪いの強制力。
「は……? 何を……?」
吸血鬼が戸惑う。
その隙に、クチサケはベールを捲り上げ、耳まで裂けた口を見せつけた。
「……これでも?」
ギャァァァァァァァン!!
吸血鬼の悲鳴がかき消された。
クチサケが隠し持っていた巨大な裁ち鋏を一閃させたからだ。
吸血鬼は防御魔法を展開しようとした。だが、無駄だ。
問答無用。物理法則無視。
「きれい」と答えられなかった者に対する、確定した死の制裁。
ザンッ!!
鮮血の花が咲いた。
吸血鬼の身体が、腰から真っ二つに分断され、石畳に転がる。
内臓をぶちまけながら痙攣する美女。
クチサケは返り血を浴びて更に赤く染まったドレスで、恍惚の表情を浮かべていた。
「ひっ、ミ、ミラが!?」
残りの二人が動揺する。
一人が空へ逃げた。吸血鬼の得意とする飛行能力だ。
「上だ! 上から魔法で焼き尽くせ!」
公爵が叫ぶ。
だが、その判断は致命的だった。
「アハハハハ! 逃ガサナイヨォォォ!!」
床を這っていたテケテケが、バネのように跳躍した。
足がないのに、どうやって?
誰もがそう思うほどの超跳躍。彼女はミサイルのように空中の吸血鬼に追いついた。
「足! 足、チョウダイ!」
ジャキンッ!
すれ違いざま、テケテケの鎌のような腕が閃く。
吸血鬼の両足が膝から切断され、血の雨を降らせながら落下した。
「い、いやぁぁぁ! 私の足がぁぁぁ!」
地面に叩きつけられ、のたうち回る吸血鬼。
テケテケはその上に馬乗りになり、嬉々として残りの部位も解体し始める。
「……ば、化け物……」
最後の一人が、恐怖で後ずさる。
彼女は戦意を喪失していた。逃げようと背を向けた、その時。
「……もしもし」
彼女の背中に、冷たい重みが乗った。
誰もいなかったはずの場所に、黒いゴシックドレスの少女が張り付いている。
「私、メリーさん。……今、あなたの後ろにいるの」
ゾワリ。
吸血鬼は振り返ろうとした。だが、首が動かない。
見えない電話線のようなものが、彼女の首をギリギリと締め上げているのだ。
「う、ぐ……助け……公爵様……!」
「……ダメ。よそ見しないで」
メリーさんが耳元で囁く。
「後ろの正面……だあれ?」
ゴキョッ。
乾いた音が響き、吸血鬼の首が百八十度回転した。
彼女は自分の背中を見て、絶命した。
――静寂。
数分前まで華やかだった舞踏会場は、今や阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
三人の高位吸血鬼が、文字通り「瞬殺」されたのだ。
それも、一方的な暴力によって。
俺は日傘を開き、降り注ぐ血の雨を防ぎながら、呆然と立ち尽くすヴァルド公爵に歩み寄った。
「言ったでしょう、公爵。彼女たちは止まれないと」
俺の足元には、肉塊となった元・美女たちが転がっている。
再生能力の高い吸血鬼だが、呪いによる傷は癒えない。彼女たちは二度と動かないだろう。
「き、貴様……。私の最高傑作たちを……よくも……!」
公爵は震えていた。
怒りではない。根源的な恐怖でだ。
自分の理解を超える「理不尽な死」が、すぐ目の前にある。
クチサケが、テケテケが、血まみれの笑顔で公爵を見ている。
『次は、お前だ』と言わんばかりに。
「ひッ……!」
公爵が腰を抜かして尻餅をつく。
俺は彼を見下ろし、冷ややかに告げた。
「貴方の愛は美しかったですよ。形だけはね。……でも、命を懸ける覚悟のない愛なんて、僕たちにとっては遊びにもならない」
俺は妻たちを手招きした。
「おいで。もう終わりだ。これ以上汚すと、シズに怒られるからね」
妻たちが名残惜しそうに唸りながらも、俺の元へ戻ってくる。
俺はハンカチでクチサケの頬についた血を拭ってやり、テケテケの髪を撫でた。
「よくやった。美しかったよ」
その光景を見て、会場の貴族たちは悟った。
この男は、正真正銘の「怪物」だと。
人間でありながら、魔物以上に魔的な何かだと。
「……勝負あり! そこまで!」
玉座から、魔王ゼノンの声が轟いた。
魔王は愉悦に満ちた表情で拍手をしている。
「見事だ、ヨリシロ伯爵。貴様の愛の重さ、しかと見せてもらったぞ。……ヴァルドよ、これに懲りたら、二度と彼を侮るな。彼は我が国の『劇薬』なのだからな」
公爵は青ざめた顔で何度も頷くことしかできなかった。
騒動が一段落し、会場がどよめきと興奮に包まれる中、魔王ゼノンが玉座から降りてきた。
彼はまっすぐに俺のもとへと歩み寄ってくる。
「さて、ヨリシロ伯爵。そして麗しき奥方たちよ」
「はい、陛下」
「素晴らしい余興であった。だが、ちと騒がしくなりすぎたな。……場所を変えようか」
「場所を?」
「うむ。少し、込み入った話がある。……別室へ来い」
魔王の瞳が、悪戯っぽく、しかし真剣な光を宿して俺を見据える。
ただの称賛だけでは終わらない予感。
俺は妻たちと顔を見合わせ、恭しく頷いた。
「喜んで」
こうして、俺たちは魔王に連れられ、大広間の奥へと消えていった。
新たな都市伝説の幕開けは、まだ終わらないのかもしれない。




