表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/36

第ニ十一話:針の筵のダンスホール



 魔王城『パンデモニウム』の大広間。

 そこは今、魔界全土から集まった数千の貴族たちで埋め尽くされていた。

 シャンデリアの輝き、極上のワインの香り、そして生演奏のワルツ。

 魔族特有の豪奢で退廃的な空気が満ちる中、扉番が高らかに声を上げた。


「――新興貴族、ヨリシロ魔界伯爵、ご入場!」


 ザワッ……。

 その名が告げられた瞬間、会場の空気が変わった。

 好奇心、侮蔑、そして昨日の武闘大会で植え付けられた「恐怖」。

 全ての視線が入り口の一点に集中する。


 ギィィィ……。

 重厚な扉が開かれた。


「……さあ、行こうか」


 最初に足を踏み入れたのは、黒の燕尾服にシルクハット、そして場違いな黒い日傘を差した男――俺だ。

 そして、その背後から続く「花嫁たち」の姿に、会場中が息を呑んだ。


 カツ、カツ、カツ。

 真紅のドレスを纏い、口元のレースを鮮血で濡らしたクチサケ。

 ズルズル、ズルズル。

 長い黒髪と漆黒のドレスの裾を引きずり、床を這うように進むテケテケ。

 ピタ、ピタ。

 彼岸花を持ち、無表情で虚空を見つめる、赤と白のコントラストが眩しい花子さん。

 そして、俺の背中に張り付き、フリルの隙間から冷たい視線を送るメリーさん。


 美しい。

 だが、その美しさは生物としての「生気」を完全に欠落させていた。

 死の冷たさと、呪いの湿度。

 彼女たちが通るだけで、周囲の気温が下がり、ロウソクの火が青く揺らめく。


「……なんだ、あれは」

「死体か? 悪霊か? あんなものを連れて夜会に……」

「昨日の武闘大会に出ていた人形使いだ。……噂以上の悪趣味だな」


 囁き声が波のように広がる。

 眉をひそめる者、扇で顔を隠す者、露骨に距離を取る者。

 歓迎ムードは皆無。まさに針の筵だ。


 だが、俺は満面の笑みでその中を歩いた。


「見ろ、クチサケ。みんなが君たちに釘付けだ。あまりの美しさに言葉を失っているよ」

『……視線が、痛い。……切っていい?』

「ダメだよ。彼らは観客だ。芸術を鑑賞しているだけさ」


 俺は余裕の笑みで手を振ってみせた。

 その神経の図太さに、貴族たちがさらに顔を引きつらせる。


「……随分とご機嫌だな、成り上がりの人間風情が」


 波が割れるように、人垣が開いた。

 現れたのは、豪奢なマントを羽織り、ワイングラスを手にした老紳士。

 ヴァルド公爵だ。

 彼の後ろには、見目麗しい美女たちが数名控えている。全員、肌が白く目が赤い吸血鬼ヴァンパイアだ。


「やあ、公爵。昨日は素晴らしい試合でしたね。貴方のところの将軍、いい悲鳴でしたよ」

「……戯言を」


 公爵は鼻で笑い、俺の妻たちをねめつけた。


「神聖な建国記念の夜会に、薄汚い悪霊どもを引き連れてくるとは。……TPOというものを知らんのか? ここは貴族の社交場だ。墓場ではないぞ」

「おやおや。彼女たちは正装ですよ? ほら、このドレスの刺繍、素晴らしいでしょう?」

「服の話ではない! 中身の話だ!」


 公爵が声を荒らげる。

 彼は自分の後ろに控える吸血鬼の美女たちを指差した。


「見ろ、我が『花嫁たち』を。高貴な血筋、洗練された魔力、そして知性。これこそが闇の貴族に相応しい伴侶だ。貴様の連れているソレはなんだ? 知性のかけらもない、ただの怨念の塊ではないか」


 公爵の言葉に、周囲の取り巻きたちがドッと笑う。

 妻たちがビクリと反応した。

 クチサケの殺気が膨れ上がり、メリーさんが俺の背中を強く握りしめる。


 ああ。

 聞こえてしまったか。


 俺の笑顔が、スッと消えた。


「……公爵」

「なんだ?」

「訂正してください」


 俺は日傘を閉じ、公爵の目の前まで歩み寄った。

 身長差はある。魔力差も歴然だ。

 だが、俺は一歩も引かずに彼を見上げた。


「彼女たちには知性がない? ……ええ、そうかもしれませんね。彼女たちは『理屈』では動かない。ただ純粋な『感情』だけで存在している」

「だから下等だと言うのだ」

「いいえ、逆です。打算も、建前も、駆け引きもない。ただ相手を思い、憎み、殺したくなるほどの純度100%の情熱。……貴方の後ろにいる着飾ったお人形さんたちに、それほどの愛がありますか?」


 俺の視線が、公爵の花嫁たちを射抜く。

 彼女たちは怯えたように視線を逸らした。彼女たちの公爵への忠誠は、恐怖と支配によるものだ。そこに狂気じみた執着はない。


「貴方の愛は『支配』だ。僕の愛は『共存(依存)』だ。……格が違うんですよ、おじいさん」


 シーン……。

 会場が凍りついた。

 公爵の額に青筋が浮かぶ。彼が握っていたワイングラスが、パリンと音を立てて砕け散った。


「……貴様、言わせておけば」


 公爵の全身から、凄まじい魔力が噴き出した。

 紅い霧が立ち込め、周囲の貴族たちが悲鳴を上げて逃げ出す。


「余興だ」


 公爵が低い声で告げた。


「言葉で分からぬなら、力で分からせてやる。……『決闘デュエル』を申し込む」

「決闘?」

「そうだ。今ここで、我が花嫁たちと、貴様の悪霊ども……どちらが優れているか、殺し合いで証明しようではないか」


 公爵が指を鳴らすと、彼の背後にいた吸血鬼の美女たちが、鋭い牙と爪を剥き出しにして戦闘態勢に入った。

 普通の夜会ならご法度だ。だが、ここは魔界。力こそが正義。

 そして何より、壇上の魔王ゼノンが「面白そうだ、やれ」と手で合図を送っているのが見えた。


「……ふっ」


 俺は笑った。

 望むところだ。

 言葉で説明するより、見せた方が早い。


「いいでしょう、受けますよ」


 俺は振り返り、愛する妻たちに優しく語りかけた。


「聞いたかい、みんな。あのおじいさんが、君たちより自分の花嫁の方が美しいってさ」


『……許さない』

『私より、きれい? ……確認しないと』

『アハハハ! 足、あるね。……奪っていい?』


 彼女たちのリミッターが外れる音がした。

 ドレスアップした最恐の都市伝説たちが、獲物を見定めて蠢きだす。


「さあ、ダンスの時間だ。……可哀想な公爵に、本当の『悪夢ナイトメア』をプレゼントしてあげなさい」


 大広間の中央が開き、即席のリングとなる。

 優雅なワルツの調べは止まない。

 それが余計に、これから始まる惨劇を際立たせていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ