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第ニ十話:ドレスコードは『死装束』



 武闘大会から一夜明けた、建国記念祭の当日。

 魔王城の城下町にある高級宿の一室は、ピリピリとした緊張感に包まれていた。


「……閣下。情報の限りでは、今夜の大夜会は相当な『針のむしろ』になりそうですぞ」


 執事長のガランドが、重々しい口調で報告する。

 昨日のレイレイの戦いぶりは、魔族たちに強烈なインパクトを与えた。だが、それは尊敬ではなく「忌避感」と「敵意」を増幅させる結果となったようだ。


「特にヴァルド公爵の一派は、閣下を公衆の面前で吊るし上げる気満々です。『人間風情が神聖な儀式を汚した』と、息巻いております」

「そうか。それは楽しみだ」


 俺――ヨリシロ伯爵は、鏡の前で燕尾服の襟を直しながら、不敵に笑った。


「昨日はレイレイが頑張ってくれた。今日は、僕の愛する『本妻たち』の美しさを見せつける番だ。雑音なんて、彼女たちの魅力の前では悲鳴に変わるさ」


 俺が指を鳴らすと、部屋の扉がノックされ、四つの目を持つ紳士――奴隷商のゴズが入室してきた。

 彼の後ろには、うやうやしく布で覆われたトルソー(マネキン)がいくつも運ばれてくる。


「ヒッヒッヒ……。お待たせいたしました、伯爵様。ご注文の品、最高級の素材と『呪い』で仕立て上げて参りましたぞ」

「待っていたよ、ゴズ。さあ、見せてくれ」


 今夜のドレスコードは正装。

 だが、俺の妻たちは普通のドレスなど着られない。

 口が裂けていたり、下半身がなかったり、背後にしか立てなかったりするからだ。

 だからこそ、俺はゴズに特注のオーダーメイドを依頼していた。


「テーマは『死装束ゴシック・ホラー』。彼女たちの個性を隠すのではなく、最大限に強調し、見る者に戦慄と美を与える衣装だ」


 覆いが外される。

 そこに現れたのは、常軌を逸した、しかし芸術的なドレスの数々だった。


 ***


 数時間後。

 着替えを終えた妻たちが、リビングへと現れた。


「……ヨリシロ。どう? 私、きれい?」


 最初に現れたのは、口裂け女のクチサケだ。

 彼女が身に纏うのは、鮮血のような真紅のイブニングドレス。

 大胆に背中が開いたデザインだが、特筆すべきはその首元だ。

 口元を隠すマスクはない。代わりに、繊細な黒いレースのベールが、裂けた口元を縁取るようにあしらわれている。

 隠すのではない。「裂けた唇のライン」を魅せるための装飾。

 赤く塗られたルージュと、滴る血が、ドレスの紅と混ざり合って妖艶に輝いている。


「ああ、最高だクチサケ。その傷こそが宝石だよ」


 俺が手を取ると、彼女はうっとりと頬を染めた。


 続いて、床を滑るような衣擦れの音が響く。


「アハハ! これ、すごく動きやすい!」


 テケテケだ。

 彼女には足がない。普通のドレスなら裾を引きずって無様に見えるだろう。

 だが、俺が用意したのは漆黒のベルベットを用いた、極端に裾の長い『マーメイドライン』の変形ドレスだ。

 上半身はコルセットで締め上げられ、腰から下は幾重ものフリルとレースが波打つように長く伸びている。

 彼女が這って移動するたびに、その長い裾が黒い波のように優雅に広がり、足がないという欠損を「人魚のような神秘性」へと昇華させている。


「素敵だよ、テケテケ。まるで深海を泳ぐ人魚姫のようだ」


 そして、俺の背後。


「……ヨリシロ。私、お人形みたい?」


 メリーさんは、フランス人形のようなゴシック・ロリータ調のドレスだ。

 フリルとリボンがふんだんに使われているが、その全てが漆黒。

 彼女は俺の背中に張り付いているため、正面からは見えない。だが、俺が振り返った時や、誰かの背後に立った時、その黒いドレスが「死の影」のように相手の視界を覆うだろう。


 最後は、花子さん。

 彼女は伝統的な赤い吊りスカート……を、最高級のシルクで再構築したレトロ・モダンスタイル。

 手には彼岸花を一輪持ち、その可憐さと不気味さのギャップが際立っている。


「……完璧だ」


 俺はため息をついた。

 揃い踏みした彼女たちは、この世のものとは思えない――文字通りこの世のものではないが――圧倒的なオーラを放っていた。

 恐怖と美しさが表裏一体となった、動く怪談。


「シズ、カナタ、レイレイ。どう思う?」


 俺が問いかけると、控えていた家族たちが口を開いた。


「……悔しいですが、お似合いです。私が着付けをした甲斐がありました」

 シズ(メイド長)が満足げに頷く。


「……綺麗。でも、怖い。……すごく、綺麗」

 カナタ(呪いの少年)が、怯えつつも見惚れている。


「……戦闘力、測定不能。美しさ係数、限界突破」

 レイレイ(キョンシー)が無表情に数値を弾き出す。


 準備は整った。

 ガランドが懐中時計を確認し、恭しく一礼する。


「閣下。馬車の用意ができております。……参りましょうか、魔界の歴史に刻まれる夜会へ」

「ああ、行こう」


 俺はシルクハットを被り、日傘を手に取った。

 夜だというのに日傘? 構わない。これが俺の正装だ。


「みんな、準備はいいかい? 今夜は存分に、魔族たちを震え上がらせておやり」


『はーい!』

『……フフフ、楽シミ』


 俺たちは宿を出た。

 外には、ゴズが用意した漆黒の馬車が待っている。

 乗り込む直前、俺は夜空に浮かぶ赤い月を見上げた。


「さあ、行こうか。今夜の君たちは世界一美しい。……可哀想な公爵たちに、本当の『美』というものを教えてあげないとね」


 馬車の車輪が回り出す。

 目指すは魔王城、大広間。

 そこは今夜、華やかな舞踏会場から、愛と狂気が交錯する「処刑場」へと変わるのだ。

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