六章 貴族の娘
「はぁ、久しぶりのクイン君の研究室……」
数か月前、大ケンカの末に出ていったきりの親友の研究室。あの時とまったく変わってなくて逆に安心する。朝早いが、まぁ寝ていたら久しぶりにコーヒーでも淹れてあげよう。
「ルナ君は元気かなぁ?」
そう呟きながら、無遠慮に扉を開く。
「やあ、クイン君!おは、よ……」
「あ、ルーカス。ごめんね、起きたばかりで着替え終わってなかった」
拝啓、今は亡き母へ。
「すぐに着替え終わるから座ってて」
「……それ、さらしかい?君、女性だったのか?」
「……?そうだけど。あれ?ボク、女だって言ってなかったっけ?」
男だと思っていた親友が女性だった時の私の反応は何が正しいのでしょうか?
いや、普通に考えてそもそも女性だと分かっていたら着替えているかもしれないのにこんな堂々と入ってこないからな?クイン君。
「すまない、一度部屋から出る」
「別に気にしないのに。すぐ着替え終わるし」
いや、気にするなという方が無理あるぞ……。
そう思いながら一度部屋から出る。心臓がバクバク言っているけど、気にしないでおこう。
……それにしても、なんで男装なんてしているんだ?
クイン君はなんか、それが当たり前のように過ごしているけど……これも何か事情があるのだろうか?
「あぁ、そう言えばルーカス。今日はちょっと出かける用事があるんだけど一緒に行く?」
着替え終わったらしいクイン君が顔を出して問いかけてくる。
「いいのか?」
「もう知られてるし、隠す必要もなくなったからね」
部屋に入ってコーヒーを淹れてもらいながら、クイン君は小さく笑う。……そういえば、彼……いや、彼女のことはあまり知らないな。貴族ってことは知っているが……。
「誰に会うんだ?」
「貴族の方、とだけは伝えておく」
貴族、という言葉に緊張してしまった。クイン君は親しくしているから慣れているが、普通なら会うこともほとんど叶わない相手だ。そんな人と、今から会う……?
「大丈夫だよ、エキナセア公はいい人だし。少なくともルドベキア公よりは話しやすい人だよ」
「ルドベキア公、というと……」
「クリムさん。あの人、思っている以上に冷たくて非情な人だからね。身内に入れた者には甘いけどさ」
はぁ……とクイン君はため息をつく。ルドベキア公にあまりいい印象は持っていないようだ。
でも、いい機会だと私もついていくことにした。クイン君がどれだけの情報を得られているのか分かるし、どこまで共有しているかも知ることが出来るだろう。
彼女が連れてきたのは、二人の外国の人が経営しているレストランだった。
「エラルドさん、エリゼオさん、急にごめんなさいね」
「いえ、クインさんの頼みならいつでもここを貸し出しますよ」
「そうだな。料理も最高級のものを準備する」
どうやら二人と知り合いらしい。カルミア資料館のことと言い、本当に顔が広いな……。
「ところで、彼は?」
「ボクの親友ですよ。ルーカス、二人はエラルドさんとエリゼオさん。料理もおいしいし、いい人達だよ。ボクに協力してもらってる」
「カルミア資料館の館長達にも協力してもらっているのかい?」
「うん。外国の人の方が警戒されることもなくてね。お互いの利害が一致してるんだ」
「そう言って、単純に助けたかっただけのくせに」
話をしていると青年の声が聞こえ、私は振り返る。そこには髪の毛で片目を隠している、私達と同い年ぐらいの銀髪の男性。
「エキナセア公。お久しぶりです」
その人の顔を見て、クイン君が頭を下げる。この方が、大貴族のエキナセア公……なんて見ていると彼はクスクスと笑った。
「今いる人達は協力者なんだからそんなに固くならなくていいのに、クイン。僕達、二人だけの「兄妹」だろう?」
その言葉に私は思わずクイン君の方を振り返る。彼女もフフッと笑って、
「……そうだね、兄さん。久しぶりの兄妹の時間が堅苦しいのは嫌だね」
そう答えた。確かに二人はかなり似ているけど、兄妹……?
「あぁ、ルーカスは知らないんだったね。この国の貴族は、後継ぎ以外の子供は出来る限り情報を隠されているんだよ。だから潜入するのもボクの方が都合よかったんだ」
あぁ、そういう……確かに、言われるまでまさかクイン君がエキナセア家の人間だとは思わなかった。
「この子はすぐ無茶するからね……迷惑かけてない?」
「仲直りしたようですが、ついこの間まで親友とケンカしていたんですよね」
「それ言わないでくれません?エラルドさん」
「アハハ、うちの妹がごめんねー」
「あ、いえ……私も聞かなかったのが悪いですから」
貴族と言うと堅苦しくて近寄りがたいイメージだったのだが、彼は真逆でなんと言うか……本当にクイン君の兄なんだなぁって思う。
「ところで、リッキーは?」
「今、ボクが渡した完成品の成分とかの結果を出してるところだって。多分そろそろ来るんじゃないかな」
そういえばリッキーとも知り合いなんだったな。
エキナセア公とクイン君が話していると、「遅れたな」とリッキーが入ってきた。
「ん?ルーカスもいるのか?」
「あぁ、まぁ……協力してくれるって言ってくれたから……」
「へぇ……仲直りしたようで何よりだ」
確かに交友関係に口出しはしていなかったけど仲直りしたなら教えてくれよ、とリッキーが珍しく小さく微笑む。いつも難しい顔ばかりしているからそんな表情をするんだって思ってしまった。
「若いっていいなぁ」
「リッキーもまだ二十代でしょ。何ならいい女性紹介しようか?」
「俺はあいつらの世話で手一杯ですから。なぁ?ルーカス」
「……悪かったって」
クイン君とケンカしていた時、かなり荒れていたのは自覚している……申し訳ない……。
「それは……ボクの方もごめんなさい……」
クイン君も申し訳なさそうに呟いた。私が知らないだけで、彼女も荒れていたのだろうか?
そんな世間話もそこそこに、座るとリッキーが書類をエキナセア公とクイン君に渡した。
「あんたが出してきた完成品の成分……予想通り人間の血肉が使われているようだな。しかも複数人分確認された」
「やはりですか……おそらく、地下で行われている人体実験で犠牲になった人達のものでしょうね」
覗き込もうとしている私にも見えるように書類を確認しながら、クイン君は呟く。最低でも五人分が確認されているようだ。
「それから、気にしているあの石の力だが……おそらく、「賢者の石」と似たような能力だと思われるな」
「賢者の石……と言うと、何でも願いが叶うというものですか。犠牲になった人数を考えるとあり得ない話ではなさそうですね」
「賢者の石、というのは?」
エリゼオ?さんが尋ねてくる。そういえばここの料理人は二人とも外国の方だったな。
「この国に伝わる神話に出てくる石ですね。それを持った者はどんなに不可能な願いであっても叶うとか……」
「そんな神話があるのですね……」
もちろん、ただの神話だから本当に何でも叶う、ということはないだろうがそれほど強い力を宿しているということだろう。
「人の命を素材にしているぐらいだ、何があってもおかしくはないよ」
私が何を考え込んでいるのか分かるのだろう、クイン君はそう言ってきた。
「記憶を改ざんして別人にすることが出来るぐらいだし」
「そんな技術もあるのかい?」
「理論上は出来る。かなり危険だけどね」
へぇ……さすが、世間に認められている研究者だ。人体実験どうこう言っているところからも本当に出来るのだろう。
「…………」
それを聞いたリッキーが何かを考えこむ。しばらくして、彼が口を開いた。
「……なぁ、クイン」
「なんでしょう?」
「あんた、何か隠しているな?」
突然のことに思わず幼馴染の方を見てしまう。彼女は目を丸くすると、
「隠している、とは?」
首を傾げ、聞き返す。確かにすべてを教えてもらっているわけではないが、ほかに何を隠しているというのだろうか?
「……単刀直入に聞こう。あんた、ブランシュが何者なのか知っているよな?」
「……そうだとしたら、なんでしょう?」
フフッと、クイン君は不敵に笑う。これは、何か知っている反応だ。
「あなたは何も知らなくていいんですよ。これはボクと……彼の問題です」
「ふーん……まぁ、あんたのことだ。あいつを救うために隠しているんだろう」
……それもそうか。彼女は何も考えていないわけではない。ブランシュ君のことも、誰にも言えないことがあって黙っているのだろう。
「……出来たら、ブランシュの記憶は思い出させないでほしい」
「なんでだ?」
「あんな過去、忘れていいんですよ。もう、苦しまなくていい」
――その言葉で、私はブランシュ君が何者なのか悟ってしまった。
もう一人の、行方知れずになっていた私達の親友だ。優しくて、いつもどこか寂しげにしていた黒い彼……。
「ルーカス?」
クイン君が顔を覗き込んでくる。「あぁ、何でもない」と私が笑うと彼女も悟ったのだろう。いたずらっぽく笑った。
(やってることはかなりやばいことだけどな……)
何せ記憶を奪って別人にしているのだ。……確かに、誰にも言えないな。と言うか、彼女自身はそれが出来る「技術」を持っているということだ。そりゃあ、賢者の石なるものが作れてもおかしくない。
「クイン、人助けはいいけどあんまりやりすぎないようにね」
エキナセア公の言葉に「分かってるよ、兄さん」とクイン君は頷く。度の過ぎた優しさは時に自身を滅ぼす……きっとそう言いたいのだろう。
その通りだ、クイン君は優しすぎる。危険なところにもその身一つで飛び込むし、一人で何でも抱え込んでしまう。
(……ルイス君)
もう一人の親友も、そんな彼女の優しさに救われていたし守られていた。二人の間に何があったのか分からないけれど……。
リッキーの事務所に戻ると「おかえりなさい」とブランシュ君が駆け寄ってきた。
(彼が、ルイス君なんてな……)
私が知っているルイス君は大人しくて多少人見知りなところがある。それがこんなに人懐っこい人間になるなんてクイン君の研究と技術がそれだけすごいものだと思い知らされる。
「どうしました?」
「ん?あぁ、何でもないよ」
思えば、少し違和感があった。うぬぼれだと言われてもいいが、クイン君が他人を呼び捨てにするのは親友にだけだ。それなのにブランシュ君に関しては初対面の時から呼び捨てにしていた。あれは……もともと彼がルイス君だったからだと知っていたからだろう。
「……ブランシュ君は、記憶を思い出したいと思うかい?」
いつか聞いた気がする質問を投げかける。彼は一瞬目を丸くしたが、
「もちろんですよ、忘れたくないものまで忘れている気がしますから……」
忘れたくないもの、か……。
それはクイン君に関するものだろう。だって、彼は……。
(なんて、言うのは野暮か)
私だって、クイン君には同じ想いを抱いているのだから。




