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『やっと見つけた』  作者: 貝原陽菜


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五章 執着する理由

「あ、クインさん!」

たまたま買い出しに行こうと外出していると、ルシールさんが手を振ってきた。

「おや……ルシールさんもお出かけですか?」

「うん、たまたま紅茶が切れてたから買いに行ってたんだ」

そのままの流れで、近くのカフェに入る。どうせ今日は実験結果をまとめるだけだ、少しぐらい遅くなってもいいだろう。

「ねぇ、クインさん。なんであの研究所にとどまっているの?」

 コーヒーを頼んで待っているとルシールさんに聞かれ、ボクは目を丸くした。

「突然ですね?前々から聞かれていた気もしますが……」

「だって気になるんだもん。違法行為をしていると分かっているのに探偵である私と関わっていることとか、ずっとここに留まって研究している理由とか」

「あぁ……」

 確かに気になるだろう、明らかに敵対関係になりえるのになんで研究所に来ることを許しているのか。

「……別に、ボク自身は見られて困ることはないしむしろあの研究所の闇を暴いてほしいですからね」

ボクの答えに彼女は首をかしげた。

「どういうこと?」

「気にしなくていいですよ。こっちの話です」

 実際、ボクからしたらむしろあの研究所の闇を暴いてほしい。いつ、ボクがスパイであると気付かれるのか分からない……もしかしたら既に気付かれていて泳がされているだけかもしれないのだ。言い方は悪いけど、何があってもいいように手札はたくさんあった方がいい。

「……言いにくいことかもしれないけど、あなたのその執着って言うのかな?それが異常すぎると思う。私の気のせいかもしれないけど」

 その言葉に、ボクは目をそらす。心当たりがあったからだ。

「……そう、かもしれないですね。ボクはあの研究所をあなた以上に憎み、恨んでいますから」

「え……?」

「あの研究所に関わったせいで、両親が亡くなってしまいましたからね」

 ボクは、あの日のことを思い出す。



 両親の訃報は突然だった。

 研究が一段落したから久しぶりに帰ってくると連絡があったから兄と一緒に家で両親の帰りを待っていたけれど、いつまで経っても帰ってこなかった。

「どうしたんだろうね?」

 二人で首を傾げていると、使用人が慌ててボク達のところにやってきた。

「お、お二人様!」

「どうしたの?」

「ご、ご主人と奥様が亡くなられたと……!」

 その言葉に、ボク達は顔を見合わせてしまう。

「父上と母上、が……?」

「はい……何でも、実験中の事故で……」

 それが嘘だと、ボクも兄さんも分かった。きっと、使用人達も気付いてる。

だって、両親は素性を隠して研究所に潜入していた。だから……きっと、それがバレてしまったんだ。

 使用人が部屋から出た後、ボクは兄さんの言葉を待った。

「クイン」

「……うん」

「この事故、調査しよう。絶対に何か裏があるハズだよ」

「でも、ボク達子供だよ?どうやって調査するの?」

 調査するのはいい、でもどうやって潜入したらいいんだろう……?

 子供ながらに考えて、思いついたのはボク達の置かれた環境を利用することだ。

「ねぇ、ボクが「研究者」としてデザイア研究所に入所するのは?」

「でも危険じゃない?」

「危険だけど……ボクは兄さんと違って存在はあまり知られてない。それに基本的な研究ならお父様とお母様に聞いて知っているから出来ると思う」

 この国は弟妹の情報が伏せられていることが多い。それを利用して潜入できるだろう。

 ……まぁ、それが出来るのは数年後だけど。

「クイン、本当に任せていいの?」

「うん。研究所に潜入できるように準備するよ」

「分かった、それなら協力者も探してみるね」

「クリムさんにも協力を仰ごう」

 それが、ボクの「復讐」の始まりだった。



 リッキーさんは、兄が紹介してくれた「協力者」だった。いざという時には護衛にもなることが出来るからって言われたし、彼は裏切らないと感じ取ったから兄の厚意を素直に受け取ることにした。

(そんなこと、ルーカスにも言えるわけない……)

 両親の敵討ちのためにあの研究所に残っているなんて、親友に言えるわけがない。……彼は、義理堅い男だ。それを知ってもきっとそばにいるだろうし協力すると言いかねない。ましてや目の前の女性にも話せるわけがない。

「両親、を……?」

「少し話が過ぎましたね、今日はこれで」

 ルシールさんがまだ何か聞きたそうにしていたけど、この後仕事が残っていたこともあって代金を机に置き、そのまま出た。



「うーん……」

「どうした?ルシール」

 私が考え込んでいると、リッキーに声をかけられた。彼は私が持っているクインさんの写真を覗き込んだ。

「ん?そいつ……」

「あ、デザイア研究所の」

「クイン、だろ?」

 まさか彼が名前を知っているなんて思わず、私は「え?知ってるの?」と聞き返した。

「知ってるも何も、俺と協力関係の奴だからな。よく情報提供をしてもらってる。むしろお前がそいつのことを知っているなんて思ってなかった」

「あー、その……ほら、ルーカスが親友のことで困っていたでしょ?それがこの子みたいで……」

 その答えに、「あぁ、クインが言っていた親友ってルーカスのことだったのか」とどこか納得したようだった。

「あいつな……だから自分を犠牲にしすぎるなとあれほど……」

「どういうこと?」

「あいつは他人を守るためなら、命さえ捨てかねない人間だ。あいつの兄貴もそれを心配して俺に任せてくれているんだけどな……」

 小さくため息をつく彼は、どこか悲しげな雰囲気を出していた。



「これが……この研究所でずっと研究していた……」

 数日後、ボクが自分の研究室で実際に出来た物体を見て息を飲む。

 「真なる生命の宝石」……デザイア研究所が違法に手を染めてまでずっと完成品を求めて研究してきた、赤く輝く美しい石。

 ボクの両親も、この石のことを研究しながらこの研究所の違法性を調査していたようだ。

「クイン研究員、研究の成果はどうなっている?」

「……っ!申し訳ありません、やはり計算が合わないようで……」

「そうか……」

 部屋の外から声をかけられ、ボクはとっさに嘘をつく。この声の主こそ、この研究所の所長だ。

「こんなに深淵に踏み込んで、正気でいられたのはお前が初めてなんだ。なんとしても成功させろ」

「……分かりました」

 まだ、反逆の時じゃない。この石の力も、完成品がこれだけだということもあってまだちゃんと把握しきれていないのだから。

 所長が部屋の前から立ち去ったことを確認して、ため息をつくと携帯が震えた。



 私がクイン君のことについて頼んでから数か月後のこと。仕事の合間にリッキーの事務所に顔を出しに行くと、「ルーカス、一緒に行くよ」とルシールが私の手首を掴んだ。

「え、どうしたんだ?急に」

「あのね、今日クインさんにどうしても研究所のことについて教えてほしいって懇願したら少しだけなら教えてくれるって」

「え……?」

「ルーカスも、直接聞きたいでしょ?」

 もちろん聞けるのなら、そうしたい。でもかたくなだったあのクイン君が本当に話してくれるだろうか……?そう思っていると、

「実はね、リッキーと知り合いだったみたい。リッキーからも言ってくれたみたいでね、名前を出したら二つ返事で頷いてくれたんだ」

「え、リッキーと知り合いだったのか?」

「そうみたい。私も初めて知って驚いてるよ」

 まさかそんなところで繋がっているなんて思っていなかった。……思えば、クイン君の交友関係をよく知らない。

「その、協力してくれていたんだって。もしかしたらあの研究所にずっといるのはそういったことが理由なのかも……」

「そう、なのか……」

 ――どうしても、あの研究所から逃げられない理由は?

 もしそれが、あの研究所の裏側を探るためだとしたら?……それが、彼に与えられていた使命だったとしたら?どんなに違法な研究をしていようと、あそこから出るわけにはいかないだろう。

 ルシールに連れられ、私はカフェに来た。後ろの席に座らされ、クイン君が来るのを待つ。

 少しして、研究終わりだったのだろうクイン君が白衣姿のまま入ってきた。

「すみません、遅くなりました」

「大丈夫だよ、私の方こそ急にごめんね」

「いえ、ちょうど研究が終わったところでしたから。それにしてもルシールさんがリッキーさんの助手だったとは思いませんでした」

「私もまさかリッキーと協力関係になんて思わなかったよ」

 飲み物を頼み、二人はそんな世間話をする。少しして、クイン君がカバンから封筒を取り出した。

「……リッキーさんの助手さんなら、少しだけあの研究所の内部事情を教えます」

「いいの?」

「えぇ。リッキーさんとも共有してください」

 そう言いながら、彼は封筒から袋に入った赤い石を取り出した。

「まず先に。これはデザイア研究所で研究している違法物です。初めての成功例で、どんな力があるのかボクにも分かりません」

「……触っても?」

「袋越しなら。……本当は持ち出し厳禁なのですが、どうしてもリッキーさん達にも調べてほしくて。これが完成したことは、まだボクしか知りません」

 違法、物……。それを持ち出して本当によかったのだろうか?

 ……いや、きっとクイン君は危険を承知でここに持ってきたのだろう。

「これ、どうやって作ったの?」

「……人の命、と言ったら?」

 クイン君の答えにビクッと肩が震える。研究のために他人の命に手を下すなど、あってはいけないことだ。それは彼自身も分かっているのだろう。

「ボクも憶測の域を超えませんが、状況的にそうかと。それの確認も踏まえて、リッキーさんに渡してくれませんか?」

「……分かった。でも本当にいいの?」

「えぇ。そもそもボクもあの研究所から一刻も早く出たいですからね」

 早く、出たい……それが本音?

 確かに、研究所にいた時のクイン君はどこか寂しそうで、いつも肩身が狭そうだった。きっと、その時から既にあの研究所のことを知っていたのだろう。

「なんであの研究所にいるの?」

 単刀直入に、ルシールが尋ねる。クイン君は一口コーヒーを飲んで、

「……両親の無念を晴らすためですよ」

 寂しそうに目を伏せて、そう答えた。

「ご両親の?」

「はい。……もともと、両親もあの研究所に勤めていたのですが……深淵に踏み込みすぎたせいで命を奪われました。まだ、ボクが十代の時です」

 十代、と言うとクイン君と出会う前後のことか。あの時には既に……。

「両親の訃報を聞いて、ボクと兄は何か裏があるとすぐに分かりました。だからあの研究所に潜入して情報を集めていたんです。研究者になったのも、それが理由です」

「……だからあの時、あの返事をしたんだね」

 本当は、研究者になるつもりはなかった……?

 もし両親のことがなければ、もっと違う人生を歩んでいたのだろうか?私と、笑いあって過ごしていたのだろうか。

「それから、今後はボクと関わらない方がいい」

 突然そう言われ、ルシールも「え、なんで?」と首を傾げた。

「……完成品はないと言っているボクの嘘も、いずれバレます。そうなった時、あなたに危害が加えられないとも限りません。避けられるなら、そうしたいんです」

 あぁ、そうか。

 私は、彼に守られていたんだな。もし自身に何かあっても、私が傷つかないように。

 クイン君はルシールに、手紙を渡す。

「それから……この事件を終わらせたら、ボクはあなた達の前から消える予定です。だから、これをボクの唯一の親友に……ルーカスに、渡してくれませんか?ボクからあなたへの、最初で最後の依頼です。それから、あの人をお願いしますね」

 寂しげに笑って、彼は立ち上がった。今見送ったら、もう二度と会えない気がする。

 そう思った時には既に、クイン君の腕をつかんでいた。

「……ルーカス?なんでここに……」

 彼は目を丸くして私を見ていた。

「すまない、君の過去を知らずにあんな酷いことを言ってしまって……」

「……今の、聞いてたの?」

 困ったような表情を浮かべる彼は、私がよく知っている優しい彼だった。

「……あぁ」

「ごめんね、実はルーカスに頼まれてあなたのことを探っていたの」

「知り合いだったんですね……もしかして、リッキーさんとも……」

「……すまない、どうしても君のことが心配で……」

 もちろん、彼が好きであの研究所に協力していたのなら絶縁するつもりだった。だからこそ、クイン君の本音が知りたかった。

「まったく……二人はもう少し話し合うべきだよ。私は少し席を外すから」

 ニコッと笑って、ルシールは私が座っていた席に腰かけた。

 私とクイン君は顔を見合わせる。沈黙が続いたけど、

「……知られちゃったなら、仕方ない。答えられることなら話すよ」

 そう言って、クイン君はもう一度座った。私も彼の前の席に座る。

「さて……何から聞こうかな」

 はっきり言って、聞きたいことが山ほどある。でも、一番聞きたいのは。

「……なんで、私に相談してくれなかった?」

 親友だと思ってくれているなら、話してほしかった。……頼ってほしかった。一人で抱えないでほしかった。

「君には、傷ついてほしくなかったんだ。君は優しいからさ、正直に話したら絶対に協力しようって思うでしょ?」

「当たり前だろう?親友が困っているなら手を貸すさ」

「だからこそ言い出せなかったんだよ。……ボクが逃げろって言っても、きっと君はボクを見捨てないで傍にいようとする。それがどうしても……怖かったんだ」

「怖かった?」

「……さっき、聞いていたんでしょ?両親は深淵に踏み込みすぎたせいで殺されたって。だから……ルーカスも、殺されるんじゃないかって思ったら頼れなかった」

 そうか。

 彼は、失うのが怖かったのか。大事なものが、突然奪われたからこれ以上失いたくないって思ったのか。

 そしてその大事なものに、私はしっかり含まれていたんだ。

「運のいいことに、奴らはボクが水面下でこうして外に情報を渡していることに気付いていないらしい。もしくは単純に泳がしているだけなのか分からないけど、どちらにしろあの違法物が出来ているとは思っていないみたいだ。作るのにかなり時間も手間もかかったからね」

「……君は、どうするつもりなんだ?」

 私が尋ねると、「そうだね……」と少し考え込んで、

「もう少しあの研究所で情報を集めるかな。まだまだボロが出てきそうだ」

「そうか。……私も、協力してもいいだろうか?」

 その言葉にきっとこうなると分かっていたのだろう、クイン君は一つため息をついて、

「……危険だと思ったら絶対に逃げて。それを約束してくれるなら」

「あぁ、約束しよう」

 まぁ、クイン君を置いて逃げることは絶対にしないが。

 彼もそれが分かっているだろうが、あいにく私だって引くつもりはない。だって、私達は「親友」なのだから。

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