三章 資料館にあるものは
数日後、ボクはこの国一の資料館の館長に呼ばれてすぐに向かう。
「どうしたの?ケネスさん」
「ごめん、クイン!少し協力してほしくて……!」
資料館に入ると同時に銀髪の青年に泣きつかれる。若いけど、彼がここの館長だ。
カルミア資料館……この国の研究成果や世界中の書物など、いろいろな本や資料が置かれており、簡単な研究もしている施設だ。
そして目の前の青年はケネス。彼には双子の兄がいてこの資料館で一緒に働いているけど、その兄があまり他人と関わりたくないようで弟の彼が館長になっているらしい。
「……協力するのはいいんだけど……お兄さんは?」
「兄さんが協力してくれると思う?」
「……研究が大好きだもんね……」
彼の兄であるテリーさんはかなりの研究好きだ。よく呼ばれては討論することもしばしばあって、楽しくはあるけどこういう時は困ってしまう……。
「まぁ、いいや。何をしたらいいの?」
「実は……今日は団体さんが来るんだけどその中に指名手配犯もいるって情報があってさ……」
「あぁ……それでボクにもいてほしいってわけか」
ボクの確認にケネスさんは頷く。まぁ、こういった危険任務もお手の物だからね。
(今日、一応の休日でよかった……)
まだ研究が終わっていないから本当は休日返上しようと思っていたけど、彼の頼みなら断るわけにいかない。指名手配犯がいる可能性もあるならなおさら。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「いや……」
ふと館内を見ると、遠くにルーカスが見えた。きっと、彼も誰かに依頼されて指名手配犯を捕らえに来たんだろう。一緒に研究していたけど、今は何でも屋みたいなことをしているみたいだと聞いている。
(……大丈夫、守ればいいだけだから)
仲たがいしてしまったとはいえ、大事な親友だ。……それぐらいなら許されるだろう。
まさか、クイン君がここにいるとは思わなかった。
なんでここにいるんだ?いつもみたいに研究に没頭していると思っていたのだが……。
(確かに、彼は意外と顔が広いが……)
彼の友好関係は割と広い範囲に渡っている。その中に、ここの館長もいたのかもしれない。
こちらの邪魔をするつもりはなさそうだから気にしなくていいんだろうけど……やはり気になる。
(少し見てみるか……)
指名手配犯が入ってくる可能性のある時間までまだ余裕がある。それまでは親友の様子を見てもいいだろう。
クイン君は館長と少し話した後、奥に入っていく。そこは確か……この資料館の研究室じゃなかったか?
少し気になって、気配を消し扉近くまで来る。そして耳を傾けていると、
「テリーさん、この薬品は混ぜない方がいいよ」
「そうなのか?」
「うん、下手したら爆発するかもしれないし……」
一体何を作ろうとしているんだい?
何?爆弾でも作ろうとしていたのかい?クイン君、止めてくれてありがとう……。
「なるほど……ではこれを混ぜてみよう」
「それもダメだよ。薬品同士の相性が悪い」
「そうか」
それにしても、本当に詳しいな……。
さすが、飛び級でありながら首席で難関大学を卒業しただけはある。……いつも、勉強を教えてもらっていたな。それで私も一緒に卒業できたんだった。
『両親の研究を引き継ぎたいんだ。あの研究を進めたらきっと人々のためになるからさ』
そう、言っていたことを思い出す。彼は誰よりも正義感が強く、そして優しい人だ。そんな彼だからこそ、あの狂った研究所にいてほしくない。
ハッと、時間を見る。……そろそろ例の団体が来る時間だ、持ち場に戻らないと。
結局、その指名手配犯を捕まえたのは昼過ぎだった。やっぱりと言うべきか変装していて、見分けるのに時間がかかった。
「本当にありがとう……」
「いいよ、休みの日ならこれぐらいの依頼は引き受けるよ」
この手の依頼ならボクも得意だし、何より彼らは協力者だからね。
「クインは本当にお人好しだよね。今度はゆっくり見ていってね、兄さんにも構ってあげて」
「フフッ、そうするね。……あ、そうだ。この後時間あるなら一緒に食事行く?奢ってあげるよ」
「本当!?それじゃ兄さんも呼んで来る!」
ボクが誘うとケネスさんはテリーさんを呼びに行った。
一緒にレストランで食事を摂っている間、テリーさんに質問攻めされていたけどこれもまぁたまにはいいだろう。
――ボクは、罪を犯したことがある。
これは数年前のこと。……ボクは、彼の記憶を奪って別の人格を植え付けた。
もちろん、禁忌であることは分かっていた。でも……どうしても、ボクはその人を助けたかった。
「……ネグロ……」
そのことを知っているのは、ボクだけだ。ルーカスでさえ、ボクの犯した罪を知らない。
ネグロは、孤児院からルドベキア家に引き取られた養子だった。クリムさんが探している義弟と言うのも、彼のこと。
彼のことは小さい頃から噂程度に聞いていたけど、実際に会ったのはボクが両親を亡くしてすぐだった。
ネグロは、とても優しい人だった。両親を亡くして一人で泣いていたボクに、彼は笑顔で手を差し伸べてくれた。
そんな優しい彼が、辛そうな顔を見るのが嫌だった。あんな、混沌に満ちた世界に留まらせるわけにはいかない……。彼には光の世界で、仲間達を笑いあっている姿が似合っている。
たとえボクのことを覚えていなくても……彼が幸せなら、それでいい。この罪を覚えているのは、ボク一人だけでいいんだ。
「うーん……」
私が書類を見てうなっていると、ルシールさんが「どうしたの?ブランシュ」と声をかけてきた。
「実は……ルドベキア家に行方知れずの養子がいるという情報が入ったんですけど……」
「え、そうなの?」
この国の貴族は極秘主義で、基本情報すらなかなか表に出てこない。養子となればなおさら情報を得ることは出来ないだろう。
「初めて知った……ルドベキア家の先代のお子様ってクリム様しかおられないのかと思ってたわ」
「エキナセア家の公爵様にも、双子のご兄弟がおられるって最近知ったばかりですもんね」
現エキナセア公の双子の弟は表舞台には出ないけど、かなり従順で裏方の仕事を率先して請け負ってくれているらしい。兄弟仲もよく、二人で会ってはこっそりよくお茶会もしているようだ。
(――うらやましいな……)
私はどうしても、あそこに馴染めなかったから……。
(……?なんでそんなことを思ったんだろ?)
一瞬だけ、何か思い出しそうだったけどすぐに消えてしまった。なんだったんだろ……?
カルミア資料館にはいろいろな書物が置かれている。
ボクですら入手できないものもあってどうやって手に入れたのか聞きたいほどだ。
「ケネスさん、来たよ」
数日後、珍しく時間があったため様子を見る意味も込めて資料館に足を運ぶとケネスさんが「いらっしゃい」と笑顔で出迎えてくれた。
「二人にケーキを持ってきたけど食べる?」
「いいの?ありがとう、お茶うけにでもするよ」
ボクがお土産を渡すと、彼は嬉しそうに受け取ってくれる。意外とここの双子は甘いものが好きなのだ。
ケネスさんが案内してくれていると、珍しく研究室から出ていたテリーさんが「お、クイン来ていたのか」と駆け寄ってきた。
「テリーさん、珍しいね、君が表に出てるなんて」
「研究ばっかりしてても気が滅入るからな」
「兄さん、本音は?」
「クインが来たと聞いて出てきた」
「だと思った」
兄さん、本当にクインが大好きなんだから……とケネスさんが苦笑するとギロッとテリーさんが弟を睨む。
「お前も同じだろ」
「そりゃあね。クイン、いい人過ぎるもん」
この双子はボクにかなり懐いている。弟みたいなものでボクとしては可愛く見えるんだよなぁ……。
「一緒に研究しないか?」
「いいよ、今日は時間あるし」
「あ、それなら出前取ろうか?」
テリーさんが珍しく目を輝かせてボクを見てくる。本当に研究のことになると生き生きするんだから……それが彼らしいんだけどね。
「そういえばさ」
三人で研究をしていると、ケネスさんが不意に尋ねてきた。
「何?」
「なんで僕達に資金援助をしてくれたの?面識もない、外国から来た赤の他人だったのに……」
「あぁ、それね」
確かに気になるだろう。普通なら面識も素性も知らない人に簡単に援助するなんて、何か裏があるんじゃないかと思われてもおかしくない。
でも、ちゃんと理由がある。
「君達の目は確かなものだと思ったからね」
「どういうこと?」
「例えば、これ」
ボクが古い本を指さすと「あぁ、これ珍しい本だよね」と首を傾げた。
「それだけじゃないよ。これは絶版ってやつで、世界で五冊しかないと言われている本なんだ。ほかにもこの壺は一個しかないものでね……」
「そうなんだ……初めて知った」
「そんな貴重なものを見極める目は確かだからね、だから君達を拾った時に資料館か博物館の経営とかいいんじゃないかって提案したんだよ」
「へぇ……何も考えず言ったわけじゃなかったんだな」
テリーさんが感心したように呟いた。フフッと笑いながら、二人と出会った時のことを思い出す。
二人がこの国に来た当初、かなりやつれていた。ボクがたまたま二人を見かけなかったらそのまま死んでいたかもしれない。
あの時は、研究がなかなか進まず気落ちしながら久しぶりに家に帰っていた時だった。
「……ん?」
もう時間も遅く、急いで帰っていると遠くで大きな毛玉のようなものがあることに気付いた。ネコかな……?と思いながら近づくと、それが毛布で少年が二人寄り添って暖を取り合っているのだと分かった。
「どうしたの?」
目線を合わせるようにかがんでボクが声をかけると、二人はビクッと身体を震わせボクの方を見た。そして、「あ、あの……」と兄……テリーさんが外国語で話し出した。
「泊まる場所も、なくて……」
「兄さん、無理だよ……僕達の言葉、通じないよ……」
「大丈夫、分かるから教えて」
弟の方……ケネスさんが兄の服を掴んで首を振る。確かにこの国は閉鎖的で外国語を話せない人も多いけど、ボクは職業柄よく通訳もすることがあるから基本的な言語なら分かる。
通じたことに驚いたのか、二人は目を丸くしてボクの方を見た。そして安心したのか、二人のおなかが鳴った。
「あ、すみません……」
「ううん、大丈夫だよ。ボクの家に来る?」
「え、いいん、ですか……?」
「うん、頼れる人もいないんでしょ?家、広いからいいよ」
少し前までエラルドさんとエリゼオさんを居候させていたばかりだから普段に比べたら片付いている。……自室と研究室は相変わらず研究資料やら本やらで散らかっているけど。
二人を家に連れて帰り、お風呂を沸かす。
「先に入っておいで、その間にご飯を作るから」
「でも……」
「身体、冷えているでしょう?客室もあとで案内するから」
ボクの言葉に戸惑っているのが分かるけど、こんな暗い中子供だけで外にいたら下手すれば売られてしまう。そうならないようにボクやエキナセア家、ルドベキア家の人達が目を光らせているけれど、それでも防ぎきれないのが現状だ。
そんなこともあって、ボクの家は一人暮らしにしてはかなり広く部屋も多い。……まぁ、家の中でも研究するからって言うのも理由ではあるんだけどね。
簡単にご飯を作り、机に並べていると二人がお風呂から上がってきた。
「あ、これ……」
「君達の故郷の料理だよね?これぐらいしか作れないけど……」
「知って、いるんですか?この、料理……」
「うん、おいしくてボクも好きなんだ。出張で出た時にたまたま食べてね」
二人の国はかなり貧しく、親が子供を泣く泣く手放すことも多いと聞いたことがある。確かに、何度か足を運んだことがあるけどかなりさびれている印象があった。
この子達も、例にもれず親に捨てられてこの国まで何とか歩いてきたらしい。
「……でも、もう限界で……」
「寒かったし、でも毛布も一枚しか落ちてなくて……」
「そうだったんだね……大変だったね」
たくさん食べて、と微笑むと二人は一瞬戸惑ったような反応をしたけど、空腹には逆らえなかったのかパンに手を伸ばした。
「行く当てはありそう?」
「いえ……ないです……」
「だよねぇ……うーん……」
そりゃあ、逃げるようにここに来たんだから行く当てなんてあるわけがない。エラルドさんとエリゼオさんみたいに料理人になりたくてここに来たとか、そんな目的があるわけでもないだろうし……。
「……ん?」
その時、ケネスさんのカバンに入っている本が目に入った。それこそ、絶版の本で世に出回っていないものだった。
「これ、どこで?」
「これ?えっと……父さんが持っていたものだったんだけど、もらって……」
「……なるほど」
この子達には、この本の価値がどれだけ高いのか分からないのだろう。そして、二人の両親も売らなかったあたり、本当に貧しくて書き読みも出来たか微妙なところだ。
「……それならさ、読み方とか書き方教えるから、資料館の経営とかしてみない?」
「資料館……?」
「うん、博物館でもいいけどそれよりは本とか資料の方が集めやすそうだし。ボクも協力してあげるからどう?」
ボクの提案に二人は顔を見合わせる。突然そんなことを言われて戸惑っているんだろう、ボクだってそんなこと言われたら考え込む。
「……僕達に経営なんて出来るのかな……?」
やがて、ケネスさんに小さく尋ねられる。
「大丈夫、ボクが教えてあげるし、たとえうまくいかなくてもボクの研究の補佐として働いてもらうからさ」
とにかく、この二人の生活基盤を作るのが最優先だ。それまでは自分で面倒を見ればいい。幸い、ボクにはそれが出来るだけの資金があるんだから。
そんな二人が、今や立派に資料館を経営してしかも研究できるほどの天才になっているのだから人間何があるか分からないものだ。
「困っていたら何でも言ってね。出来ることならなんでもするから」
「ありがとう、それなら今度買い物に付き合って」
「いいよ、ついでに実験道具も買おうかな」
「僕も欲しい」
本当にこの二人が無事でよかったと、心の底から安堵する。こんな閉鎖的な国のせいで人生を無駄にしてほしくなかったから。




