二章 クインの食事事情
日曜日、いつものように研究室で目が覚める。どうやら疲れすぎてぶっ倒れていたらしい。まぁ、四日ぐらい完徹していたら当たり前か。
「あー……頭がガンガンする……」
こりゃ、一度寝ないと逆に生産性が下がるな……なんて思っていると珍しくノックの音が聞こえた。
「クインさん、お客様が来ています」
「え?お客様?……まぁ、通してください」
今日、誰か来る日だっけ……?なんて思いながら通してもらうと「クインさん!」とルシールさんとブランシュが笑顔を浮かべて入ってきた。
(……あ、そう言えば日曜日は休みだって言っていたな……)
すっかり忘れて昨日も限界ギリギリまで研究していた……どうしよう……。
「クインさん、顔色が悪いね。体調悪い?」
「いえ、寝不足なだけですよ。準備も出来てなくてすみません……」
約束していたのに準備すら出来ていない。普段、こんなところに来る人なんてほんの一部の人しかいないから油断していた……。
「大丈夫だよ、ゆっくり準備して。……あ、キッチン借りていい?」
「うん、ここのキッチンは基本ボクしか使わないからいいよ」
ブランシュに聞かれ、ボクは適当に準備しながら答える。実際、ここの研究室と隣にあるキッチン付きの仮眠室はボク専用になりつつある。だからボクの客人なら勝手に使っていいと暗黙の了解があった。
「キッチンにあるものは何でも使っていいからね、ボクが買ったものだから」
「ありがとう。……って、ほとんど何も入ってないけどご飯はどうしてるの?」
「……?棚に栄養食品が入ってるよ」
「それだけ?」
「基本?」
もっと正確に言えば、基本コーヒーですませることが多い。たまにボク個人が支援している料理人の人が作りに来てくれるけど……。
「……一緒に食事行く?」
「いや、大丈夫……」
ブランシュの提案を断ろうとすると、小さくおなかの虫がなった。それを聞いた二人は笑いをこらえる。
「今日は私達が奢ってあげるから」
「……ありがとうございます……」
顔を真っ赤にしながら頷き、食事に行くことが決まってしまった。
「その子、いい子だね」
クインさんの肩に乗っている白ネコちゃんを見て、私が微笑むと「えぇ、親バカにはなりますが本当にいい子なんですよ」とのど元を撫でた。
「その子、名前は?」
「ルナって言うんだ。数年前に怪我しているところを親友が拾ってきてね、そこからずっと飼ってる」
うーん……本当に悪い子には見えないんだけどなぁ……。
なんで、あの研究所に所属しているんだろ?この子の能力ならほかの研究所でもやっていけそうなのに。
クイン……ルーカスの親友で、デザイア研究所に所属している研究員。経歴は不明だけど若いながらいろんな研究をしていて論文もたくさん出している本物の「天才」だ。どの研究所も彼ならすぐにでもスカウトしたいと思っているほどに。
「どうしました?ルシールさん」
「あ、ううん。ごめんね、どこに食べに行きたい?」
クインさんに顔を覗き込まれ、私は笑って思考をそらす。
「ボクはどこでもいいですよ。お二人は何を食べたいですか?」
「そうだなぁ……おすすめの場所はある?」
「おすすめかぁ……あぁ、ボクの知り合いのところでもいいならあるよ」
「本当?行ってもいい?」
クインさんのおすすめのレストラン……純粋に気になる。多分ブランシュもそうなんだろう。
こっちです、と彼が連れて行ってくれた場所は有名な二人組が経営しているレストランだった。
「いらっしゃいませ。……あら、クインさん。あなたがここまで足を運んでくれるなんて珍しいですね」
「こんにちは、エリゼオさん。エラルドさん。実は二人にあなた達の料理を食べさせたくて。今から大丈夫ですか?」
「もちろんだ。そろそろお前の顔を見に行った方がいいかと思っていたぐらいだからな」
かなり仲がよさそう……?知り合いなのかな……?
丁寧な口調で穏やかな黒髪の男性と少し乱暴だけどどこか落ち着く白髪の男性……よく似ているところを見るに、双子さんなのかな?
「ご注文は?」
「ボクはいつもので。二人は?」
「私もクインさんと同じものがいいかな」
「私も」
こういうのは行きつけの人のおすすめを頼みたい。その意図を読み取ったのか、クインさんは「同じものを二つと、アップルパイも三つ頼んでいいですか?」とエリゼオさん?に聞いた。
「えぇ、もちろん大丈夫ですよ。アップルパイは食後でいいですか?」
「はい、お願いします」
「では、作ってきますね」
注文を取った後、厨房に入っていったところを確認して「勝手にアップルパイまで頼んでしまったけど、大丈夫でした?」とクインさんが首を傾げた。
「えぇ、大丈夫。おすすめなの?」
「はい、どの料理もおいしいんですけどお二人が作るパイは本当に絶品なんですよ」
食べきれなかったらお持ち帰りも出来ますからね、と微笑んだと思ったら急に真顔になった。
「……それで?誰にボクのことを探るよう依頼されたんですか?」
突然の質問に、私とブランシュは思わず顔を見合わせてしまう。いつ、探っていると悟られたの?
「別に探られて困ることはないからいいですけど、バレバレですよ」
「……さすが、天才と呼ばれるだけあるね」
「フフッ。誉め言葉として受け取っておくよ」
リッキーにも言われたけど、私そんなに分かりやすいのかな……?
エリゼオさんが料理を持ってくると、「ごゆっくりお話しくださいね」と微笑まれる。彼も、きっともう一人も悟っているのだろう。それならいっそ好都合なのかもしれない。
「……あの、単刀直入に聞いていい?」
「どうぞ?」
「なんで、あの研究所に所属しているの?」
その質問は想定内だったのか、「理由は言えないですよ」と前置きされて、
「まぁ、でも悪い噂が絶えないのはもちろん知っています。……ボクも、出来ることならあそこから抜け出したいですからね」
どこか悲しげに、クインさんは答える。彼なりに苦悩はしているようだ。
「クインさんは本当に優しい方ですよ。外国人で、どんな人間なのかも分からない私達に資金援助をしてくれたほどですから」
横からエリゼオさんが口を挟む。彼なりにクインさんをフォローしようとしたのだろう。
「そうなんですか?」
この国は外国人に厳しい。そんな中で身の上も知らない人に資金援助をするなんてかなりの覚悟だ。それをやすやすと出来てしまうのはもはやお人よしなんて言葉ではすまない。
「そんなことは言わなくていいんですよ、エリゼオさん。ボクはお二人が困っているようだったから援助しただけなんですから」
「だが、あの時は本当に助かった」
エラルドさんも顔を出し、小さく笑う。
「そのお礼にたまにクインの研究所まで足を運んで料理を振舞っているな」
「私達が行った時、いつも倒れていますもんね。今日も倒れてたんじゃないですか?」
「毎回申し訳ありません……」
アハハ……と困ったようにクインさんが笑う。あ、本当にいつも倒れてるんだ……?
ルーカスもいつもそんな話をしていた気がする。本当に仕事人間で、毎回行くといつも倒れているから私が面倒見ないとそのまま死んでしまいそうだと苦笑していた。
「研究熱心なのはいいことなんだけどな……自分のことを後回しにしすぎて困る」
そう言うルーカスはどこか楽しそうで、孤児院の外で初めて出来た親友のことが本当に大事なんだって分かった。
「クインさん、もし誘ったら……私達のところで働く?」
気付けば、そう問いかけていた。何を聞いているんだろう、私……。
クインさんは目を丸くしていたけど、不意に微笑んで、
「……それも、いいかもしれないですね。今はまだ難しいですけど、やることが終わったらそこで働いてもいいですよ」
「え?」
まさか了承してくれるとは思っていなかった。それと同時に、本当はあんな場所にいたくないんだと分かった。
「クインさんがいてくれると楽しいだろうな」
ブランシュも無邪気に笑う。
クインさんも一緒に、探偵業をする……そんな未来が本当に来てほしいな……。
「今日はありがとうございました」
研究室まで送り届けると、クインさんが頭を下げてくれる。それだけでも私達が連れ出したことに意味があった気がした。
「またお出かけしようね!」
「急に来ないでくださいね……困りますから……」
研究中だったら特に……と苦笑する彼に「ちゃんと連絡するよ」とルシールさんが笑いかける。
「では、気をつけて帰ってくださいね。あ、これお土産です」
クインさんが私に紙袋を渡してくる。中身を見ると、エリゼオさんとエラルドさんが作ってくれたであろう料理が入っていた。
「これは?」
「それもボクのおすすめの料理なんだ。好みかは分からないけど、食べてみて」
「ありがとう、もらうね」
あれ?自分の分の食事は……?とは思うけど、ありがたくもらっておく。
帰り道、「クインさん、思ったよりいい人だね」とルシールさんが呟いた。
「ブランシュはどう思った?」
「私も……悪い人ではないと思いました」
「そうなんだよね……でもさすがになんで在籍し続けるのかは教えてくれなかったね……」
うーん……と二人で考え込む。
――クインさんは、私のことを何か知っている気がする。
初めて会った時……どこか懐かしさを覚えた。クインさんも、私を見て驚いた表情をしていた。あれは……私のことを知っていた顔だ。
私は記憶がないけれど、彼に嫌な思いは抱かなかった。むしろ、心の底から安心できる人だと感じた。
きっと、私は彼と知り合いだったんだろう。でも……どこで出会ったのかどうしても思い出せない。忘れたくない記憶、だったハズなのに……。
「ブランシュ?」
「あ……すみません。少し考え事をしていて……」
「そう?何かあったら相談していいからね」
ルシールさんのその優しさは、失ったハズの記憶の「誰か」と重なった気がした。
ボクが一人で研究していると「失礼」と黒髪の男性が入ってきた。
「……勝手に入ってくるのはいただけないですね」
「そう言わないでくれよ」
人のよさそうな笑みを浮かべるこの男はクリム。大貴族であるルドベキア家の現当主でボクの知り合いである。
「私と君との仲じゃないか」
「出来たら切ってしまいたいですね、そんな腐れ縁」
「相変わらず毒舌だね、君」
仕事ばかりしていると婚期逃すぞ、と冗談っぽく言われる。余計なお世話だ。
「……で?何を聞きに来たんですか?」
ボクの質問に、彼は真剣な表情になる。いつもその顔をしていればいいのに。
「あぁ、そうだね。
――君も、私の義弟が行方知れずになっているのは知っているハズだ」
「……えぇ、一応」
彼の義弟……ボクと同い年で、孤児院から引き取ったと聞いている。顔も合わせたことがあり、面識自体はあった。
「なら、話は早い。何か知らないか?」
そう聞かれ、心臓が跳ねる。それを悟られないよう出来るだけ表情を変えないように「ボクが知っていると思います?」とため息をついた。
「アハハ、そうだよね」
「それだけですか?なら早く帰ってお仕事されたらどうです?」
「そうだね、私も仕事が残ってるしそうしようかな。だからここで得た情報を渡してほしいのだけど」
「あぁ……そうでしたね」
どうぞ、とまとめた資料をクリムさんに渡す。彼もなんだかんだエキナセア公爵と協力してこの研究所の闇を暴こうとしてくれているんだよなぁ……。
「ありがとう。エキナセア公とも情報共有しておくよ」
「すみませんね、ボクもなかなか情報が得られなくて」
「仕方ないよ、この研究所はかなり厳密に隠しているみたいだし?むしろここまで集められたのは君が初めてじゃないか?」
彼の言う通り、確かにここまで深淵に踏み込めているのはボクが初めてだろう。ほとんどの人は、その深淵に踏み込んだら生きて帰ることは許されないから。
「まぁ……ボクはエキナセア公爵の後ろ盾がありますから」
「フフッ……そうかもね。でもそれ以上に君の実力が認められているんだと思うよ。君は研究者としても素晴らしい人材だからね」
「あなたが誰かを褒めるなんて珍しいですね」
「頑張ってるからね」
そう言って彼は頭を撫でる。そして「じゃあ、また来るよ」と彼は帰っていった。




