九章 役目からの解放
次の日、伝書鳩の鳴き声で目が覚める。
「ん……思ったより早かったな。遅い時間に送ったのに」
呟きながら手紙を取り、伝書鳩をかごの中に戻す。
手紙の内容は週末には受け入れられるよう国王に報告するというものだった。さすが、仕事が早い。
「うちの国王は動いてくれなさそうだなぁ……エキナセア家とルドベキア家の財政から出すしかないかな……」
いっそ、この国も一新したらいいのに……。こんな、受け身の体制だから裏取引なんてことが蔓延するのだ。
「クイン君、その手紙は?」
ルーカスが顔を覗かせる。後ろにはルイスも立っていた。
「んー?隣国の知り合いに今回のことを連絡して、週末に戻れるようにしてもらったって報告の手紙」
「兄さん達に報告するのか?」
「そうだね。資金は両家から出してるわけだし」
さて……とボクが白衣を着ると「おや、もう仕事かい?」とルーカスが笑った。
「仕事もあるけど、そろそろあの研究所をつぶしにかかろうかなって」
「へぇ、ようやく動き出すのか」
「情報は十分得たし、どうにかあの研究所の重要場所もクリムさんが潰してくれるみたいだし。……賢者の石の材料と作成方法を書いた書類だけは回収しないといけないね、それ以外は全部ぶっ壊す勢いでいいと思う」
自分で言うのもなんだけどボクは知的に見えてかなりの脳筋だ、だから潰しにかかる判断が割と早い。正直、ここまで耐えているのが珍しいぐらいだ。
それはルイスも分かっているのか、「準備は終わっている」と悪い笑みを浮かべた。
「よし、それじゃあリッキーさんにも協力してもらおうか。無関係の研究員もいるからね」
禁忌の研究をしているのは上層部の人間と、本当に一部の研究員だけだ。デザイア研究所の人間だからと言って全員が悪人なわけではない。
そういった人達には他の研究所を紹介するつもりだ。……もちろん、記憶は改ざんする予定だけど。
「……クイン君?なんか怪しいこと考えていないか?」
「きーのーせーいー」
「その反応、気のせいじゃないな。何を企んでいる?」
なんでバレるんだ……。
「分かりやすすぎるぞ、クイン君。もっと冷酷につき放すぐらいしないと」
「ごめんって」
まだ根に持っているらしい。こいつ、こうなるとめんどくさいんだよなぁ……。
「く、クインさん……」
「ドラセナ君、しばらくはこの家にいてくれる?危ないからさ」
ボクの言葉に、扉から覗き込んでいたドラセナ君は頷いた。ここから先はデザイア研究所を跡形もなく消すつもりだ、それに子供を巻き込むわけにはいかない。
(……まぁ、この子は大丈夫だと思うけど……)
なんとなくそう思うけど、まぁ安全に越したことはない。
ルイスとルーカスを連れて、ボクは研究所の中に入る。この時間はまだ研究員達が出勤していないハズだ。まぁ、ボクはほぼ研究所に住み込んでいたから実際のところは分からないけど……。
だから、仕掛けるとしたら今の時間がいい。そう思っていたんだけど、
「おや、裏切り者が来たな」
後ろから声をかけられ、ボク達はバッと振り返る。そこには白衣姿の初老の男性……この研究所の所長が立っていた。
「貴族のネズミが入り込んできたから泳がせていたが……やはり潰そうと思っていたんだな」
「……あんな派手に動き回っていたら、さすがにバレるか……」
「あぁ、貴様が賢者の石を作ったというのも既に把握している。その資料を回収しに来たというところか」
予想していたけど、やっぱり泳がされていたらしい。でもまさか、資料のこともバレているとは。……早めに動いてよかったかもしれない。
資料はボクの研究室……ではなく、ボク専用の仮眠室と化していた部屋の下にある金庫の中に保管している。だから見つけられなかったのだろう。
「ルーカス、ルナと一緒に取ってきてもらえる?」
「構わないが……君しか知らないだろう?」
「すぐに分かるよ」
ルーカスに一枚の紙を渡す。それには二人の子供が白い子供の手を引いている、ただの落書きが描かれているように見えるだろう。……でも、彼には分かるはずだ。
だって、金庫の暗証番号は彼と親友になった日なのだから。
「……了解」
ニヤリと口角をあげ、彼はすぐに研究室に向かった。
「さて……断罪を受ける覚悟は出来てる?」
ボクが所長に向き直ると、「ほう……」とクスクス笑っていた。
「余裕だな」
「気を付けて、こういう研究所にはボク達が見たこともない生物が出てきてもおかしくない」
ルイスに呟いたと同時にこの世のものとは思えない唸り声が聞こえてくる。それを聞いてルナを護衛として連れて行ってもらってよかったと安堵する。
「私達は足止めしたらいいのか?」
「うん、武器は持ってるでしょ」
「もちろん」
ルーカスは戦闘に慣れていない。そう考えたらボクとルイスが相手している間に回収してもらった方がいいと判断したのだ。
それに、ルナはいい子だ。ご主人の言うことをよく聞いてくれる。
「なっ……停電……!?」
奴隷市場の時と同じようにルナが停電を起こしてくれたらしい。この研究所はボクにとってもよく知っている場所だ、ルナだって電力室の場所を分かっていて当然だ。
「あんのクソネコ……!」
「ルナのことをそういうのやめてくれる?あの子、本当にいい子なんだから」
「さすがネコ使い」
「うるさい」
別にネコの言葉が分かるわけじゃないんだから。……まぁルナの考えていることは分かっているつもりだけどさ。
これなら、ルーカスも無事に資料を取りにいけるだろう。ボク達は自分達の役目に集中しようと神経をとがらせる。
「ルイス、左から気配がする。気を付けて」
「了解。……思った以上に大きいな」
ルイスが呟く。
確かに、一体にしてはかなりの威圧感だ。見えなくても油断したらすぐ命が吹き飛ぶだろう。
停電が明けると、そこには石を中心に無数の手が生えている化け物だった。
「……賢者の石の失敗作か」
賢者の石は、人の命を使う。失敗したら……壊れるまで、石の中に意識が閉じ込められる。その怨念が実体化してあの怪物になってしまった、のだと思う。
「……本当に、最低な奴」
「私にだって、叶えたいことがあるんだ。そのために手段は選べない」
所長が何か合図をしたと同時に怪物が動き出す。
「危ない!」
間一髪、ルイスがボクを抱えて避けてくれたおかげで怪我はなかったけど、拳を振り落とされた場所がへこんでいた。
「おー、さすがに強いな……」
「君が言うと緊張感ないな」
「失礼な、これでもかなりひやひやしてるよ」
あれに殴られたら跡形もなく飛び散りそうだ。
「……ルイス、あの石のところを狙える?」
「あぁ、出来るが……」
「あそこが弱点なんだ。……それに、実験に使われた人達の魂も解放できる」
ボクの言葉に彼もコクッと頷いた。
懐に入れていた拳銃を持つと同時に怪物も動き出す。
(思ったより素早いな……っ!)
三発撃つけど、全部避けられてしまう。弾もあるし拳銃ももう一丁あるけど、これじゃ意味がなさそうだ。
そうなると、接近戦がいいだろうけどあいにくボクの力じゃ飛ばされて致命傷になるのがオチだろう。
(……なら、陽動になるか)
ルイスが気付かれないように近付いているのが見える。たった一瞬のチャンスのために、失敗は許されない。
ボクがさらに銃弾を撃ち込む。煩わしいのか、怪物がボクを視界に入れるとそのまま拳を振り上げた。
寸のところで避け、頭に銃弾を撃ち込むと一瞬だけ怯んだ。
(ん……?これは、もしかして……)
頭はどの生物でも弱点になりえる。それはこの怪物も同じなのかもしれない。
それさえ分かれば、やることは決まっている。ボクが頭を優先的に狙っていると怪物が怒りに任せてボクをなぎ倒した。
同時に、ルイスが怪物の中央にあった石を壊した。悲鳴に似た呻きと共に怪物が崩れていくのを確認したあと、ボクは意識を飛ばしてしまった。
私が怪物の動力源であった石を壊すと、砂のように跡型もなく消えていく。それを見届けていると近くでドサッと何かが倒れた音が聞こえた。
「クイン!?」
慌てて彼女に駆け寄る。息は……安定している。でもなんで……?
「アッハハハ!こいつ、賢者の石の危険性を知ってて接近していたな」
「は……?」
危険性……?そんな話、聞いたことない。もしかしてまだ何かあるのか?
私が考えていることに気付いたのか、奴は笑いながら答えた。
「賢者の石はな、人のエネルギーを吸う能力があるんだ。それを知っているくせに戦うなんて無謀なことをしたから倒れたのさ」
それを聞いて、私は嫌な汗が流れる。
「……まさか、それって……」
「こいつは常に賢者の石の研究をしていたからな、ずっとエネルギーを吸われていた状態だった。――もしかしたら、このまま一生起きないかもな?」
――奴の言っているエネルギーは、要は「命」なのだろう。そんなに、賢者の石というものは恐ろしいものなのか。
そしてそれを、彼女は一人で抱えていたのか。
「悪いけど、これ以上は見逃せないね」
私の後ろから聞き覚えのありすぎる声が聞こえてきた。
「にい、さん……」
「おやおや、ルドベキア家のご当主様がわざわざこんな研究所に足を運んでくださるなんて……」
「クインからついさっき連絡来たんだよ、もしかしたら自分が倒れるかもしれないから念のために来てほしいって。……まったく、本当に無茶ばかりするんだから」
兄さんがクインを抱え、後ろにいた護衛達に目配せをする。彼らはルドベキア家お抱えの使用人であり、私や兄を守るために鍛えられている。
「ルイス、おいで。あとは彼らに任せたらいい」
「でも……」
「大丈夫、親友君とクインのネコはもう回収している」
そう言われては従うほかない。ルーカスとルナが無事なのなら、あとは護衛達が殲滅してくれるだろう。私は兄に続いて部屋から出た。
――夢を、見た。
若い男性が、横になっている若い女性に寄り添っていた。……いや、あれは泣いている、のか……?
よく周りを見てみたら、ここは病院だった。ということは、女性は病気で入院しているのだろう。
「すまない……君の病気を治す薬、出来なかった……」
男性が女性に謝っている。薬……?ということはこの男性は研究者なのだろうか。
そういえば、この男性はどこか所長の面影があった。まさか、これは所長の過去なのだろうか?
きっと、恋人か妻だったのだろう。彼女を失ったことで、賢者の石に執着するようになったのか。
(でも……だからと言って他人の命を使っていい理由にはならない)
やはり、賢者の石の資料は封印した方がいい。存在も隠した方がいいかもしれない。
もう、これ以上犠牲を増やさないためにも。
久しぶりにルドベキアの屋敷に入ると、兄さんはクインをベッドに寝かせた。
「兄さん、クインは……?」
「大丈夫、ちゃんと起きるさ」
私の不安げな声に兄さんは頭を撫でてくれた。その行動に安心感を覚え、頷いた。
「……ルイスは、本当にクインが大好きだね」
「え、いや……っ!」
「隠す必要もないさ」
クスクスと兄が笑う。本当に、この義兄には敵わないな……。
彼は愛おしげにクインを見る。
「……私とクインは確かに婚約者だが、お前にならこの子を任せられる」
そして突然、そんなことを言い出した。
「は……?」
「私もクインも、お互いに兄妹のようにしか思っていないと知っているだろう?」
いや、だからってなんでそんな話になるんだ……?兄の思考が理解出来ない。
そんな私の疑問に気付いているハズなのに、兄はそのまま部屋を出てしまった。
少し、考えてみる。確かに私はクインのことは好きだ。でもその「好き」はなんだろうか……?
クインは綺麗で優しくて私よりしっかり者で、頭もいいし何でも出来るけどすぐに無茶して……そんな彼女を支えたいと思う。
そこまで考えて、ようやく気付く。
「……クソッ、そういうことか……」
顔が熱い。かなり赤くなっているんだろう、これをルーカスや兄さんに見られなくてよかった……。
「……ん……?」
意識が浮かび上がってくる。身体が重く、かなりの時間寝てしまっていたのだと分かった。ここは……ルドベキア家の屋敷か。
「あ、クインさん。起きました……?」
家に置いてきたハズのドラセナ君がボクを覗き込んで来る。この様子じゃ、研究所の方はクリムさんがどうにかしてくれたな。
「クイン君、よかった」
ルーカスもボクを見て笑う。ボクが起き上がって「賢者の石の資料は?」と尋ねると「もちろん、ルドベキア当主様に渡しておいたさ」と答えた。
「よかった、とりあえずはこれで一段落かな?」
あの研究所も、じきになくなるだろう。そうなったらボクの役目もひとまず終わりだ。まだまだ問題はあるけど、それは今後考えていくとして。
部屋にあるテレビをつけると、ちょうどデザイア研究所のことが報道されていた。所長やお偉いさんたちは違法な研究をしていたとして逮捕されたようだ。
「珍しい、クリムさんがお国に処罰を任せるなんて」
「あぁ、何でも彼らはまだ更生の余地があるからとかなんとか言っていた」
「……まぁ、そうだね」
ボクの中では、両親を奪ったこいつらは許せない。でも……きっと、殺すことは望んでいない。だからこれでよかったのだ。
(でも、また同じことをしたら……今度は容赦しないからね)
そう心の中で呟きながら、笑いあってしまった。




