4 殺す苦痛
「いい加減にしろ!!」
後ろから首根っこ掴まれたディルクは後ろの方を振り向いた。眉間に皺を寄せたジルケがこちらを睨んでいたのだ。
「ジルケ」
ようやく足を止め手を休める。それをみてジルケはとりあえずほっとしたように息をつく。そしてすぐに口を開いた。
「何なんだ。その顔は」
そう指をさされディルクは首を傾げた。
何を言われているのか理解できなかった。
「それに、手!」
そういわれてみれば腕は何度も狼に噛まれた痕がありぼろぼろになっていた。よくこんな腕で人狼や狼と戦ったものだと感心した。気づけば驚くほど痛い。何故この痛みに気づかなかったのだろう。
「ああ、もうっ」
ジルケはじれったいといわんばかりにディルクを引きずり、自分の家へと連れて行った。
彼女の家も人狼たちの襲来で焼き落とされた状態であった。その家の中で地下に繋がる扉をあけディルクを地下へと運んだ。そこには何人かの村人が避難していた。
「ルッツさん、これ看れる?」
そういうと僧侶が驚いたようにディルクをみた。1か月前に会ったのに何年かぶりに出会ったような心地がする。ルッツはディルクをみて慌てて腕に触れた。
「ああ、これは酷い。はやくこっちへ」
奥へ案内されるとそこには怪我をしている女性がいた。
右目は布で巻かれ肩から胸にかけ包帯がぐるぐるにまかれている。その白かったであろう包帯には血が滲んでいた。
「マーヤさん」
そういうとぴくりと反応して包帯の女性は左目を開けた。掠れた声で何か言おうとしたが、なかなか声がでない。喉が引き裂かれており、声を出そうとすると激痛が走るようでありすぐに目を伏せた。
「無理をしないでくれ、マーヤ」
ルッツがそういうとマーヤはこくりと頷いた。
「マーヤさんは」
「大丈夫です。助けてみせます」
ルッツはそう言いながらディルクの腕に手をかざし呪文を唱えた。それにより彼の手から白い光があふれするするとディルクの腕を包み込んだ。熱いようであたたかい不思議な感覚であった。
何度か酒場で話をしたことがあったが、ルッツは治癒に特化した白魔術を得手としていた。かすり傷程度ならばすぐに治癒することは可能であるがかなりのエネルギーを消費する。応急処置の為にしか使えないとマーヤはよくこぼしていた。そんな彼の顔は疲労の色が濃ゆい。
ちらりとマーヤの方をみる。普段は明るく陽気である彼女の痛ましい姿をみてディルクは悲し気に眉を寄せた。
「これでも大分ましになった方なんだよ」
マーヤの現状を補足するようにジルケは新しい水と布を持ってきてマーヤの体をふいた。
どうやらルッツはここで何度もマーヤに治癒魔術を施したようであった。
「しかし、酷い怪我だ」
マーヤは女性ながらも剣の腕が優秀でちょっと散歩がてらに狼を一匹狩る豪胆な女性であった。そんな彼女がここまでやられるとは。
「さすがのマーヤも飲み仲間の姿をした人狼には後れをとったようです」
ルッツは苦々しい笑みをこぼした。
村の数人は人狼になり果ててしまったという。武芸を得意とする猛者でも心理的にこたえたようだ。
「酒のみ仲間のエーリッヒを殺しました」
治癒魔術を施しながらルッツはそう呟いた。
「そうしなければマーヤが殺されていました。後悔は、してません。殺さなければもっと私は耐えられませんでした」
マーヤがいなくなってしまうことに。
「ですが、あの感触が忘れられません。私もマーヤとともに何度か狼を退治したことがありましたが、これは………一生取り払うことができない感触でしょう」
そういわれディルクは何ともいえない気持ちになった。
「その男にわかるわけないわ」
女の冷たい声が聞こえた。振り向けば見覚えのある女性がこちらを睨みつけてきている。
「その男は私の娘を殺したのよ。人狼になった私の娘をね」
クレアの母であった。
彼女も無事だったのか。
「ニコルちゃんも殺せばいいのよ。それが狩人のあなたの………いいえ、人狼になったニコルちゃんを見逃したあなたの責任でしょう」
何か言わなければと思ったディルクの前にジルケが立ちはだかった。
「おばさん、それは言い過ぎだよ。ニコルはあの時は人間だった。銀のロザリオは人狼を拒む道具………でも、ニコルはあの時はそれを触れられたでしょう」
「じゃあ、なんでこんなことになったの。ニコルちゃんが人狼になって村人を次々と仲間に引き入れなければここまでの地獄にならなかった。あの時あなたがニコルちゃんを殺していれば」
女性の叫び声とともに地下に隠れていた村の数人がディルクを見つめていた。その視線はディルクを責める冷たいものであった。
ここにいる者たちはニコルをずっと疑っていた者たちであった。
彼らは視線で言っていた。
あの時、あなたがニコルを退治していればと。
だが、あのときのニコルは人であった。それはディルクがよくわかっていた。
カリスが生き残っていたと知らなかったとはいえ、彼がディルクへの復讐のためにニコルをあのようにしてしまうとは。
ああ、あの時迎えに行くと約束して別れるんじゃなかった。
連れて行ってやればよかった。
そうすればニコルはまだ人のまま自分の隣で笑っていたかもしれないのに。
そうディルクは後悔せずにはいられなかった。自分の甘さを呪った。
「ニコルは殺します」
これ以上、彼女が罪を重ねないように。
この手で彼女を殺すのだ。
それがディルクに課せられた罰だといわんばかりに。
ごつっ
頭に強い衝撃が走った。
よくみるとずっと自分に治癒魔術していたルッツが手に持っていた聖槌でディルクの頭を殴っていたのだ。
「あなたは私のさっき言ったことを忘れたのですか?」
飲み仲間を殺したルッツは、あの感触を忘れられないと言った。
「ですが、あなたは後悔していないと」
「ええ、ですが……それでも友人を殺してしまった感触は酷く痛いものです。それが別の物になってしまったとはいえ、あの肉体は友人のものだった。まさかまたあの感触を得るとは思わなかった」
聖槌で殴り殺し、手に持っていたナイフで彼の喉を引き裂いた感触を覚えると同時に自分の胸が抉られる心地であった。
「友人を殺してこれです。あなたはニコルを殺して、どう感じるでしょうか」
「………ですが、このままにしておけません。彼女を殺さなければ多くの人が犠牲になることに」
「あなたは耐えれますか?」
「耐えれません。ですが、彼女が人を苦しめるのを黙ってみるのはできません」
ルッツはそれ以上何も言おうとしなかった。
「治癒していただきありがとうございました。後はその力はマーヤさんに」
そういいディルクはルッツに礼を言い、腰をあげた。彼が地下を出た後に慌ててジルケが後を追う。
地下に残されたルッツは深くため息をつき、十字をきった。
「ああ、どうか………聖女キリアの加護があらんことを」
地下を飛び出て村を出ようとすると後から追いかけてくるジルケが大声をあげた。
「ディルク!」
「ジルケさん、お世話になりました」
あとは自分で何とかしますとディルクは頭を下げた。
「お前、今からどうするんだ? ニコルを、カタリーナ姫を殺すといってもどこにいるかわからないだろう」
「多分、あの城に何かあると思う」
この森はカタリーナ姫の所縁の土地。そして村のすぐ傍にそびえたつ城はカタリーナ姫の為のもの。では、ニコルはあそこにいるだろう。
「………なぁ、その前に寄ってほしい場所がある。きっとそこにニコルを助ける為のヒントがあると思うんだ」
ジルケの言葉にディルクは苦く笑った。今は一刻を争う事態なのだ。まだカタリーナ姫が動いていないうちにすべてを終わらせなければならない。
「親父は今、キルケ森の例の家にいる」
そういえば先ほどの地下室には主のハンスが見当たらなかった。
「あそこで日記をみつけたんだ」
「ああ、ヨハンナが書いたものだろう」
森の奥に隠される形で存在する家に侍女が書いた日記があった。随分古い文字で書かれていてすぐに読むのは難しかった。
「親父が今熱心にそれを読んでいてさ。その中にカタリーナ姫が処刑された経緯についても描かれていた」
ディルクがやってきたときにハンスはすぐに伝えたいと言っていた。
「不思議なことにその日記にはある人物が登場していた」
その名前はニコルという。
反射的にディルクはその話に興味を抱いた。ニコルなどよくある名前とわかっていながら。
キルケ森の奥へ行くと前回やってきた薬園のある家にたどり着いた。
「げげっ」
薬園から少女の声が聞こえた。茶髪の少女が身構え、ディルクを睨みつけていた。
「なにしにきた」
イルザであった。
カタリーナ姫の城へ潜入したときに一戦を交えた人狼と人のハーフの少女。
「君はここで何をしているんだい?」
「私がここにいちゃ悪いの。ここはヨハンナが管理していた家だぞ」
ヨハンナとはよく知った仲であり、自分がここにいて何の不思議もないだろうとイルザは言い放った。
「えーと、ここで何をしているんだい?」
「何ってみてわからない? 薬草を干しているの」
薬園には豊富な薬草があり、イルザはときどきここへきて薬草の使い方を練習していたらしい。指南者はヨハンナだったという。
「おーい、助手っ!! 助手はどこだ!! ちょっと一緒に読んでほしいところがあるぞ」
家の中から男の野太い声が響いてくる。それを聞きイルザは眉をしかめた。
「誰が助手よ。それに大声で叫ばないでちょうだい! 私の友達は繊細なんだから」
イルザがそう怒ると薬園の草や木の影に隠れていた狼がおろおろとしていた。
狼の姿をみて思わず身構えてしまう。
「大丈夫だよ。ディルク、こいつは人を襲わない。ニコルが連れ込んだ狼とは別物だよ」
ジルケは慣れたようにイルザの友人という狼の頭を撫でた。狼はまるで犬のようにもっと撫でてほしいとジルケにゆすっていた。
「一体どういうこと?」
この展開についていけない。
何故クルス村のハンス・ジルケ父子はこのヨハンナの家でイルザと一緒に当然のように過ごせているのだろうか。
話せば長くなることだがとジルケは説明した。




