1 人狼となった少女
狼が村を取り囲むように配置されていたが、ディルクをあっさりと通してくれた。それを不審に思いはしたがディルクは一刻も早く村の中を確認したかった。
村の中にまだいるであろう少女を。
村へたどり着くとそこは以前の姿ではなかった。村の半分以上の家が炎に包まれ、あちこちの場所に人が倒れていた。倒れている人のすべてが絶命しており、のど元や腹を裂かれている状態であった。
もしかしたらすべての村人たちが絶命してしまったのではないかと不安になり、その中で知っている者をみた。
「ゲルトさん」
家の壁に背を預け血だらけになっている男に声をかける。男は顔をあげた。朧げな瞳が少し光が戻ったようである。
「ああ、来たのか」
「しっかり………」
王都で騎士を務めていた彼は村から信頼厚く、昔怪我をして引退したといっても武術の腕は確かだった。
そんな彼でもここまで手傷を負わされるとは。
「すまない………人狼にここまでのことを許してしまった。君が来る前に何とかしようにも自警団のみんなが思うように戦えなかった」
「ニコル、だったから?」
ゲルトは否定しなかった。苦し気に目を伏せた。
「これを傷薬です。手当を」
「ああ、すまない。手当は自分でできる。それより彼女を止めてくれ………これ以上あの子が村人を殺す姿をみたくない」
ゲルトは深く頭を下げた。
「辛いと思うが、ニコルを殺してくれ」
ケヴィンと同じことを言われディルクは悲しげに俯き、頷くことができなかった。
ただこのままではよくない。
それだけはわかり、一刻も早く彼女の元へ行かなければと考えた。
「ニコル」
赤々と燃える炎を目の前に金髪の少女はいた。
呼ばれた彼女は振り向いてディルクをみてにこりと笑った。
その服には赤い染みがつき、彼女の口からは鋭い牙が覗かれた。
見たくない姿だった。
1か月前まではふつうの人の少女であったのに、今は見る影もない人の血肉を漁る異端者となり果ててしまった。
ニコルはディルクの方へ駆け寄り、彼の胸へと飛び込んだ。
「ニコル?」
「嬉しい。やっと来てくれたのね」
彼女の紡がれる口調は別れたときと同様のもの。ディルクは剣に手を伸ばそうとしたが、躊躇してしまった。
がっと突然首を絞めつけられる。ニコルの両手がディルクの首に添えられそのまま力を入れられたのだ。
「私に殺されに」
にこりと笑うニコルは全く迷いもなくディルクを絞め殺そうとしていた。
ディルクは瞬時に剣を持ちニコルの腹に振りかざした。
すぐにニコルは後ずさり剣筋をかわした。人とは思えない身軽さで宙を回転させ着地していた。
「どうして………確かにあの時」
未だに混乱しているディルクをあざ笑うように男の声が響いた。その声は聴いたことがあった。
「カリス」
ディルクがそういうと男はあっさりと姿を現した。
「素敵だ。その苦し気な表情は実にいい」
カリスはそうこの劇を楽しむかのうように笑っていた。
「お前か」
「ああ、そうだ。あの時の礼をしなければ………」
「あの時、倒したはずだ」
そうだとカリスは首を縦にふり頷いた。
「さすがにあれだけの血が一気に出て死んだと思ったさ」
しばらくは全く動けなかった。ようやく動けるようになっても瀕死状態であったし、すぐに狩人に退治されてしまうため身を隠した。
そういえば後で調査に入った狩人たちはカリスの死体があった場所には何もなく灰だけしか残っていないと言っていた。てっきり退治された人狼が灰塵と化したのだとそのときは片付けられてたが。
実際はカリスはカタリーナ姫の棺桶の中から灰塵をとりそれを自分の倒れていた場所に捨てカモフラージュしていたという。
「まさか、姫がもうすでにどこにもいないとは」
ヨハンナとディルクの会話を聞いていたカリスは信じられないと棺桶の中を確認した。中身をみて頭の中が真っ白になった。中にあったのは灰塵のみであった。
敬愛するカタリーナ姫がいないのであれば、このまま死んでしまおうと考えた。
しかし、灰塵と化したとはいえカタリーナ姫が眠る座の前で恥をかかせたディルクをどうしても許すことができなかった。ヨハンナにもいろいろ問い質したいことがあった。
彼は生き延びることを選び、必要なエネルギーを得るのを狙っていた。村のすぐ裏の森の中で獲物が来るのをずっと待っていた。
ディルクが去った後、ニコルが真夜中村の裏の森に入りしばらく物思いに沈んでいた。
彼女の表情や一人溢す言葉を聞き、ディルクと浅からぬ仲になっているのにすぐに気が付いた。
よく考えれば危険を承知で彼女を救いに城へやってきた男である。
彼女を利用すればさぞかしディルクは苦しむだろう。
そう考え、カリスはニコルを襲った。まずは血を吸いエネルギーを得て、次に彼女の中に自分の血を混ぜた。それはあまりの苦しさにもがき苦しみ死んでいくことも珍しくないことだった。しかし、それを超えたうえで自分の同類となってしまったらどれだけよいかとカリスはニコルの苦しむ様をみて笑った。
そしてニコルは人狼の肉体となりカリスの前で立ち上がった。
こうして彼女はカリスの眷属となったのだ。
「だが、その反動で心が壊れてしまったがな」
ニコルは先ほどまでの表情を一変させ無表情となった。まるで人形のように。
カリスが命じてディルクが現れたら今のようにふるまわせたのだ。
おかげでディルクはすぐに短剣を抜くことができなかった。
「さぁ、どうだい? 狩人よ。君に彼女を殺せるかな」
「お前を殺す!」
揶揄する男の言葉にかっとなりディルクは短剣を構え、男の方へ向かった。少女を人狼にしたてこのような惨劇を作り出した男を許せなかった。
自分の走る先にニコルが立ちはだかり、少女は右足をあげディルクを蹴り上げた。
すぐに守りの姿勢に入ったがそれでも衝撃はかなりのものでありディルクはそのまま後ろへと崩れた。
「あはは、狩人が冷静な判断ができなくなったか。私の前にまずは娘を何とかしなければならないぞ」
ニコルは無表情なままディルクを見下ろし、右手を振り下ろした。ディルクはそれを短剣で封じた。
「………」
短剣の刃にあたったニコルの腕から血が流れぽたぽたと地面に落ちていく。痛みを感じていないようでニコルは構わず腕をさらに前へと進めた。袖が破ける音とともに彼女の腕が痛ましく裂かれていく。自分の方へ腕が届く前にディルクは短剣を戻し少女の右腕を切り落とした。
「ほう、随分早く見切りをつけたな。まぁ、そうしなければ娘に殺されるだけだ」
カリスは感心したといわんばかりに感想を述べた。
「ニコルっ」
ディルクは右手の短剣を振り上げ彼女の方へおろした。
「ディルク?」
突然、ニコルの声が変わった。
目の前で短剣を振り下ろすディルクに恐怖の表情を浮かべていた。
一瞬ディルクの手が止まった。
ニコルはそれを見逃さずディルクの右手を蹴り短剣を弾き飛ばした。武器を失ったディルクの肩を左手で捕らえ、近くの家の壁に押さえつけられてしまった。




