6 銀のロザリオ
ヨハンナから手に入れた鍵は確かに本物だったようだ。
扉をあけると部屋の中で小さく蹲る少女がいた。
「ニコル」
ディルクが声をかけると少女は顔をあげた。今にも泣きそうな程の表情をみせ、ディルクは彼女の傍に近づいた。
「来ないでください………」
ニコルは拒否の言葉を出す。それにディルクは反射的に立ち止まった。
「私、ヨハンナに攫われてからずっと眠っていて………その間どうなったかわからないの。もしかしたら人狼になっているかも。そうしたらあなたを傷つけてしまう」
それがニコルには恐ろしかった。
できることならばディルクの胸に飛び込んでしまいたい。
だが、もし自分が人狼であれば彼に襲い掛かってしまうかもしれない。
「大丈夫だよ。君は人間だ」
「証拠がないわ」
今は大人しくてもいつ眠っている血肉への欲望が湧き出るかわからない。
ディルクは静かにニコルの傍に近づいた。
「ニコル、手を出してごらん」
ニコルは震えながら右手を差し出した。それにディルクは銀のロザリオを置いた。
何も起こらなかった。
それにディルクは優しく微笑んだ。
「ほら、君は人狼じゃない。これは異端者が触れると焼けてしまうんだ。つまり君は人間だ」
そういえばそういっていたような気がする。
ニコルはじっと銀のロザリオを見つめた。
「本当に?」
「うん、本当さ」
そういいディルクはニコルの肩を引き寄せ抱きしめた。
「僕が証明しよう。君はごくふつうの女の子だ」
「あ、………うぅ」
ニコルはぎゅっとディルクの胸に身を預けた。顔を彼の胸にあて涙を流す。
「怖かったっ………もう帰れないかも。ディルクの敵になっちゃったかもと思うと怖かった」
「うん、来るのが遅れてごめんね。怖い思いをさせてしまった」
それにニコルは首を横に振った。
「あなたは来てくれた………こうして私を救ってくれた。私はとても嬉しい」
そういいニコルは顔をあげた。目には隈が刻まれ、涙で腫れてしまっている。ぼろぼろの顔であるが、ディルクはそれをみて心を痛めた。
この数日の間どれだけ苦しんでいたのだろうか。
「好き………」
少女の口から突然言葉がこぼれる。それにディルクははじめは理解できなかった。
「ディルクが好き。ずっと好きだった」
だから嬉しい。こうして再び会うことができて。こうして迎えにきてくれて。
「そうか。奇遇だな」
ディルクはにこりと微笑んで彼女の耳にささやいた。
「僕も君が好きだよ」
そういうとニコルは頬を赤く染めた。それは愛らしく愛しいものであった。
「わ、私………を」
「うん、そう」
軽率な行動とわかっていても本部から戦力が送られる時間を待てずこうしてニコルを探しにきていた。表ではカタリーナ姫の斥候の為と大義名分を掲げたが、実際は彼女を一国も救い出したかった。待てなかった。
「私は、たいした役には立てないわ。自警団のみんなみたいに何か優れているわけでもないし」
「君は僕をいつも受け入れてくれる。それだけで十分さ」
ディルクは気づけば彼女にいろいろと話していた。自分の過去のことも。
ニコルはそれを聞き、ディルクの為に涙を流してくれた。
その涙を見てディルクは困りつつも内心嬉しかった。
心から自分に涙してくれる娘がニコルであることに喜びを感じた。
思えばはじめて出会ったあの時から彼女に惹かれていたのかもしれない。
ディルクはニコルを連れ城から村へと戻ってきた。人々は狩人の帰還とニコルの無事を喜んだ。一部彼女がすでに人ではなくなっているのではないかと疑問視していたが、ディルクは彼女に銀のロザリオを持たせ彼らに証明した。
「ああ、ニコル………よく無事に帰ってきてくれたね」
ドーリスは心から喜び孫を抱きしめた。
「うん、おばあちゃん。心配かけてごめんなさい」
祖母と孫の抱擁をみて村人たちは穏やかな気分になった。
その中で違う感情を抱く者がいるのをディルクは何となく感づいた。
彼らの中にはニコルをまだ疑っている者もいると。
かつて親にも信じてもらえず異端者として処刑されそうになったディルクだからこそそういった機微に敏感であった。




