7 別れ
ディルクが城から戻ってきてから、クルス村に五人の狩人が派遣された。彼らは早速城の探索を行い、村の周囲の警戒を行った。これにより村の警護はより強固になるだろう。
そしてディルクに本部からの通達があった。
新しく派遣された狩人たちに一切を任せ、一度本部に帰還するようにと。
「そうなの。寂しいなぁ」
酒場で飲んだくれていたマーヤは残念そうにつぶやいた。
「俺はせいせいするけど」
ケヴィンはサーブをしながら憎まれ口をたたいた。それによりマーヤの頭ぐしゃぐしゃ攻撃を受けることになるのだが。
「でも、君のおかげで助かったよ。今まで辺境の村だったここが警備のために銀十字から狩人を派遣してくれるというし、ありがたいことこの上ないよ」
ルッツはマーヤと長年旅を共にした戦士とはいえ、戦いは好まない性格である。きちんと人狼相手に特化した戦力が補充されるのであり、自分たちが戦う必要性がなくなることを喜んだ。
「これでマーヤが大人しくしてくれれば………」
「よっしゃ、景気祝いに狼狩りじゃぁ!!」
そういいケヴィンを引きずって酒場を後にする女性の声にルッツははぁとため息をついた。
ディルクは一人ひとりに挨拶をして回った。
「なんだ、いっちゃうのか」
ジルケは残念そうに呟いた。もう少し滞在するものと思っていたから。
「あとは新しく来た狩人に引き継がせるから、また何かあったら相談に乗ってあげてね」
「任せな。とはいえ、あんた程距離間縮めてくれそうにみえないけどね」
ジルケはやってきた狩人たちにすでに会ったようである。
元々狩人は人狼退治に特化し、厳しい訓練の上過酷な戦いに身をおいている人たちであった。そのため、どこか通常の生活を送る人たちとは一線を引いてしまっていた。
それにディルクは何もいえない。
自分もそうだった時期があるからだ。少しでもふつうの生活に触れてしまうと人狼との戦いの勘が鈍るおそれがあった。通常の生活に触れることで苦痛を感じる者もいる。かつては自分にもありえたかもしれない生活だと思うと。
「ごめん。彼らは悪気があるわけじゃないんだよ」
「わかっている。ま、そのうち私のジョークで笑わせてやるさ」
そんな特技があったのだろうかとディルクは首を傾げたが、つっこまない方がよいと判断した。
「ハンスさんは?」
「うん、まだ篭っているから挨拶にいってやって」
ジルケに促されディルクはハンスの研究部屋へと入った。
部屋に入ると男の唸り声が聞こえた。
「おかしいなぁ、なんか矛盾が」
ごにょごにょと呟きながら新しく手に入れた書物とにらめっこしていた。
「ハンスさん」
「お、おおっ。英雄ではないか」
ハンスは嬉しそうに笑いどんどんとディルクの肩を叩いた。
「話は聞いている。いや、寂しくなるな。私の研究にここまで理解してくれる者はそういないし」
心から惜しんでいるようであった。
確かに村人たちはカタリーナ姫は恐怖の対象であり名を聞くのも避けている節があった。
ハンスの娘・ジルケはそこまで恐怖はないようだ。メイジ術を使役するため、カタリーナ姫の侍女ヨハンナがメイジ術に優れていたということで多少は興味はあったようだ。
ただし父ほどのめりこんでいない。
むしろ父ののめりこみように多少引き気味であったとこっそりと言っていた。
そのため、ハンスがカタリーナ姫関連で熱く語れる相手はほぼいないといってよかった。
「それで、矛盾とはなんでしょうか」
「いや、なに。カタリーナ姫は調合の名人であったと記載されていてな、時折家にやってくる村人の為に薬を煎じてやっていたという。それがよく効くため、彼女の腕は森一の薬師――村の中で彼女に指南を受けていた者もいた。一人は我が家の祖先らしい。もう一人は当時の村長の子だったらしい」
書の中にあるカタリーナ姫はとてもまじめな性格で慈悲深く病に苦しむ村人の為に寝る間も惜しみ薬を調合していたという。
「とてもじゃないが、黒皮病をばらまいた魔女とは思えない」
まぁ、昔のことであり、しかも書物はカタリーナ姫の城内で見つけたものであった。彼女視点で描かれたものであり、良いように描かれていたという可能性もある。
「もう少し調べる必要があるようだ。いや、なかなか燃えるな」
ハンスはふんと息巻いて、書物をぱらぱらと読み漁っていた。
「いつでも研究の書物を書ける勢いですね」
「はは、私の書はどうもカタリーナ姫びいきになりがちだから異端審問にひっかかるかもしれない」
親戚が人狼によって殺されたのだが、それでも幼い頃から抱いていたカタリーナ姫への関心は強かった。
それゆえ、彼の趣味がばれれば人は彼を異常者と認識するだろう。
自分はよいが、ジルケにも影響が与えられる。
だからこうして個人の趣味でひっそりとしておく。自分が死ねばジルケには適当に処分していいとさえ言っていた。
とはいえ、今回の調査は彼の知恵が必要不可欠なものであった。
ディルクは改めて彼にお礼を言った。
トマト畑に行くとまだ作業中のラウラとゲルトがいた。
「そう帰るのね。今までありがとう。トーマスも元気になったし、あなたには感謝してもしきれないわ」
ラウラはにこりと微笑みディルクに元気でと別れの挨拶を送った。
「これを」
ゲルトはディルクに封のされた手紙を渡された。宛名には見覚えのない男の名が刻まれている。
「王都のちょっとした名士だ。女性が住むのに丁度いい住まいをいくつか持っていて貸してもしている。本当はニコルが留学する時に渡そうと思ったが、お前に渡しておいた方が早くてすむだろう」
その言葉にディルクは困ったように俯いた。
ゲルトも感づいているのだ。村の一部がニコルに向ける視線を。
ニコルの友人クレアは人狼に捕まり人狼にとりつかれた。では、人狼に誘拐されたクレアは本当に人間のクレアなのだろうか。
ディルクが銀のロザリオを以て証明してくれたとはいえ、不信感を拭えない者がいくらか存在した。そのうちの一人がクレアの母親であることもゲルトとディルクは感づいていた。
今はまだいい。
だが、これがいつどういう方向に膨らんでいくかわからない。
いずれニコルは村八分に遭う可能性があった。
そうなる前にゲルトはディルクにニコルとドーリスを王都に呼んではどうかと提案してきたのだ。
あの誘拐事件以来ディルクとニコルは親密になっていた。いっそ娶るのであれば王都に連れて行ってしまえばいい。
そうゲルトは言いたいのだ。
「そうだだね、話してみるよ」
ディルクはゲルトの提案に感謝して手紙を受け取った。
「遅い!」
最後にやってきたのはニコルの家であった。扉を開くと美味しそうな匂いがふわっとディルクの鼻を刺激した。同時に腹の音が鳴る。
「ごめん」
あれからディルクはニコルの家で食事をしに来ていた。すでにドーリスからも家族の一員のように扱われ、にぎやかな食卓を囲んでいた。
「いやぁ、ディルクさんが来てくれて本当によかった。何しろこのニコル、お転婆が過ぎてなかなか男に巡り合えない。きっと将来嫁き遅れるだろうと老婆は心配していたのですよ」
ドーリスは何度目になるかわからない話をしてはニコルにうんざりとさせた。
「もう、そんな話してもディルクが困るからやめてって言っているでしょう。あ、ディルク、スープよそうから器ちょうだい」
空になった器をニコルは受け取ってディルクに二杯目のスープをふるまった。
こんなににぎやかな食卓を連夜で過ごせるとはとディルクはしみじみと感じた。
「それで少し話が」
ディルクは二人に提案した。
ニコルはいずれ薬学の勉強の為に王都に留学する予定だと聞いた。そうであれば、一緒に住んでみないかと。そして、高齢のドーリスをこの村に残すのは心配であり三人で暮らさないかという。
「それはありがたいけど、部屋が狭くならないかしら」
「大丈夫。三人で暮らしても問題ない広さを確保するから」
まだ確定できていないが、三人暮らし用の部屋を探そうと思う。住宅費用も心配はいらない。ディルクは若い頃から使うことなく溜め込んだ貯金があった。贅沢しなければ三人で暮らすのは問題ない。
「ありがとうございます。この老婆のことも気にかけていただいて」
ドーリスは深々と頭を下げディルクに礼を述べた。
「しかし、私は生まれてからこの森しか世界を知りません。そしてこの森程思い入れがある場所を知りません………ここを離れるのはいささか抵抗があります」
「では新しい土地で思い入れの場所を作ればいいのです。あなたにはニコルと私がいるのですから」
そういうとドーリスは寂し気に微笑んだ。
「少し時間を頂きたいです。どうしてもここを離れられない場合はニコルだけでもお願いいたします」
そういいドーリスはその話を保留にした。
「それじゃ、ごちそうさま」
家の扉の前でディルクは見送りに出ているニコルに挨拶した。
「もうすぐいなくなるのよね」
王都に帰るディルクにニコルは寂しいと言った。
とはいえ、今は彼の王都へ一緒に行くという提案は保留になっていた。
いずれは薬学の勉強のために行く予定であった。しかし、今は年老いた唯一の肉親を置いていくことはできない。せめて準備と別れをしっかりしてから行きたい。
ディルクはそれに理解を示し、1か月後に村に戻り改めてニコルを迎えに行く予定とした。
「本部に報告の為に戻らなければならないしね。でも、1か月したら戻るよ」
そういいディルクはニコルの首に手を添え、首飾りをかけた。赤いルビーの首飾りである。
メリッサから以前もらったもので大事な人にあげるようにと言われた。
ディルクにとって大事な人はニコルであり、今ここで渡そうと考えた。
「迎えにくるから待ってて」
そう耳元で囁くとニコルは嬉しそうに笑った。
二日後にディルクはクルス森を後にした。そして1か月後彼は村へと戻ることになるが、その時ディルクは深く後悔した。1か月後ではなく、この出立の時に無理をしてでもニコルを連れていけばよかったと。




