5 貴婦人ヨハンナ
「あーあ、見られちゃったわ」
女性の残念そうな声が聞こえた。
すぐ頭上に聞こえディルクが顔をあげると玉座の傍に金髪の美しい女性が立っていた。
「あなたは」
「はじめまして、若き狩人。聖女キリアの申し子よ」
美しき女性は仰々しく挨拶をした。
「私はヨハンナ。人狼の姫カタリーナ様をお守りする侍女ですわ」
それを聞きディルクは短剣を構えた。
ではこの女がニコルをこの城へ誘拐した犯人というのか。
「やだ。私はあなたと戦う気なんてないわ」
どうか剣を収めてくださいとヨハンナは丁寧にお願いしてきた。
「それを信用できると?」
なかなか武器を収めようとしないディルクにヨハンナは優しく微笑み鍵を彼の前に投げつけた。
「例の娘の部屋の鍵です。どうぞ、勇者様」
鍵を差し出されたが果たしてそれは本物か。ディルクは半信半疑でなかなか鍵を拾うことができなかった。
「何が目的だ」
「そんな………私はただ感謝をしているのです。これはほんのお礼」
なんのことを言われているのだろうか。
「カリスを倒していただいて胸がすっとしているのです」
それにディルクはちらりとカリスの方をみた。すでに彼は微動だにしておらず絶命していた。
「何故、仲間じゃないのか?」
「ええ、仲間よ。古くより姫にお仕えした者同士、付き合いは長い方ね」
でも、とヨハンナは冷淡に言い放った。
「彼はとても冷たかった。彼にとって姫以外はどうでもよかった。ココがあなたに殺されるのをわかっていながら彼はココを止めなかった」
「ココ?」
「あなたが殺した村娘にとりついた人狼の名よ」
ココはヨハンナにとって友人であった。
未熟な面が目立ったが、ヨハンナの過去を知り真摯に耳を傾ける女性であった。
しかし、彼女は自分の未熟さに焦りを感じていた。
人狼の真祖に近いとはいえ、彼女は中途半端な状態で生まれた人狼であった。
人狼が力を蓄えるには人の血肉を摂取しエネルギーにしていくのが手っ取り早い。彼女は狼が誘拐した村娘をみてその肉体を手にし村娘になりきり村人の血肉を漁ろうと考えた。
特にニコルの血肉に強く惹かれ彼女を呼び込んだが正体はすぐに見破られディルクに退治された。
吸血鬼退治の狩人が派遣されたという情報はすでにカリスたちの耳に入っていた。
なのに彼はココを止めることも注意することもしなかった。
そして時期が悪いことにそのときはヨハンナは森の外を出ていたときであった。
森に戻った後、ヨハンナはカリスにココの死について追及したが彼は全く気にした様子はなかった。それどころか半端な人狼であるココの死は当然のことと言い放った。
このようなことは今まで何度かあった。
カリスはカタリーナ姫以外の人狼は簡単に切り捨ててきた。それで何度かヨハンナは彼と言い争うことがあった。そして真祖に近いココの死ですらも彼は同様に切り捨てたのである。
「私は許せなかった………ココを見捨てたカリスが。心のどこかで彼が無残に死ぬことを望んでしまったわ」
それが今叶ったのだ。
「だからこれはお礼よ。ココを殺した人だけど、あの娘の為に危険を顧みず単身乗り込んだ勇敢さ、そしてカリス討伐………それに免じて鍵を譲るわ」
「ひとつ質問していいですか?」
どうぞとヨハンナはほほ笑んだ。
「カタリーナ姫は、どこにいますか?」
それを聞きヨハンナは悲し気に笑った。
「姫はもうどこにもいないわ。棺桶の中には姫が確かに眠っていた。だけど、時間が経り姫の肉体は灰塵と化してしまった」
こうなってはもう彼女は復活することない。人狼の悲願はとっくの昔に潰えたのである。
「それを知るのは?」
「こっそり中身をみた私だけ。カリスは姫の寝姿をみるのは恐れ多いと決して開けずに、中にまだ姫がいると信じ込んでいたわ。死ぬまでね」
滑稽だと言わんばかりにヨハンナは笑った。
「他の人狼に話さなかったのですか? こんな重要なことを」
「誰にも話すのは……少しね。人狼が自暴自棄になり、へたに暴走されると困るもの」
人狼と眷属の狼たちの心の拠り所を潰せず、ヨハンナはあえてこのことを秘密にしてきた。
「でも、もうこれも終わり。私たち人狼は静かに眠るときがきたのよ」
その表情は穏やかなものであった。それはディルクには理解できなかった。
「あなたは僕たち人間が憎くないのか?」
「ええ、ココをはじめ多くの同胞を殺したあなたは憎いわ。でも、それ以上に私たち人狼も人を殺してきた……。それに、姫を裏切った人間はあなたたちではない。大昔の人たちだもの」
姫を裏切った。
その言葉にディルクは首を傾げた。
「それはどういうことですか?」
「もう昔のこと。知る必要はないわ」
話すつもりはないとヨハンナははっきりと言い放った。
「よくわかりません。あなたは結局何がしたかったのですか。ニコルを誘拐して」
「みたかったの。女の子を救い出す騎士の物語を………ここで完結、ハッピーエンドよ」
ヨハンナは劇に満足した観客のように拍手を送った。
「これからはあの子を大事にしてちょうだい。それで私は満足よ。大丈夫。もう私は何もしないわ」
「どうしてそんなこと」
「あの子が気に入ったの。一目ぼれのキャラクター、というところかしら」
冗談交じりでいうヨハンナは果たして嘘か本当かディルクには理解できなかった。
「ここで、ニコルに何かしたのではないのですか? 例えば」
「人狼にしたりとか?」
意地悪気に微笑みヨハンナは首を振った。ディルクの不安を見透かしているようだった。
「誰も助けにこなければ、そうしていたわ。でも大丈夫、まだ何もしていないわ」
「どうやってそれを信じろと」
「信用できないなら確認すればいいじゃない。その方法を持っているのだから」
そういいヨハンナはディルクの目の前まで現れた。そして。
ディルクの首にかけられている銀のロザリオに触れた。ぎゅっとそれを握るとじゅっと肉を焼く音とともに煙が現れた。肉の焼ける匂いにディルクは眉を寄せた。
銀のロザリオは人狼にとって忌み嫌うもの。それを自分から握りしめるとは正気だろうか。
「それじゃ、私はこれで………」
ヨハンナはそっと後ろにさがり長いロングスカートを翻しながらディルクに挨拶をした。
「ご機嫌よう。銀の騎士様」
謳うように囁き、彼女の肉体は霧のように薄れ姿を消してしまった。




