4 花の棺桶
ディルクは今までどのような異端者に遭遇しようと後れをとることはなかった。相手の動きを分析し、動きを予測し素早く対処する。それがディルクの武器であった。
それを上回る敵に対してはこのように後退されることもあったが、それは数える程度であった。
目の前の男は真祖に近い人狼だけあり、一筋縄ではいかない。
彼の一呼吸だけで翻弄される自分がいた。
何檄かを交わしているうちにカリスは大きくため息をついた。
「ふむ、赤ずきんがいかなる男と思ったが期待外れのようだ」
「なにっ」
挑発とわかっててもつい反応してしまう。
彼の強さについていけない焦り故だろう。ディルクは冷静さを失いつつあることを自覚していた。
「私情に捕らわれ愚かにも一人で城に攻め込み、こうして私に押されている。いくら狩人が単独行動が多いとはいえ、人狼の祖ともいうべき者に対して浅はかではなかろうか」
確かにそのとおりだ。
村で防御に徹し本部から戦力が来るのを待つべきだったのだろう。
しかし、もしあの城の中にニコルがいたら、彼女はそれまでの間無事でいるだろうか。
頭の中でいやな予想をしてしまい、森のどこにもいなかった少女を探し求め城内へと入った。
村の自警団には斥候という理由をたてて誤魔化したものの、実際は一人の少女を救い出す為に我慢できなかったという。
「そんなにあの娘が大事か?」
皮肉気に笑うカリスにディルクは眉間に皺よせた。
「これは滑稽だ。なるほどヨハンナがあの娘を拉致したのはこういうわけか………。確かに人質の価値はあったな。多くの同胞を殺した赤ずきんを苦しめる為にはもってこいだ」
ディルクは右手にある剣の柄を強く握りしめ、カリスに襲い掛かった。
剣は交わされ、カリスは今までにない程の剛力でディルクの短剣を弾き飛ばした。
その瞬間、ディルクの右肩からみぞおちにかけ一閃が走る。赤い血がその場に飛び散った。その一部がカリスの頬と唇の端にかかる。
ディルクはその場に崩れ落ちた。彼の首筋にカリスは剣の刃をあてた。
ひやりと汗が流れディルクは唇を噛んだ。
「安心しろ。ただでは殺さん。死なないように手加減はしてやる」
カリスはぺろりと唇の端についた血をなめとった。人狼を狩る狩人の血であるがなかなか悪くない味だと吟味していた。
「瀕死の状態のお前の前であの娘を我らの仲間にしよう。そして娘の人狼としてのはじめての食餌としてお前を食わせてやる。いや、それともお前の前で徹底的に娘を嬲り殺そうか」
その表情はひどく歪んでおりディルクに強い嫌悪感を抱かせた。
脳裏に浮かぶ少女の泣き顔を思い浮かびあがる。
気づけば目の前は真っ赤に染まっていた。
腕が宙に舞うのがみえた。そこから流れる血は空に赤い絵具をぶちまけているようであった。
カリスは目を丸くして驚いた表情を浮かべた。彼が持っていたはずの右腕がなくなっていたのだ。
ディルクは自身の両腕をみた。
それは振り上げられた短剣をしっかりと握っていた。
無我夢中でカリスの右腕を切り落としたのだ。
彼は予備用の短剣を取り出し、両手で二本の短剣を構えた。
「おのれ………」
カリスは忌々し気にディルクを睨みつけた。
不思議と先ほどまでの恐ろしさはなかった。
ディルクは剣を握りしめ、カリスの左胸に剣を突き刺した。
そして強くその剣に呼び込んだ。
「キリア」
銀十字の祖となった聖女の名を。
異端者にとっての天敵であり、古くから狩人が崇拝している。彼女の名を呼ぶことで剣先に加護を受け、人狼を弱体化する効果がある。長い間、狩人として戦い祈りを捧げ修練を積むことで可能とする呪文であった。その効果を大きく発揮できれば、人狼を瞬殺することも可能であった。そのためには魔力の操作の訓練も必要なので使いこなせる者は上位の狩人くらいであるが。
カリスは大きな断末魔をあげた。自分の力が弱っていくのを感じた。
その場に崩れ落ちたのを好機ととらえディルクは彼の首を切った。
切断までには至らなかったが、それは頸動脈に達し、そこから大量の血が噴き出た。
「ああ、姫よ。お許しを」
まさか姫の御前で忌々しい狩人に倒されるなど。カリスにはこの上ない屈辱であった。
倒れた彼の首からどんどん血が流れて行っている。瞬殺には至らなかったが、このままならば放っておいても死ぬだろう。
そう考え、ディルクはカリスにとどめをささなかった。
奥の方にある棺桶の方に近づいた。
森でところどころみられた色とりどりの花が添えられている。
その間をかき分けディルクは棺桶を目の前にした。
「やめろ。人間が………それに近づくな」
カリスのか細い声をよそにディルクは棺桶の蓋に手をかけた。
ぎぃぃぃぃ
開けると同時に中のものをみてディルクは困惑した。
ここまで大事にされていたものだ。中にはディルクが求めるものがあると思っていた。
しかし、中には何もなかった。
いや、何もないというのは違う。
あるのは真っ白な灰塵とえんじ色の古いドレスだけであった。




