1 挑み
白い洗練とされた壁の部屋の中はとても広かった。
奥の方には立派な椅子が置かれこの部屋の主のもののようであった。
その前に棺桶が置かれている。周りにはいろとりどりの花が添えられ飾り立てられていた。
この部屋には二人いた。
カリスとヨハンナという二人の人狼が。
カリスは怪訝な面持ちでヨハンナを睨みつけた。
「あら、言いたいことがあればいってちょうだい。姫の騎士であるあなたに睨まれると落ち着かないわ」
涼し気な声でそういうとカリスは表情を崩さず彼女を責めた。
「お前には宝珠を守る役目があったはずだ。何故持ち場を離れた。狩人に姫の大事な城へ足を踏み入れるのを許すつもりか」
森の各所に置かれていた陣があっさりと解放され、城の姿を限界させてしまったことに対して言っているのだ。この責任は鍵である宝珠の管理者であるヨハンナにある。
「ココにお別れを言うために教会へ行っていたのよ。キルケ森は別名まよいの森………まさか家にまでたどり着けるとは思わなかったわ」
「奴ら人間も知恵があるということだ。まったくそのために侵入を許すなど」
「別にいいじゃない。憎き狩人をここで絶望を味わせてあげましょう。それにあなた気づかない? 城がみえるようになってクルス村の人たちの慌てよう。人狼の城がまさか自分の生活空間のすぐ傍にあるなんて思わず怯えきっているわ」
ヨハンナは城内でも感じ取れる人々の恐怖に笑みを浮かべた。
クルス村の人々は今は恐怖に支配されている。
あたりまえである。
突然なかった場所に城が出現したのだ。
そして、人々はすぐに感づいただろう。この城が人狼の姫カタリーナの居城であることを。
「ここには大事な姫の肉体があるんだぞ! おおぜいの狩人が押し寄せて姫の肉体を奪われたらどうするんだ」
そしてちらと奥の棺桶を見つめた。
「まだ、姫は目覚めていないのに」
あの奥には人狼の姫が眠っていた。
いつ目覚めてもよいように、
笑顔が零れてくれるようにとカリスは棺桶の周りを囲うようにカタリーナが好きだった花を絶やさず飾り添えていた。
すぐに視線を棺桶からヨハンナへと戻す。
「それになんだあの娘は。確かに血肉は甘美で人狼であればだれもが夢中になるだろう。だが、ここで姫の城に連れてくる意味がわからない」
「………」
ヨハンナはすぐに答えようとしなかった。
その表情は眉間に皺を寄せられ明らかに不機嫌なものであった。
娘を無意味といったことに怒っているのだろうか。
カリスは怪訝に感じた。
「なんだ?」
「いえ」
ヨハンナは内心カリスに失望を覚えた。同時に呟いた。カリスに聞こえないように。
「あなたは気づかないのね」
村へ戻るとあたりは混乱状態であった。
ディルクの姿を認めた途端人々はディルクにすがるように懇願した。
「お願いです。どうか我々をお守りください」
突然現れた城は人狼の姫のものと悟った村人たちはひたすら頭を下げていた。
「大丈夫です。みなさん、落ち着いてください」
ディルクは今から城へ侵入する旨を伝えた。
その前に彼は宿に戻り簡単ではあるがこの突然現れた城について報告書をまとめた。
城に侵入する前にこれを郵便に出してもらうため村の者にお願いしよう。
例え、自分が倒れようと銀十字の本部から多数の狩人を派遣してもらえるだろう。
「手を貸すよ」
城へ向かおうとすると赤い髪の女性剣士が前にでた。
自警団のマーヤである。
彼女の後ろにケヴィンやラウラも控えていた。
「ありがとう。ですが、あなたたちは村の方々の警備をお願いします」
シュネー城に入った後無事戻れるかわからない。
その間、村に襲ってくる人狼がいた場合自警団の力が必要である。
それに今の状態であれば戦闘員がいないと村人たちは安心できずパニック状態になるかもしれない。
「気を付けるんだよ。やばいと思ったら戻っておいでよ」
マーヤはそういいディルクの頭をくしゃくしゃした。
その瞬間彼女からつんと酒のにおいがする。
「まったくこの状況でよく飲めますね」
呆れながら言うとマーヤはウィンクして飲む仕草をした。
「戻ってきたらうんとうまい酒をごちそうしてあげるね」
彼女なりの見送りに思わず笑みがこぼれそうになった。
後ろにも誰かおり振り返ると元騎士であったゲルトがじっとディルクを見つめた。
気を付けてという口調は落ち着いていた。
彼の言葉を聞きディルクは安心した。
彼ならいざというときに村をまとめてくれるだろう。
「ひとつ相談がある」
こそりとゲルトは耳打ちをした。あまり周囲に知られたくない内容であろうか。
「なんでしょう?」
「城内に私と同じ栗色の髪で空色の瞳の二十後半の娘がいたら教えてほしい。その人は人か、人狼なのか」
それにディルクは首を傾げた。あの城の中にいるのは人狼だろう。いや、ニコルがとらえられているかもしれない。
「私の姉は昔人狼に攫われたのだ。私が騎士になるために村を出た後に」
だから知りたい。彼女がまだ生きているか、死んでいるか。生きていれば今どうしているのかを知りたかった。
「いや、死んでいるだろう。今のは忘れてくれ」
そういいゲルトはディルクの傍を離れた。
ディルクは村を自警団の人たちに任せ、教会の方へあがっていく。そして教会の裏にできあがった新たな丘を見つめた。
上をみると白い城は光に浴びせられきらきらと光っていた。
とても人々に恐怖を与える人狼の城とは思えない美しさであった。
だが、これはカタリーナ姫の城である。
中には厄介な人狼がいるだろう。
本当ならば村の防衛に徹し、銀十字からの新たな戦力を待つべきだ。
しかし、この中にニコルがいるかもしれない。
そう思うと彼は前に進もうと決意した。
一刻も早く彼女を救い出そう。
救い出さなければ自分はきっと後悔すると考え足を前へ進めた。




