7 行方不明
私からあなたを奪ったあの村が許せない。
一番許せないのはあなたを悲しませたこと
あなたがいなくなって何年、何百年経つでしょう。私はあなたのこの家をできる限りあのときのままの姿で守っています。あなたの言いつけ通りこの家で宝珠を守る日々………
あなたが目を覚ます日を糧に私は今もここにいます。はやくお戻りになってください。愛しい姫。
白い狼を倒した後、さらに奥へ進むと小さな館が立っていた。
素朴な造りで、周囲には薬草園がとりかこまれていた。手入れはしっかりしていた。
館の中をみると綺麗に清掃されている。しかし、一部の部屋を除けば全く使用されている様子はなかった。部屋の中を探してみると手書きの本が目に入ってきた。
中を閲覧するとそれはの館に仕える侍女の日記であった。
人の日記を読むのは悪いことと思いながらも古い文字で書かれていてすぐに読むのは難しかった。古い文字はある程度勉強していたが辞書を片手にしないと読めなかった。
しかし、その文字を目にした途端ディルクの脳裏にひとつの光景が映っていた。
―――日の光にあたり美しく彩られた薬草園の中一人の銀色の髪の女性が作業していた。
彼女は薬草園の中に設けているテーブルでいくつかの薬草を吟味し、それをすりつぶしたり乾燥する作業をしているようだった。
薬師であろうか。
そうは思うが、彼女の身に着けているものは上質なドレスであった。臙脂色を基調にした少し古めかしいドレスである。そして彼女の姿勢とひとつひとつの所作は上品なものでどこぞの令嬢であろうと思われた。
「姫様、それは?」
傍に控えていた金髪のご婦人が優しく声をかけた。姫と呼ばれた女性は見覚えのある薬草を手にしていた。
「ルネス草よ。カトラ丘のように高い丘に生えているのよ」
その声は聞き覚えのあるものであった。
ディルクは胸騒ぎがして、その姫の顔を確認してみたくなった。確認しなければと思った。
「まぁ、そんなところへ。危ないでしょう」
「大丈夫よ。カリスがついてくれたもの」
カリス、という名を聞き思わずディルクは背筋が凍えた気分を味あう。
それは狩人の間で有名な人狼の名であった。
カタリーナ姫の騎士であり、最も残忍な人狼と。
彼によって殺された人の数は知れない。彼を倒しただけでもどれだけの人狼の勢いを殺ぐことができるだろうか。そう思い自分も後を追っていたが、彼の尻尾はなかなか掴めなかった。彼の配下であった人狼には何度か遭遇したことはあったが。
ディルクは内心動揺した。
その姫というのはもしかしたら人狼のカタリーナ姫ではないかと。
そう思うと恐ろしくて顔をみるのが躊躇われた。だが、確認しなければとそう思っていた矢先―――
「おい、ディルク!」
急に呼ばれディルクははっと我にかえった。みれば自分は薬草園ではなく館の中にいた。
「えーと、俺は」
「急にぼーっとしてどうしたんだ?」
どこか具合が悪いのかとジルケに覗き込まれたが、大丈夫だと笑った。
「それより来てみなよ」
何かをみつけたらしくジルケはディルクの手を掴み、書斎の方へと連れて行った。
書斎には隠し通路があり、地下へと繋がっていた。
下の方に降りると灯りがないはずなのに明るい。
降りてみると4つのきれいな球状の石が並んでいた。
それらの輝きは美しく一緒にいたジルケも思わず見とれてしまう程であった。
「もしかすると………これがヨハンナが守っている宝珠なのか」
そう考えディルクは4つの宝珠を手にとってみた。手にした途端宝珠の輝きは損なわれてしまった。それぞれ文字が刻まれていた。持って帰ってハンスに分析をしてもらおう。
そう思い館を後にしたが、ふとディルクは薬草園の方をみた。そこには古いテーブルが設けられていた。あのときみた幻覚ではそこで銀色の髪の少女が薬草を扱っていた。
どうしたんだと再度ジルケに声をかけられディルクは首を横に振った。
「やっぱり具合が悪いのか?」
「大丈夫だよ」
「ふーん、とにかく早く親父の元に持っていこうぜ」
そういい二人はキルケ森を後にした。帰りもすぐに道が自然とわかりすぐに入口へ戻れた。
教会で話していたニコルとの会話を楽しんでいたご婦人はふと表情を陰らせた。
「どうしたの?」
「いえ、今日はありがとう。私だけだったら暗くなってこの子の為にならなかったわ」
窓をみれば夕日の光で赤く染まっていた。
「それじゃ」
「今帰るのですか? せめて宿をとりましょう。夜になると村の外は狼や人狼が出て危ないです」
クルス村からクルス森を出るのは時間がかかる。森中の道中であたりは真っ暗になるだろう。そうなれば今まで奥に潜んでいた狼も出没してしまう。
心配そうにいう少女にご婦人はにこりと笑った。
「ありがとう、でも私はこのクルス森に住んでいるから。全く危なくないわ」
「え? どこへ」
「クルス森の一部、キルケ森という小さな森よ」
それを聞きニコルは後ずさった。
キルケ森は迷いの森とも呼ばれる魔女が棲む森である。人狼ヨハンナが住んでいるため、近づいてはいけないと小さなころから言われ続けていた。
それでは彼女はキルケ森に住む人狼ヨハンナ。
よく考えるとこの人はずっとクレアを「この子」「あの子」としか呼んでいない。
もしかしたらヨハンナが想っていた故人はクレアではなくクレアにとりついていた人狼だったのではないだろうか。
「あら、そういう反応しちゃう………わよね。人間だものね」
ヨハンナはくすりと笑った。特に不快とは感じていないようである。何度か見慣れた反応でありすでにどうとも感じていないようだ。
「あなたには気になるところがあるの」
ヨハンナはニコルの傍に近づき頬を触れた。あまりの冷たさにニコルはびくりと震えた。
「っひ」
「どうしてあなたはこんなに甘美なにおいがするのかしら」
にたりと笑うヨハンナの口から鋭利な牙が覗かれた。鋭い牙であり、彼女が人ではない証であった。あれに咬まれたらどうなってしまうのかと想像するとニコルは恐ろしくその場から動けなかった。
ジルケの家に戻るとハンスに例の4つの宝珠をみせると彼は予想通り目をらんらんとさせて宝珠に触れた。その表情は今まで以上に喜びに満ち溢れていた。
「素晴らしい。これほどの魔法道具に出会うとは………しかも、これはカタリーナ姫製造の品だぞ」
「わかるのですか?」
「わかるとも。何年、カタリーナ姫の研究をしてきたと思っている」
ハンスはどんと胸を叩きこの宝珠は間違いなくカタリーナ姫製造の品だと豪語した。
「一体何の為のものでしょうか」
「ふむ、鍵だな………この前君たちが探してくれた各所に散らばっている陣形。あれを鍵穴と呼んだことがあっただろう。これはその鍵だ」
刻まれた文字を確認しながらハンスは説明した。
こんなにあっさりと鍵が手に入るとは。
これでカタリーナ姫の遺体が眠る場所に近づけたのではないだろうか。
そう思うとディルクは少し興奮した。今まで自分たち狩人が探し求めていたものなのだ。
「まぁまぁ、どう扱うかを今から研究する。さー、今日は寝ずに調べるぞ。お前も手伝え」
そういい今から部屋でだらけようとしていたジルケの首根っこを掴んで雑用に駆り出した。
「えーと、それじゃ僕はこの辺で」
助けを求めるジルケに手を振り、ディルクは研究の邪魔にならないように家を飛び出た。
久々に酒場へ行こうかなと思っていると、ニコルの祖母ドーリスが声をかけてきた。その表情はひどく心配の色が強かった。
「こんばんわ。どうなされましたか?」
「ディルクさん、あの子………ニコルを知らないかい? 教会にいったきり帰ってこないんです。夕食の支度には必ず帰ってくるのに」
瞬間、ディルクは胸騒ぎを覚えた。
「ひょっとして行方不明に」
「そんな大事ではないと思います。もしかしたらいつものようにその辺をほっつき歩いているのかもしれません」
疲れているところ本当に申し訳ないと言いドーリスはとぼとぼとその場を離れた。
本当にそうだといいのだが………
ディルクは酒場へ赴き、ちょうど飲み始めのマーヤとルッツがおり二人にニコルの所在を尋ねた。二人とも朝から彼女をみていないと答えた。
ディルクは胸騒ぎがしてドーリスから聞いた事情を話すとすぐに二人は酒場を飛び出てニコル捜索に協力してくれた。
あとからケヴィンも加わり村周辺の森を探して回ったが、いるのは狼のみであった。
ニコルは見つからずそのまま日は暮れてしまいいったん解散となった。
そして、ニコルはその晩帰ってくることはなかった。




