6 来訪者
家の手伝いを終えたニコルは日課のように教会へと向かった。まだここには彼女の友人クレアが眠っていた。人狼に体を乗っ取られた彼女の遺体は時間をかけ清められていった。これは彼女の母親の強い希望であった。
ニコルは神父に挨拶をし、教会に祈りをささげた。そして教会の奥にある棺にそっと手を触れた。
ここにクレアが眠っているのだ。
「クレア………私、あなたをこんな風にしたあいつらを許せない。あなただけじゃない。パパもママもあいつら人狼に殺された。できることならこの手でって何度思ったことか」
少しずつニコルの表情は怒りの表情へ変貌していく。思い出しただけで人狼への憎しみがあふれかえっていった。
一瞬、一人の男の姿が脳裏に浮かんだ。
銀色の髪をした穏やかな笑顔の男である。
その瞬間、怒りの表情はとかれ今にも泣きそうな表情へと変わった。
「でも、ディルクはそれを嫌がっている。メリッサ姉さんにはあなたが私にそんなことをするのを望まないと言っていたわ。たぶんそうなんだわ。あなたなら、私にふつうの生活を送ってほしいと願うわよね」
まだ人狼は憎い。銀十字に入って狼狩りをしてもいいとも。だが、ディルクはそれを望まなかった。
彼がそういう限り自分はその世界に踏み入れてはいけないと思うようになった。
自分が足を踏み入れ復讐の日々に目をぎらつかせてしまえば彼は悲しむだろう。
そう思うとニコルの復讐心に躊躇が生まれた。
「あら、あの時教会に案内してくれたお嬢ちゃんじゃない」
穏やかで大人びた女性の声がした。後ろを振り返ると美しい金髪のご婦人が立っていた。黒いドレスに身を包み、薔薇の飾りのついた帽子を身に着けている。
「ごきげんよう。あなたも私と同じく彼女に会いにきたの?」
その言葉にクレアは棺の方をみて尋ねた。
「ひょっとしてクレアに会いに?」
「ええ、この子にもう一度お別れをと思ってね。来た時はもう葬式がすまされてもう土の中だと思っていたけど、まだ残っているのね」
「人狼に憑かれた体を清める為に時間をかけてあげたいって」
その言葉を聞きご婦人は悲し気に俯いた。
「そう、穢れ………ね」
「あの、あなたはクレアと親しかったのですか?」
それにご婦人は首を傾げた。柔和な微笑みがあまりに美しくニコルはつい頬を朱に染めてしまう。
「ごめんなさい。ちょっと気になって。クレアと私は幼馴染でいつも一緒だったから、あなたとどこでどこで出会ったのかなって思って。こんなきれいな方が村に来ればすぐに自分の耳にも届いているはず」
きれいという単語にご婦人は嬉しそうに笑った。それに対してありがとうと言っているようだった。
「この子とは村の外で出会ったの。ずいぶん親しかったわ」
「そうなんですね………私、本当にクレアが大好きでした。いなくなって寂しい」
「私もこの子がいなくなって寂しいわ。私の境遇………過去を知る数少ない友達だったから」
そう言い二人は棺の中に眠る少女のことを想い、しばらく傍に寄った。彼女が寂しくないように。
ディルクは符を手にキルケ森にやってきた。
一歩足を踏み入れただけでも強い圧迫感を感じる。
緊張で思わず汗がにじんできた。
それはジルケも同様のようで、そわそわして落ち着きがなかった。
「大丈夫かい?」
もし、きついようであれば入り口で待機してもらっても構わない。
そういうとジルケは不機嫌な表情で睨みつけてきた。
「いや、いくよ。引き受けた道案内をこんな形で放り出すわけにはいかない。それに、私、ヨハンナに興味があるんだ」
ジルケはメイジ術を扱う。そしてこの森の主ヨハンナは人狼であると同時に強いメイジ術者だったという。メイジ術のいくつかは彼女が発案したものだという。人狼とはいえ、メイジ術の間では彼女への評価は高い。裏で活動するメイジ術の者の中にはヨハンナを信奉する者もいるという。
「人の敵、だけど………彼女がどんな奴なのかは興味がある。足手まといにはならないからついていくよ」
ジルケはそういい前へ出た。強い圧迫の中、ジルケは眉をよせる。心配したディルクは彼女の傍による。
「大丈夫?」
「………? ああ」
ジルケは一瞬驚いてディルクの方をみた。先ほどの苦痛の表情は消えていた。
「そうか、親父の札」
ディルクが所持しているハンス特性の不迷の札がこの圧迫感を緩和しているのだ。
確かに以前訪れた程の強い危機感はなかった。
「少しでも役に立つというわけか」
「ああ、ハンスさんが寝ずに研究してくれたものだ。大事に使わせてもらおう」
そうディルクは言い森の奥へ進んだ。行先はわからなかったが、自然と向かう先に目的の場所があるのだろうと思った。何故そう感じたかわからない。
ディルクは思うまま道を曲がったり、真っすぐ進んだりした。
あまりに迷いがなくジルケに一回来たことがあるのではと言われる程であった。
ある程度歩を進めていくとふっとあたりが暗くなった。まだ昼ではないかと思い空を仰ぐと二人は驚いた表情を浮かべた。
白い巨大な狼が二人を見下ろしていた。表情は酷く恐ろしく威嚇しているようだった。
体格は5mもあり、その大きな巨体は迫力があった。そしてきめ細かい毛並みは日にあたりきらきらと光っている。
神秘的な幻想獣の類にみえた。
白狼は地面に駆けおりこれ以上先へは進ませないとディルクの前に立ちふさがった。
「なるほど………この先にあるんだね。ヨハンナが守ってきたものが」
そういいディルクは剣を抜いた。今までさまざまな狼と人狼と戦ってきた。これほど大きな見事な狼ははじめてである。
内心畏怖を抱いているが、ここまできて立ち止まるわけにはいかない。
それに背を見せれば最後、今晩の食餌にされてしまうだろうことは容易に想像できた。
戦うしかない。
そう考え、ディルクは短剣を構え狼へ向かった。
速さは自分の方が上である。何度か襲い襲われる中ディルクは相手の戦力を分析した。
それに加え後方からはジルケがメイジ術で援護してくれている。
敵の牙、爪に捕らえられなければ負ける気はしなかった。
何度かそうしているうちに次第に相手の動きを読みとりやすくなった。勢いよく爪が襲ってきた場合ほんのわずかに動きが遅くなる。ディルクはそれを狙い狼の首筋を狙いかけ、短剣で首を抉りだした。




