5 迷わずの道具
トーマスの黒皮病発症から5日が経過した。ニコルが見つけ出した薬草のおかげでことなきを得た。しかし、後遺症の評価が必要ということで、都市部の病院へと入院となった。
マリは付き添いでしばらく村に滞在できず、ディルクの世話に関してはニコルと祖母ドーリスが請け負うようになった。
「いっそ、ニコルちゃんの家で過ごせばいいのに」
にやにやとジルケがそういうが、さすがにディルクは苦い顔でそれはできないと言った。
嫁入り前の娘の家で過ごすのはどうも気が休まらない。相手がニコルとなるとなおさら。
しばらくはハンスは今まで見つけられた陣を調べており、ディルクはクルス森の探索を続けた。
人狼ヨハンナが棲んでいるキルケ森がある場所までいったが、キルケ森は入り口だけでも異様な魔術の気がかけられており奥へ入るのを躊躇した。
直観的に今のまま入れば戻れないと考え引き返した。
そうこうしているうちに日が経過し、朝起きるとジルケからの出迎えがあった。
「ようやく親父がキルケ森用の魔法道具を完成させたって」
急いでくるようにと急かされディルクはジルケに引っ張られる形で宿を飛び出した。
「あ、ディルクさん。おはよう」
道を通るとメリッサが朝の挨拶をしてきた。店番の準備中のようで、仕入れたばかりの商品の入った木箱を運んでいた。
「おはようございます」
ディルクが挨拶をするとメリッサは急いでいるの?と尋ねてきた。
「え、ええ」
急いでキルケ森へ入り人狼ヨハンナについて調査したかった。
「何か?」
「うーん、たいした用事ではないんだけど」
メリッサは呼び止めるのは悪いと思い引き下がろうとした。
「いや、メリッサも店番で忙しいでしょう。今話せる内容なら先にした方がいいわ」
そういい彼女は先に自分の家へと走っていった。残されたディルクとメリッサはお互い苦笑いした。
「ごめんなさいね」
「あの、用事というのは」
「ええ、先日はニコルの護衛をしてくれてありがとう。それを言いたかったの」
村の少年の突然の発病に急いで薬の材料を調達しなければならず、その材料は人狼の手下の狼たちが出現する場所であった。薬草に詳しいニコルを連れてニコルを守りながら見事薬草を見つけた。同時に例の陣形を確認することができた。
「そんなあなたに私からささやかなお礼を」
そういいメリッサは赤い石の首飾りをディルクに渡した。触れた瞬間、よい品だというのがすぐにわかった。
「ルビーの首飾り………このルビーは幸せを運んでくれると言われているものよ」
よかったらどうとメリッサに差し出される。
「ありがとうございます。でも僕、ネックレスは」
すでに銀のロザリオの首飾りをしている。せっかくもらっても自分でかけることはないだろう。
「なら気になる人に贈ってみたらどうかしら? きっと喜ばれると思うわ」
恋人がいないのだが、ディルクはそう思ったが礼を言いながら首飾りを受け取った。
「ふふ、どんな子にあげるのか楽しみね」
メリッサは意味深げに笑い店の方へ立ち去って行った。
その後ジルケの家へ到着すると興奮しきったジルケの父トーマスが自身の開発品を披露した。
「これは森に残っていたいくつかの陣形やカタリーナ姫の書物、魔術書を研究してできあがったものだ」
小さな木の札であった。そこにいくつもの呪文があしらわれていた。
「名付けて不迷まよわずの札である」
鼻高々に宣言されディルクは返答に困った。
「安直なネーミングすぎ」
躊躇されていた感想をジルケがずばっと冷たく言い放った。
「なんだと! 俺が一晩かけて考えた名前にケチつける気か」
実際は昨日の夜に完成したようだ。すぐにディルクに報告をと息巻くトーマスをジルケが呼び止めた。もうすでに夜遅いんだから逆に迷惑だと。しょうがないと報告は翌朝に延期したが、その間トーマスは興奮してこの魔法道具にどんな名前を与えようかと時間を潰していた。これにジルケは呆れて声もでなかった。
「まぁ、いいや。それより早くいこう」
ジルケは札を受け取ってディルクを引っ張り早速キルケの森へと向かった。
カトラ丘の頂上に少女が現れた。彼女は袋にたっぷりと牛肉の切れ端を入れ丘の上にいる友人に声をかけた。
「ラルー、ごはんよ」
声をかけても返事がしない。普段であればすぐにしっぽを振って飛び出してくるのに。
「ラル?」
きょろきょろとあたりを見渡す。しばらくすると丘に銀髪の青年が現れた。少女にとって知っている仲らしく彼女は友人の所在を訪ねた。
「カリス、ラルを知らない?」
「ああ、ここを守っていた眷属はお前だったな。イルザ。ここの眷属は狩られた。呼んでも応えてくれんぞ」
冷たく言い放つそれに少女は目を丸くし思わず袋を落としてしまった。
「嘘………ラルはとても強い子なんだよ。一体だれに」
「我ら人狼、そして眷属の狼を狩る者………忌まわしい銀十字の狩人だ。クルス村の人間どもは狩人の派遣を要請したのだ。我々を駆逐するために」
「なんで、ラルを………」
少女は納得できなかった。
「ラルは強くて優しい子なんだよ。この陣に近づかない限りは人を襲ったり食べたりしないのに。どうして?」
「それが奴らのやり方だ。我らを異端と呼び、存在しているという理由だけで狩り続ける。クルス村の人も、銀十字の狩人もそうやって決めつける」
「ひどい。ひどいよ! 狩人なんてだいっきらい」
慟哭する少女を傍にカリスは寂し気に空を仰いだ。
「姫もさぞ辛かっただろう」




