4.研究者
ラウラと離れた後、ディルクはトマト畑の端に建っているいくつかの家へやってきた。このあたりはジルケ、ゲルト、ラウラの家が並んでいるのだという。
そのうちの一つである青い屋根の農家についた。ジルケの家だという。
家の中に入ると中はしんとしていた。
ジルケは父と二人家族だという。母親は幼い頃に病で死んでしまったという。ジルケにメイジ術の基礎を教えた旅の術者だったらしい。
「こっちこっち」
ジルケは台所の端っこにある床を示した。そこは地下へ繋がる入口であった。入口からもわかる通り大きなスペースであり、中は階段が連なっていた。
いざ戦に巻き込まれてもここに逃げ込める避難所の役割を持っていたのだろう。
ディルクは階段を下り、思った以上に広い地下にあたりを見渡した。
あとから来たジルケが大声で父親を呼ぶ。
「おやじー、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「うるさい! 黙れ、今いいとこなんだから!!」
奥の方から男の大声が響いた。奥には本棚が並んでおり、そこにびっちりと本が並んでいた。机があり、その上に古い地図や適当にまとめた書類が摘まされている。床をみると紙が散らばっており、そこにはたくさんの数式が書き込まれていた。
(数式………いや、呪式だ。結構、古い形式のものもある)
ディルクは散らばっているものを確認しながら、自分でも見たことのない陣や式に興味を示した。
「おい、勝手に触るなよ。どこに置いたか全部覚えているんだ。勝手に動かされてしまったら困る」
そうディルクに注意しながら男はじっと机の上のものを見つめていた。端においているあまり紙でがしゃがしゃと殴り書きをしてある。それもずいぶん乱暴な字であったが、魔術に関するものであった。
「親父ー! この人はディルク。銀十字から派遣された狩人で、人狼退治とカタリーナ姫の調査を行っているんだ」
カタリーナ姫という言葉に男は反応した。じっと険しい目で睨んできた。それを余所にジルケは父親を紹介した。
「ディルク。この人が私の親父のトーマスなんだ」
「ふん、若造が。俺に何の用だ」
「ええと、スーリィ洞窟の奥でこんな陣を見つけました」
そう言いメモ帳を示した。男は今までの態度を一変し、じっとメモを見つめた。
「お前、あのスーリィ洞窟へ入ったのか? あそこは凶暴な狼がいっぱいいて奥までいくのは難しいと言われているのに」
「ええ。ですが、ジルケさんのおかげで奥へ進むことができました」
「ジルケ………お前、大術は使っていないだろうな」
それは洞窟が崩れていないかの心配であり、ジルケはかちんとした。
「おいおい、狼が大量に出没する洞窟に侵入した娘を心配しろ」
「ふん、お前なんかまずくて狼も食おうとせんだろう。それにいざとなれば大術使って森をぶっ壊してでも生き残るだろうさ。洞窟のものは壊していないだろうな」
「なにおー」
ジルケはむきーと憤慨した。それが父親の言葉かと。
「あそこは絶対に何かあると思い調査したかった。だが、狼のおかげでなかなか進まないし自警団を使おうにも許可を取りづらいし困っていたところだったんだ」
そう言い急いで男はメモ帳を見ながら自分の紙へと写した。そして本棚からいくつかの本を取り出しそれをぱらぱらと確認した。
「ああ、これは魔法の鍵穴だな」
「鍵穴?」
ディルクは首を傾げた。魔術を発動させるための魔法陣と思っていたのに。
「ああ、これ単体だけでは意味がない。鍵が必要だな」
「一体何の為の鍵穴なんですか?」
「実は俺はずっとあの洞窟の奥にあるものが何か知りたかった。おそらくそこにカタリーナ姫の城への入り口があると思っていたからだ」
書物を読みながら、トーマスは説明した。
「この森はカタリーナ姫の出身地というのは把握しているか」
「はい。『シュネーの記録』をはじめ各書で可能性が高いという考えに至りました」
ディルクは説明した。
「未だに所在が不明の美しい純白の壁を持つシュネー城。そこの城主の家系図では最後の城主には無名の姫がいたという。この姫がカタリーナ姫ではないかと僕は思っています」
あくまで推定の範囲であるがと言うディルクにトーマスは笑った。
「可能性ではなく確定だ。そしてそのシュネー城はこの森のどこかに建てられていたと睨んでいる」
だが、森のどこにも城らしきものは見つからなかった。
「ですが、書にあるように美しい城であればすぐにわかるはずであるし、村の間でも伝承として語られるはずです」
「残念なことに村に残されていた書物は百年前に何度か火事で消失してしまっている」
しかし、とトーマスは手書きの書物をディルクに差し出した。
それはトーマスが何年もかけ集めた書からまとめた考察であった。
「シュネー城は意図されて隠されている。人狼たちによって」
トーマスの考察では森の至る場所に城へ通じる扉を開く鍵があるのではと考えていた。
「話は戻しますが、この陣を鍵穴とおっしゃっていましたね。ということは鍵があるということ」
「そうだ。鍵はヨハンナが所持していると思われる」
ヨハンナという言葉にディルクは反応した。
今まで一度もその姿を見たことがなかったが、人狼の祖であるカタリーナ姫に最も近い人狼といわれている。そしてメイジ術が世に出始めた時に活躍したメイジ術者でもある。
「ヨハンナの行方も捜さなければならないな」
「ヨハンナはこの森にいる」
予想しない言葉にディルクは再度驚いた。
「このクルス森の奥に人が近づかない深い森がある。キルケ森と呼ばれている。その奥に小さな家があり、カタリーナ姫が幼少時の頃過ごしていたと言われている」
森の地図を示されディルクは言われた場所を確認した。クルス森で丸く覆われた深い森が確かに存在した。
「しかし、そこは迷いの森と言われ人が簡単に出入りすることは難しい。木々は魔法で作られている。それらが迷わせるのだろう。あんたでも入れば戻ってこれず屍になってしまうだろう」
「しかし、その情報を聞いた以上は行かざるをえない」
「まぁ、待て。今俺は研究を重ね魔法道具を作っている。キルケ森の中に入っても迷うことはないから、ちょっと時間を待っていてくれ」
思いもしない提案にディルクは今からキルケ森へ行くのを後回りにすることにした。それにジルケは安心した。さすがにキルケ森の恐ろしさは子供の頃から聞かされており、若干軽いトラウマでもあったのだ。
「できあがるまで他の鍵穴を見つけ出してほしい。鍵穴はあと3つあるだろう。狼が大量に出没するというイーファ湖、クオン森、カトラ丘にもあると思われる」
それを聞き、ディルクはこくりと頷いた。
「まずはイーファ湖が一番近いからそっち行こうか」
ずっと傾聴していたジルケはようやく話の区切りがみえて明るい声をあげた。




